オシマイのセカイ
「やー、おめでとう!」
神経を逆なでするような声が響いた。
「“愚者”……」
「歴史上、初めて、アルカナが揃ったね! 素晴らしい!」
唐突に出現し、道化らしくおどける小人。
「1枚欠落しているけれど、まぁあれはアルカナ使いもいないものだ。ほとんど世界全てがここにあると考えていいだろう。君の願いは? 今ならきっとどんな願いも叶うよ」
ケタケタと笑いながら、おどけて言う“愚者”。
「アルカナの消滅」
「え?」
「こんなもの、無くなってしまえばいい」
「……うーん、つまらないなァ……」
道化の笑い声が、止まる。
「ここはせめて、コハルを助けてというべきところなんじゃないのかい?」
「……そうね。普通なら」
たぶん、私は普通じゃない。
こんな力で蘇るくらいなら、蘇ってなんか欲しくないと、心のどこかで思っているのかもしれない。
だから、そんな発想にすら至らなかった。
「まァいいさ。それが勝者の望みなら。さぁ、アルカナを」
私は、“愚者”にアルカナの束を渡した。
「ありがとう」
「え?」
“愚者”が笑みを浮かべた。
おぞましい、亀裂のような笑みを。
「これで全て揃った。僕の“愚者”と“世界”を合わせれば、ね」
小人の体が大きくなっていく。
そして、人間の子どもほどの大きさになったとき、彼が手でその道化師のメイクをぬぐった。
現れたのは――
「貴方は――!」
「あれェ? 君が知ってるはずはないんだけどな」
醜悪な表情でニタニタ笑うその子どもは、時折私にだけ見えていた幻影そのものだった。
「うん、僕がマルドゥークこと黒塔昇葉の弟、黒塔葛葉でぇす! アルカナを集めてくれてありがとう! これで世界を僕の思うとおりに作り替えられる!」
その顔は、この世の邪悪を全てこね集めたように醜悪で、人間が生み出せる限界の狂気が顔に押し込められていた。
「なっ……何を言って……」
「ありがとう。本当に“愚か”でいてくれて。正義のヒロインなんてものを、何の疑いもなく信じてくれて」
「え……? は……?」
「おかげでカンタンにアルカナが揃ったよ。胴元の仕掛けに気づく前に、こんなにあっさり。ははははは。初めてだ。初めてだ!」
「貴方は誰……いや、何?」
「ははは。僕は“世界”だよ。そう、僕は意志を持つアルカナ。使い手たる黒塔葛葉の体を頂戴しちゃったのさ! あはははは」
「なんてことを……」
「何度も繰り返されたアルカナバトルの淀みが僕を生んだんだ。恨むんなら、愚かな人間を恨むがいいさ。ま、僕は好きにさせてもらうけどね!!」
少年……葛葉の体が浮かぶ。
「さぁ、世界を作り替えよう! あの頃に戻そう! 九千年のニムロドの失敗は世界の拡張性に気づいたこと。世界の管理者たる彼がそれを放棄したせいで、世界は一度滅びかけた。とんでもない失敗だ。だが、小さな世界に閉じてしまえば、支配は永遠!! 世界は僕になり、僕が“世界”になる! 僕はニムロドと同じ失敗は繰り返さない!!」
浮かぶ彼を中心に、雨雲が渦を巻く。
まるでブラックホールに飲み込まれる銀河のように。
街を覆いつくしていた雨雲が全て一か所に集中してしまう。
空が、晴天になる中、灰色を集めて黒になった集積する雲の塊が稲妻を呼び、猛烈なエネルギーが迸った。
「世界の創生だ! これから7日で世界は塗り替えられる!」
「待って!!」
「止めてみなよ。……もっとも“正義”すら失ったキミに何ができるとも思わないけど」
「あ」
言われて気づいた。
私は全部のアルカナを渡してしまっていた。
その中には“正義”もあったのだ。
つまり、今の私にカディンギルの力はない。
「あ……あ……」
遠ざかる葛葉の姿を、呆然と見送るしか、出来ない。
エネルギーの塊ごと、葛葉は天高く飛び上がった。
そして、猛烈な勢いで雲を巻き込んでいく。
いま、あの雲の塊の中で、世界を書き換えるだけのエネルギーが生まれようとしていた。
私は……何をやってるんだ。
何をしてしまったんだ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
私は、絶叫した。
喉が破れんばかりに。
悲鳴にも似たそれは、助けを求めてのものだったか。
わからない。
何もわからない。
でも、来たのは助けなんかじゃ、なかった。
「アハーッ! おんもしろぉい!!」
ピカソの絵から抜け出してきたかのような、デッサンも色彩もめちゃくちゃな人間が笑っていた。
それは、ヤミミスターの新幹部・ダリーダリー。
「アナタの絶望、とーってもいい色ね! あなた、いいヤミニストになりそう」
そして、史上最悪のヤミニスト・マジキュアダークが誕生した。




