第12章:風が止む方へ
夜が明けていた。
クラディアの空は雲に覆われ、遠くで鳥の鳴き声がかすかに聞こえる。雨は止んでいたが、空気にはまだ湿り気が残っていた。
セオの家の窓から差し込む弱い朝の光が、木の床を静かに照らしている。
ノアは隣に目をやった。エレナはすでに目を覚まし、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
「眠れた?」
「少しだけ。でも……何だか安心できた」
ノアがうなずき、小さく笑う。
台所からは湯を沸かす音と、セオの声が聞こえてくる。
「おーい、起きたか。熱いお湯ぐらいはあるぞ。体、冷やすなよ」
ノアとエレナが台所へ行くと、セオが木の椅子に腰掛けていた。
その隣のテーブルに、布に包まれたものが置かれている。
「これ、2人に食わせてやれって。昨日、モラが持たせてくれたんだ」
セオは布を開きながら言った。
中から、しっかり焼かれたパンが現れた。
ほんのりと小麦の香りが漂っていた。
「……焼きたてじゃねえけどな。でも、腹の足しにはなる」
エレナがパンを受け取り、思わず微笑む。
「ありがとう、セオ」
⸻
食事を済ませた二人は、セオと共に再び昨夜と同じ集会所へ向かった。
冬の空気がまだ冷たく肌に刺さるが、嵐はもう去っていた。
中に入ると、すでにライナ、イナ、ミーラがホログラムを囲んでいた。
その傍らにはジュリアンもいて、壁際に寄りかかりながら静かに彼らの会話を聞いていた。
「おはよう」
ライナが声をかける。
「ゆっくり眠れた?」
「おかげさまで」
エレナは穏やかに返した。
「……ライナ、これからどういう作戦をとるつもりなの?」
ミーラがうなずき、端末を操作する。
ゼーレの全体図が立体的に表示され、構成区を示す光が点滅する。
「イグジスに向かうのはまだ早い。あそこはヴァルネアの監視が強い。
それに──ゼーレの構造上、どこへ行くにもユーニアスを通るのが最短ルート。
でも今、エレナたちがユーニアスに入れば……確実に拘束される。
AIの監視網も厳重だし、内部で動けば即座に追跡される」
ノアが地図を見つめたままつぶやく。
「つまり……一番早くて楽な道が、最も危ない道ってことか」
「その通り。だから、私たちは“外周から回り込む”必要がある」
ミーラが指を動かし、地図の周縁部を拡大する。
「この辺りに、中継地点になる古い給水管理区画がある。
ヴァルネアの管轄外、かつ旧時代のネットワークで接続されている。
少し遠回りだけど──安全に進める可能性が高い」
「ゼファルにも接触したことのある協力者が何人かいる」
ジュリアンが補足した。「まずは、そいつらを通じて情報を得るのが先だ」
ライナがうなずく。
「無理に急ぐ必要はない。……むしろ、急げば足をすくわれる。今は、確実に進む道を選んで。大丈夫、私たちがついてる」
「……私たちが、ついてるって?」
エレナが小さく問い返す。
ライナは目を細めて、当然のように言った。
「ええ。私たちも共に行くのよ。ここで待っているだけなんて、性に合わないから」
ノアが驚いたように目を見開いた。
その横で、セオがふっと笑みを浮かべて言う。
「クラディアは心配するな。俺がいる。……お前たちは、やるべきことをやれ」
ライナが微かにうなずき、部屋の空気が静かに一つにまとまっていった。




