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人間から嫌われている私は、魔族に愛される魔女だったらしい  作者: シン
第四章~新な世界に~

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騒ぎ

「誰か! 助けて!」


 切羽詰まった助けを求める声につられ、その方向に視線を向けると、そこには倒れている老人と、その様子を緊張した面持ちで見つめている婦人がいた。


 その尋常ではない叫び声にただならぬものを感じ、私たちと屋台のおばさんは急いで二人に近づいた。


「どうしたの!? ……っ」


 おばさんは婦人に問いかけながら老人の様子を窺うと、すぐに息を呑んだ。


 私たちもその老人の姿を捉えた瞬間、息を呑んだ。


「っ! そんな……」


 その老人は、片方の頬から首筋にかけて、紫がかった大きな忌々しいあざが広がっていた。

 そして頭からは血が滴り落ち、地面には血溜まりができていた。意識を失っている老人の顔色は、ひどく青ざめている。


「これはっ……ちょっと待っててね。うちの店に置いてあるタオルを持ってくるから」


 おばさんはすぐに、屋台の方へ駆け戻った。


「あ……私はっ、どうすれば——」


 一番近くにいた婦人は、ひどく狼狽えていた。

 こういう状況は初めてで、どう動くべきかわからないのだろう。


 カイルさんはすぐに跪き、その婦人を宥めた。


「落ち着け。清潔なタオルが来るまで、なるべく怪我人を動かさない方がいい」

「わ、わかったわ」


 婦人はすぐに、自分を落ち着かせるようにじっと動きを止めた。

 その間、カイルさんは彼女に問いかけた。


「お前さんが見た範囲でいいから、状況を説明してくれないか?」

「え、ええ。さっき、ここを歩いていた時、このおじいさんとすれ違ったの。顔に大きなあざがあったから、なんとなく気になっていたの。そしたら後ろから大きな音がして、振り返ってみれば、このおじいさんが倒れていたの。打ちどころが悪かったみたいで、頭から血が出て……私、もうどうすればいいのかわからなくて——」

「タオルを持ってきたわ!」


 婦人が懸命に説明していると、おばさんがタオルを持って戻ってきた。

 カイルさんはすぐにそれを受け取り、老人の頭の傷に当てようとした。


「頭を少し支えてくれないか?」

「ええ!」


 カイルさんに言われた通り、婦人は老人の頭を支える。

 今までじっと見ているだけだった私も、一緒に手伝うことにした。


「手伝います」

「助かる。おばちゃん、医者を呼んできてくれねぇか?」

「急いで行くわ! それまでお願いね」


 おばさんは走り去り、カイルさんは顔を強張らせながら、なんとか老人の頭にタオルを当てた。


「くそっ……全然、血が止まらねぇな」


 普段は落ち着いているカイルさんも、珍しく緊張している様子だった。

 それほどまでに、今の老人の状態は酷いのだろう。


(私に、できることは——)


「あの!」


 必死に思考を巡らせていた私を遮るように、ステラが大きな声を上げた。

 私たちは全員、彼女に視線を向けた。


「私に、やらせてくれませんか?」


 彼女は緊張しているようで、両手をきつく握りしめていた。


「ステラ……何を?」


 ゆっくりと近づいてくるステラに、私たちは戸惑っていた。


 彼女は跪き、老人の頭に手を翳した。

 すると、その手から光が放たれた。


「これはっ」


 カイルさんは、わずかに息を呑んだ。

 かくいう私も、内心では驚いていた。


(これって、聖女の癒しの力? ……でも、聖女の力は取り上げられたはず——)


 ステラは冷や汗を流しながら、しばらく癒しの光を放っていた。

 やがて光が消えると、彼女はふうっと息を吐いた。


「……終わったわ」

「——傷が、塞がっている」


 ステラの一言を合図に、カイルさんが傷の具合を確認すると、驚きを露わにして目を見開いた。


「お医者さんを連れてきたわよ!」

「怪我人は?」


 その時、おばさんが医師らしき男性を連れて戻ってきた。


 医師は急いで、倒れている老人の傷を確認する。


「……傷が、ない……! こんなに血が流れたのに」

「えっ! どういうこと!?」

「あなた、何をしたの?」


 医師とおばさんはひどく戸惑い、婦人はステラを見て問いかけた。


「えーと、その、これは——」


 ステラが何か言おうとした時、強い風が私たちを襲った。


「っ!」


 私は慌ててマントを押さえ、同じくマントを被っているステラを見る。

 だけど彼女は押さえるのが間に合わず、マントが外れ、波打つブロンドの髪が露わになった。


「ステラ、髪!」

「っ!」


 私の声を聞き、ステラはやっとマントが外れたことに気づき、慌てて被り直そうとした。


 しかし、何もかも遅かった。

 すぐ近くにいる婦人、おばさん、医師はすでに、その髪を見てしまっていた。


「きれいなブロンドの髪……どこかで見たような」

「ええ……見覚えがあるような——」


 幸い、彼らはまだステラが何者なのか気づいていない。

 今なら誤魔化せる。


「あのね、彼女は——」


 ——聖女さま。


 それは、囁くような、耳をくすぐるような、小さな声だった。


 どこから発せられたのかはわからない。

 でも、この小さな声が、この状況を変えるには充分だった。


「聖女? ……確か、この国の聖女はブロンドの髪だったはず」

「聖女は……万病を癒す力を持つと言われている」

「じゃあ……もしかして——」


 三人の視線が一気に、ステラへと注がれる。

 その視線は、怖いと思うほどギラついていた。


「万病を癒す聖女様なら……うちの夫を——」

「この村の患者も——」

「うちの子も——」


 三人から発せられる圧に、私たちは後ずさる。


「ち、違うの……さっきのは、その——」


 ステラは声を震わせながら、説明しようと口を開く。

 けれど、目の前の三人はどう見ても、大人しく話を聞ける状態ではなかった。


 さらに、騒ぎを聞きつけ、他の店にいた人たちも一人、また一人と出てきた。


「聖女様……だって?」

「聖女様、どこ?」

「聖女様、助けて……息が——」


 徐々に多くの人が集まり、私たちは少しずつ囲まれていった。


「おいおい……落ち着けよ、お前ら。まずはそこの爺さんの様子を見た方がいいんじゃないか?」


 カイルさんは私たちの前に出て、両手を上げながら、人々の注意を逸らそうとした。


 それでも、ほとんどの人はステラから視線を逸らさなかった。

 やがて一人の婦人が飛び出し、ステラにしがみつこうとした。


「きゃっ!」

「お願いです! 聖女様! うちの子を!」

「おいおい、乱暴はよくないぞ——」


 カイルさんがその婦人を引き剥がそうとし、私はステラを人々から遠ざけようとする。

 しかし、すぐに次の人が飛び出してきた。


「ずるいわ! うちの夫も——」

「助けて! 聖女様! うちの父を——」

「お母さんを助けてください!」


 混乱しつつある状況の中、私は急いで辺りを見回し、叫んだ。


「レオードさん! アイセル!」


 今まで私たちと距離を置き、状況を見守っていた二人の名前を呼んだ。


 すると、レオードさんはどこからか軽々と人混みを飛び越え、アイセルは白い霧に包まれながら、私の後ろに現れた。


「待ってたぜ、ディアナ!」

「さあ、ご主人様。なんなりと」


 突然姿を現したアイセルと、人混みを飛び越えてきたレオードさんの姿を見て、人々はわずかにどよめいた。


「なんだ!?」

「えっ! どこから——」


 そんな人々には目もくれず、私は二人に言った。


「彼らを傷つけずに、私たちを逃がして!」


「え? 傷つけちゃダメなんか……しょうがねぇな」

「喜んで! さあ、犬。ディアナは僕に任せて、君はそこの二人を——」

「うっせぇ! 指図すんな! つーか、なんでお前がディアナを——」

「もう二人とも! 喧嘩している場合じゃないでしょう!」


 まだ喧嘩を始めようとする二人を止めると、二人はやっと動き出した。

 アイセルは私を抱き上げ、レオードさんは雑にステラとカイルさんを担ぎ上げた。


「ディアナ様、しっかり捕まっていてくださいね」


 アイセルが私に柔らかな笑顔を見せる。

 そして二人は助走をつけ、一気に飛び上がった。


 再び軽々と人々を飛び越えた二人は、私たちを抱えたまま着地すると、その瞬間、素早く走り出した。


「っ!!!」

「わあああああ!」

「おおおお! すげえなー!」


 私はあまりの速さに、アイセルに必死にしがみつく。

 隣からは、ステラの悲鳴とカイルさんの感心した声が聞こえてきた。


 私たちは人々の表情を見る余裕すらないまま、その場から走り去った。

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