Act.2 青き狼
今日はとても晴れて、昨日の出来事が夢だったと思えるくらい気分がいい。それに歩けるようになったことが何より嬉しくて仕方がなかった。
「時人、朝ご飯。」
母さんの声で少し我に返る。ついでに公園に車椅子を置いたままだったのを思い出した。仕事に向かう母さんを見送った後、朝食を食べながら幾つかの疑問について考えていた。
狼の柄はどこに置いてきたのか。
異形の者は何をしようとしていたのか。
僕に聞こえたあの声・・・なんだろうか・・・。
声の主はどんな存在かは分からないが、その声には何となく懐かしさがあった。けれど自分の知り合いに当てはまる声ではない。・・・父さんの声でもないな。
少し煮詰まったところで僕は考えるのを止め、いつもの公園に向かう準備をした。
今日の公園には人が多く、天気が良いこともあってか、昨日のような雰囲気もない。少し安堵しながら、僕は目的のものを探すことにした。
昨日、狼の柄が落ちていた場所の周辺を見渡したが、狼の柄も車椅子もその場にはなかった。誰かが交番に届けてくれたのか、もしくは持っていってしまったのだろうか・・・。公園全体をある程度確認した後、僕はあまり期待せずに近くの交番に向かった。
交番に着くと何か騒がしい・・・と思っていたら、菜帆の声がすることに気付いた。
「あの、その車椅子の持ち主知りませんか。家にいないみたいで、本人に連絡も取れないんです。」
菜帆は今日も僕に挨拶に来たのだろうか。いつもより早めに家を出たので、入れ違ったかもしれない。僕はとっさに菜帆に声を掛けた。
「菜帆!僕は大丈夫だから、ここにいるから!」
「時君!」
菜帆は少し涙を浮かべて怒ったような表情で僕に近づいてきた。
「昨日の話で少し気になったから、今日も時君の家に挨拶行ったけど誰もいなくて。仕方ないから学校向かってたら時君の車椅子があって、携帯に連絡したけど出ないから・・・」
やっぱり入れ違いだったかと思いつつ、車椅子を見て僕のものと分かる菜帆に驚いた。そして菜帆の話が止まった理由を察し、僕は作りかけの事情を話した。
「菜帆には黙っていたけど、実は普段のトレーニングで大分歩けるようになっていたんだ。今まで菜帆を見上げていたけど、これからは逆だね。」
複雑な表情から笑顔になった菜帆は僕と少し話した後、急いで学校に向かった。僕は交番のお巡りさんに適当に事情を説明し、今までお世話になった相棒とそのサイドポケットに入っていた携帯電話を回収した。狼の柄はなかったが、一度家に帰ろうと思い歩き出した時、あの時の声が聞こえた。
「久しぶりだな。」
辺りを見回したが、声の主は見当たらない。それに改めて聞いてみると、その声は聞こえているというよりは頭の中で響いている様だった。不思議な存在との関わり方はまったく分からないが、幾つか疑問もあったので、こちらも声を掛けようと人気のない場所に移動した。こちらの声が相手に聞こえるのか分からないが、とりあえず話し掛けてみた。
「あの・・・、どちら様ですか。あと、姿が見えないと話しづらいのですが・・・。」
「これでいいか。」
はっきりと耳に聞こえた声の後、目の前に声の主の姿が現れた。狼の頭に人間の体で、所々に青い毛並みを持つ者だった。どことなく昨日遭遇した異形の者に近い印象がある。僕は何から確認すべきか少し迷ったが、今も見つかっていない狼の柄について聞いてみた。
「あなたが狼の柄の持ち主?」
「狼の柄?ああ、剣のことか。あれは我の所持品ではない。」
「え、じゃああれはどこに・・・。」
「剣はお前の所持品だ。」
疑問を解決するどころか、分からないことがまた増えてしまった。他人を傷つけるものを僕は持ちたいとは思わないから、あの剣が僕の所持品というのはとても考えられない。
「あの・・・。」
そう言いかけた時、青狼が話し出した。
「そうだったな。幾年か経過していたので少し忘れていた。お前は魂こそ同じだが、以前とは違う存在だったな。・・・名前を言っていなかった。俺はブルだ。」
「あ、僕は時人。姿見時人。一応、よろしく・・・。」
「ああ、よろしく頼む。」
挨拶はしたものの、疑問が何も解決されていないことに気付くまでそんなに時間は掛からなかった。
「ブル、幾つか確認したいんだけど。」
僕がそう言うと、ブルは突然半透明になり、やがて姿が見えなくなった。
「ブル!どこ?」
「すまない。姿を出したまま長時間行動が出来ない。我が見えなくても話は出来るだろう?」
「分かった。とりあえず家に帰るからついて来てね。」
僕の謎は増える一方だが、外で込み入った話は避けた方がいいと思った。それにまた異形の者が現れ、襲ってくる可能性だってある。早めに剣の謎を確認しなければならない。頭の中で状況を整理しているうちに家が見えてきた。
「ブル、もうすぐ着くよ。ついて来てる?」
「ああ、後ろにいる。」
僕はブルとの会話時に気付いた"声"の疑問を聞いてみることにした。
「ブルの声は僕以外の人に聞こえてるの?」
「今まで確認はしていないが、恐らく聞こえてはいない。我の声は音ではないからな。」
「それってテレパシーみたいなものなのかな。」
「テレパシー?以前のお前は"心の声"と言っていたが。」
「でも、ブルは僕の声は聞こえるんだね。」
「正確に言うとお前の発する声は聞こえてはいない。お前は心の声で我に話してくれている。」
どうゆうことだろう。僕にそんな特殊な力がある様に思えないけど。それに以前の僕というのが一体何なのか、ブルは僕とどんな関係にあるのか多くの疑問に囲まれて、家に着いた時はトレーニング後よりも大きな疲労を感じていた。家内の僕の部屋に入った後、先に話し出したのはブルだった。
「我と以前のお前が出会ったのは、人の数えている年で言えば今から二千年程前だ。この世界には元々我の様な存在はない。・・・別の世界から来た。皆は"灰世界"と呼んでいる。」
「灰世界・・・。」
話の途中ではあるが、何か悲しさと怒りの感情が僕の中に込み上げてきた。
「・・・灰世界では"王"が強大な存在で、灰族同士争うことは許されなかった。というのも絶対的な規則があったからだ。」
「規則なんてこの世界には幾らでもあるけど・・・」
「人は規則を破っても命を取られることはほとんどないからな。俺の居た世界は他の存在を殺し、そいつの魂を得てより強い力を持てる。殺せば殺す程、強大になれる。」
「だから争いは禁止なんだ。それで絶対的な規則というのは?」
「争いを起こした者は必ず王に裁かれるということだ。我の認識では王に勝てる力を持つ者はいない。王は裁いた者の魂を得て、今も強くなっているだろう。」
「今も?ブルの世界では寿命はないの?」
「王は我が生まれる大分前から存在していると聞く。他の存在から殺されない限り、生き続けることは可能だろうな。」
ブルの話は興味深く、自分の疑問や感情よりもブルの世界や灰族について気になり出した。
「それでブルがこっちの世界に来た理由は?」
「面白そうだったからだ。」
そっけない回答から少し間を置いて、ブルは話を続けた。
「何もしなければそのまま存在出来たかもしれないが、王という柵のある灰世界は飽きてしまった。だから灰世界と人の世界を繋ぐゲートを利用してこちらにやって来た。」
それを聞いた時、ふと最初に見た異形の者を思い出した。
「他にもこちらの世界に来ている存在がいるんだね。」
「そうだ。今のお前が最初に見た者もその一人だろう。どうやらあいつは人の欲望に触れて、既に自身の存在が何か忘れてしまっていた様だ。」
「あの時の異形の者は何をしたかったのかな。」
「強い魂を得たかったかもしれないな。お前の魂は非常に強く、遠くからでもよく分かる。ただ、同族のものでなければあまり意味はない。」
ブルの話を聞く度に疑問が増え、何か釈然としない気持ちになる。思った事は早めに聞き、解決しようと思い、ブルの話の中で気になったことを優先で確認する事にした。
「ブルはこちらの世界に来た後、どう過ごしてきたの?」
「人を殺した。」
「えっ」
はっきりとした回答に僕は何て答えていいか分からなかった。少しではあるが一緒に話をして、ブルがそんなことする様には思えなかった。僕の気持ちを察してか、僕が心の声で伝えたのか分からないが、間を置いてブルが話し出した。
「我等は無知だった。こちらに来た当初は灰世界と同じと思い込んで、人に見える姿で行動していた。人は異形の者として我らを恐れた。我等は自分の力を試すつもりで人の造った物を破壊し、武器を持って立ち向かってくる人を殺していった。灰世界と唯一異なることは人の魂を得ることが出来ないだけと思っていた。」
「それ以外のことって・・・」
「さっき話したが、灰世界では寿命という概念がなかった。だが、こちらに来てしばらくすると、灰族の中に突然灰化する者が現れた。当初は人から受けた傷が元でそうなったという認識だったが、無傷の者も灰化したのを見て、この世界の寿命という概念を享受したのだと思った。次にゲートが開くのは何時か分からず、自身の寿命もどれ程か分からない。我は人への破壊活動を止め、灰化するまで静かに過ごそうと考えた。」
ブルは何かを思い出している様子で少し間が空いた。今までの話から灰族達の次の行動が想像出来たので、答え合わせのつもりで僕から声を掛けた。
「静かに過ごせなかったんだね。」
「そうだ。灰化を回避し、次のゲートが開くまで他者の魂を得て生き延びる目的で、灰族同士の争いが始まった。その争いに人の集落が巻き込まれた。廃墟となったその場所で我はお前と初めて会った。正確にはお前の先祖・・・魂というべきか。」
僕の中ではブルの話への興味と突然湧き上がる悲しみと怒りの中で何か思い出せそうな感じではあるが、今は冷静に疑問を解消しようと思った。
「ブル、僕は自分の魂についてよく分からないけど、先祖と同じ魂というのはありえるのかな。」
僕の質問を聞いてブルは何か考えている様子だった。数分経過した後、ブルは話し始めた。
「正確に同じとは言えないかもしれない。それでも、幾億もの人の中からはっきりと"お前"だと分かる魂を持っている。」
明確な回答ではなかったが、何れ分かる気がしたので特にこれ以上聞こうとは思わなかった。
「ごめん、ブル。僕のご先祖と会った所から話して。あと、僕のことはお前じゃなくて名前で呼んでよ。ブルにしてみれば先祖と同じにしか見えないかもしれないけど、今は時人だからさ。」
「分かった。」
簡潔な回答の後、ブルは話を再開した。
「廃墟となった集落に大きな魂の力を感じた我は、灰族が立ち去ってから廃墟へ向かった。普段は人の魂の力をそれ程感じ取れないのだが、その時だけは別だった。魂の主、時人の先祖だが、その時既に瀕死の状態で、自分の妻と子供を守れなかったことを悔やんでいた。我の姿を見て先祖が怒りをあらわにした時、それ起きた。」
その時、炎に包まれながら戦う人の姿が一瞬見えた気がした。
「我は霊体化し、時人の先祖は右手に青い剣を持っていた。」
「狼の柄の剣を?」
「そうだ。時人の先祖はその剣で周辺にいた灰族を全て倒し、我はその魂を得ることが出来た。それと、霊体化によって灰化を回避出来ることも分かった。その時からずっと、我は青い剣の持ち主を探し、その者はゲートから来る灰族を殲滅してきたのだ。」
話を聞いていて僕は一方的な押し売りにあっているかのような気がした。ブルが最初に会ったという最初の先祖の気持ちは分からなくもないが、自分はあの時以外は灰族から被害を受けていない。危険な目にあってまで戦う必要があるのか・・・。身体能力的にも不安はある。そう思い、ブルに戦う意思がないことを伝えようとした時、何故か父さんの命を奪った事故が頭をよぎった。
「父親を殺したのはおそらく灰族だ。」
「それは、どういう・・・」
「霊体化が出来る灰族は我だけではない。また、霊体化の他に同化という手段もある。」
「同化?」
「同化は霊体化とは違い、人の魂と融合し、人として行動可能な状態になる。だから生き残った灰族は常に強い魂を持つ人を探している。灰族と人が同化している場合、それぞれの魂が混在しているので認識するのが遅れる。同化によって灰族は人の魂の力を得ることは出来るが、同族を倒して得る力に比べれば微々たるものだ。」
その時、僕の頭の中で大きな鐘が鳴り続けてるような、そんな衝撃があった。父さんが殺された・・・そう思うと僕にも先祖と同じ怒りが込み上げてくる気がした。
「ブルはどうしてもっと早く、僕に力をくれなかったの?」
「今まで時人を見つける事は出来なかった。そして我はお前に力を与えてはいない。今も昔も。」
ブルの言っていることはよく分からなかった。だけどあの時、異形の者を倒した力はなんだったのか・・・。ブルは話を続けた。
「青い剣の力は時人、お前自身の魂の力だ。我はただ力を引き出すきっかけを作っただけだ。」
「僕の・・・魂の力?」
「そうだ。魂の力で肉体的な障害も乗り越えたんだ。」
立って歩けるようになったのも僕自身の力なのか?正直自覚はない。一つだけはっきりしているのは父さんの仇は灰族の可能性が高いということだ。
「父さんを殺した灰族は今もこの世界にいるの?」
「分からない。それに同化されていた人も生きている保証はない。」
「どうして?」
「灰族と同化した人は肉体的・精神的負担が大きく、あまりの辛さから自ら死を選択する者が多い。魂の力もそれなりに奪われるから、他に比べて寿命も長くないだろう。灰族は霊体化、もしくは別の人と同化すればいいだけだから、まだこの世界に存在している可能性はある。」
まだブルに聞きたいことはあったが、今までの話を一度自分の中で整理したいと思い、話を切り上げた。ブルは姿こそ見えないものの、今は僕の部屋にはいないようだ。何となくだけど、そんな気がする。冷静に今後のことを考えると、僕が得体の知れない灰族と戦えるのかどうか。正直今は不安しかない。だけど、彼らに立ち向かえる人はおそらく自分しかいない。父さんと同じになる人を増やしてはいけないんだ。




