幽玄怪盗・2
「納得したか? ではお前に、怪盗の力を授けてやる」
狐が言うや、その額から桜色に光る勾玉が飛びだした。
そしてそれが回転し、スマートフォンへと姿を変えた。
「え?」
鳥居立ち並ぶこの世界で、あまりに異質な、可愛いらしいスマホ。
ふわふわと浮かんで、私の前に落ちてくる。
「当世の流行に合わせてやった。アステリフォンとでも呼ぶがいい」
「あ、ありがと……?」
流行というか、子供番組のタイアップ商品に見えるのだが、そういう番組を見てるんだろうか。
どこか気圧されながらアステリフォンを受け取る。
冷静に考えればもうこれで3つ、自分のものを合わせても4つもスマホをもってることに……。
敏腕ビジネスマンでもこんなに持ってないんじゃ……。
「アステリフォンには8つのアプリを入れている。そのうち7つは幽玄七つ道具だが、今はいい。変身と書かれたアプリを押せ」
変身……か。
幽玄怪盗とやらも変身するわけね。
もう、今さらいちいち気にするほどでもない。
「じゃあ、変身!」
桜の花びらに変身と筆文字で書かれたアイコンをタップ。
「!?」
すると、アステリフォンから膨大な数の桜の花びらが噴き出した。
視界一面、鮮やかな桜色に染め上げられる。
その桜色がつぼみのように世界ごと私を巻き込んだ。
桜吹雪が、大きな1つの桜の花弁へと姿を変えたのだ。
体が、コルセットで引き絞られるような感覚。
そうして桜の花弁の中央から、勢い良く体が抜け出した時、変身は完了していた。
「幽玄怪盗! アルセリオン!!」
「よし、それでいい。……そうだ。お前の姿を見せてやろう」
狐の言葉に合わせ、鬼火が現れたかと思うと、それが回転して銅鏡へと変じていく。
そこには、変身した自分の姿がはっきり映っていた。
動きやすいミニスカートの和服は、動くたびに舞い散る桜の花びらと対照的に、ツユクサ色で鮮やかに染まっている。
それはまるで夜桜を包む帳のよう。
そして、何より目を引くのは、仮面だった。
伝統的な狐面の下部を切り取り、口が出ているのが物珍しく感じる。
「これが……アルセリオン……」
体が、軽い。
マジキュアの全身に力が満ち溢れて全てを打ち砕けるかのようなパワーとも違う。
カディンギルの何もかも切り裂けそうな鋭さとスピードとも違う。
自分の体を構成する物質が半分になったかのような錯覚。
きっと幽玄の世界とこちらの世界に半分ずつ自分が存在するからこその、幻惑の力なんだと、理解する。
「うむ。それでよい。では、さっそく「満ちぬ渇き」を盗んでくるがいい」
「え?」
「行け」
こっちの反応なんておかまいなし。
「ちょ……」
狐のひとにらみで、あっという間に景色が背後に流れていく。
まるで高速道路のガードレールのように、鳥居が前方に突き進んでいく。
自分が跳ね飛ばされたと気づいたころには、もう元の場所、寮に近い歩道に立っていた。
姿は元に戻っていない。
このまますぐに向かえってこと……。
「……まったく、どいつもこいつも……身勝手なんだから!」
怒りつつ、手元のアステリフォンに目を落とすと、メールが届いていた。
今時メールって……と思いつつ開くと、「満ちぬ渇き」とやらの詳細が載っていた。
どうやら割れた壺で、いくら水を汲んでも流れだしてしまうことで、飢えと渇きを表現している芸術らしい。
だが、それを作った僧侶は、秀吉の「鳥取の餓え殺し」(……というものがあるらしい。Wikiで調べようとしたけど、あまりにも残酷みたいなので、途中で見るのをやめた)の生き残りであり、その惨状を忘れられずのちに出家し、飢えと渇きを表現する壺を作ることでその時のことを忘れぬようにしたとか……。
第二次大戦中に失われたと思われていたが、最近になって座王院典膳のコレクションに含まれていたことがわかり、彼の死後、麻座利美術館に寄贈されたのだそう。
問題は、その表の理由ではなくて、幽玄の世界に長らく隔離されていた理由。
この壺は、それに魅入られた人間を、暴飲暴食にさせてしまう性質を持つということ。
かつて飢餓から生き残った僧侶は、人々の供養のために、自身が暴飲暴食せぬ誓いをもっていたがゆえに、この壺を前にしても耐えられた。
でも、そんなの普通の人には無理だ。
この壺が美術館に来てからというもの、関係者に水中毒や急性アルコール中毒、生活習慣病が多発しているらしい……。
「それは……見過ごせない」
被害が出ていることもそうだけど……それを作った僧侶さんもこんなことを望んだわけじゃないと思う。
何より、生き残った人間の気持ちは……なんとなくわかる。
きっと、自分が生き残れたことの意味を、忘れないために壺を作ったんだ。
なら、私が止めなきゃ、いけない。
迷うことなく、すぐに美術館に向かった。
不思議と、アステリフォンに含まれている7つ道具の力はわかっていた。
その一つ、「叛逆の翼」をタップ。
すると、着物の袖がまるでムササビの皮膜のように伸びた。
私は助走すると丘から飛びだし、風を切るグライダーとなって町に滑空していく。
そうして美術館に降り立つと、「満ちぬ渇き」を盗み出した。
……うん。
簡単すぎると思うでしょ?
でも、実際にそうだったのだから仕方ない。
幽玄七つ道具「黄昏の外套」は姿を消すことができ、「錯視の靴」は天井や壁を歩くことができ、「寓意の眼」はあらゆるセンサーを見切る。
これがあれば、誰だって盗み出せる。
あまりの簡単さに、その時は拍子抜けしていた。
まさか、あんな相手が現れるとも思わずに――




