塔が落ちるとき・1
その日麻座利市には、激しい雨が降っていた。
記録的短時間豪雨の予報通りに、街を染めるさながら大瀑布の如き雨のカーテンを、雷の轟音が切り裂いた。
いよいよ最後の勝負に、マルドゥークが打って出たのだ。
私はセーラー服が濡れるのも構わず、豪雨の中、河川敷を駆けていた。
こんな時、一番近寄ってはいけない場所だが、だからこそ一般人がいない。
私たちにはおあつらえ向きのバトルフィールドだった。
水しぶきを上げて加速。
正面に塔を生み出したマルドゥークをにらむ。
これまでの戦いでわかっている。
マルドゥークの雷は、発生してしまえばもう人間が避けられるスピードじゃない。
だけど、着弾地点はマルドゥークが見る必要がある。
そして、発生前には誘導となる静電気がその位置の大気を走り、パリッと音を立てる。
なら、避けられる。
次々降り注ぐ雷をかわし、マルドゥークへ迫る。
ぎりぎりでかわしたので髪が焦げる匂いがしたが、そんなのはどうでもいい。
腰のサーベルに手をかけて、走る。走る。
自分の間合いまであと少し。
その時、私の周囲を円形に取り囲むように静電気が走った。
にやりと笑うマルドゥーク。
ハメられた……!
なら……!
ラガシュを倒して手に入れていたアルカナX“運命の輪”を、スマートデッキから引き抜く。
それを剣に読み込ませ、刀身を地面に突き刺す。
直後、雷が爆ぜた。
円形の檻のように降り注ぐ稲妻。
猛烈な熱量が体を駆け抜けていく。
衝撃と痺れが脳天からつま先まで貫いて、猛烈な不快感と激痛が脳を焼く。
全身にしみ込んだ水分が一瞬にして蒸発し、水蒸気と煙となって吹き上がる。
だけど、耐えられる。
私の様子に気づいたマルドゥークが、初めて余裕の表情を崩した。
「貴様……! “運命の輪”の大地の力を避雷針代わりにしたな……!」
「あああああああっ!」
答える代わりに更に踏み込む。
痛みが消せたわけじゃない。
筋肉と神経が悲鳴を上げるが、無理やり我慢してサーベルを抜き打つ。
「ちっ……!」
マルドゥークは過去に奪った“魔術師”の力で正面の雨を固定。
それを盾にしようとするが、それごと私の剣が断ち切った。
「はあっ!」
「ぐっ……!」
浅い……!
胸を軽く切り裂いただけだ。
追撃の手を緩めるわけにはいかない!
返す刀で斬撃。
マルドゥークは雷を剣の形に握りこんだものを振り回して、私の剣を跳ね返す。
だけど、間合いは完全にこちらのもの。
遠距離が得意な彼には不利な距離。
いける……!
でも、その前に……確認しないといけないことがある!
「貴方は、アルカナを集めて何がしたい!」
「前にも言わなかったか! 世界の破壊だ! アルカナは世界の縮図! ならばその破壊は世界へ波及する! 俺様はこの世界を、粉砕する!」
「それはなぜ! 貴方の理由は聞いたことがない!」
「貴様には関係ない!」
「だったら、私は貴方を斬る!」
「斬れるものなら斬ってみろ! お前のような甘ちゃんに出来るものか!」
斬れる。
私には、出来る。
あの地獄のような光景を見ているから。
世界の破壊?
簡単に口にしないでほしい。
宇宙怪獣のもたらしたあの燃える街を知らないくせに。
飴のように溶けたガラスが降ってくるなか逃げ回ったことは?
息を吸うだけで肺が焼け付く痛みを味わったことが?
一緒に逃げていた人の数がどんどん減っていった経験は?
世界の終わりの縮図というなら、あれこそがそうだ。
だから、それをもたらすと言うなら。
「私は、斬れる!!」
裂帛の気合と共に、サーベルを振り下ろし――
『ダメーッ! やめて! お兄ちゃんを殺さないで!!』
マルドゥークの肩越しに見えた、やせこけた黒髪の少年のその叫びごと――
私は切り裂いた。
小春の体を。




