第11章:沈黙の雨
「なら、あなたたちに渡すべき情報は、もっとある。私は、あなたたちのためにここへ来たわけじゃなかった。でも──今、考えが変わった」
ライナが微笑んだ。
「それでいい。彼女たちは……世界を変える人たちかもしれないから」
窓の外では、強い風が吹いていた。
時折、遠くで雷が閃き、クラディアの薄暗い空を照らしている。
この地域には、人工気象装置はない。
すべてが、自然のままだ。
ふと、セオが口を開く。
「今日はもう遅い。続きは明日にしよう。……今夜は、うちに泊まっていけ」
ノアが振り向く。
「えっ……泊まってもいいんですか?」
「部屋は狭いけど、雨風はしのげる。どうせ外は嵐だ。今から出発したら、風邪じゃすまない」
ジュリアンが立ち上がり、防寒着を手渡してきた。
「この時期の夜は冷えるからな。……傘も持ってけ。と言っても、布を張っただけの粗末なもんだが」
エレナは軽く笑って受け取る。
「ありがとう、ジュリアン」
外に出ると、すぐに雨の音が全身に降り注いだ。
空は黒く、雲は低く垂れ込め、人工光のない空間は、まるで世界が沈黙しているようだった。
セオが先を歩きながら、ふと振り返った。
「こっちだ。足元に気をつけろよ、ぬかるんでるからな」
ノアとエレナがうなずき、そのあとを歩いていく。
雨は次第に激しさを増し、遠くの空でまた雷が鳴った。
そして──
「……もう20年以上も前のことだ。俺にも、家族がいたんだよ。妻と、娘がひとり」
ノアが立ち止まり、エレナもその言葉に振り向く。
「第4構成区、ルクスで暮らしてた。環境管理局の技師をしてたんだ。空調システムや、気象データの調整とか。地味な仕事だったけど、それなりに……誇りはあった」
セオは、しばらく空を見上げた。雨が、静かに顔を叩く。
「あるとき、区域に汚染警報が出た。けど……事故は起きてなかった。ただの誤検知だった。でも、政府はそれを“口実”にした。封鎖して、住民ごと消した」
その声に、エレナは何も言えなかった。
「妻と娘は、その区域にいた。俺は仕事中だった。……戻らなかった。いや、“戻れなかった”じゃなく、“選べなかった”んだ」
セオの頬を一筋の水が流れる。
だが彼は、手でそれを拭いながら、いつもの調子で言った。
「……雨が、顔に当たっただけさ」
誰もその言葉を否定しなかった。
静かに、家の明かりが見えてきた。
セオは扉の鍵を開け、振り返った。
「ここが、今の俺の家だ。狭いけど、雨風はしのげる。……さ、入れ」




