幽玄怪盗・1
考え事をしてうつむいて歩いていたせいか、知らず知らず、道を間違えていたらしい。
気がつくと、あたりには白い霧が立ち込め、見たこともないような草むらに居た。
「……え?」
学校の寮は山の上だ。
とは言っても、そこまで高い山ではないし、丘と山の間くらいの場所。
道路がはっきり通っていて、そこからはみ出せば山だけど、そのガードレールを超えた記憶はない。
だからこんな草むらにいるはずはないんだ。
それに、よくよく目を凝らしてみると、山肌が見えない。
平野の真っ只中にいるみたいだった。
そんなの、ありえない。
……でも、今更だった。
ありえないことなんて、もう二度も起こっている。
問題なのは、それがヤミニストなのかアルカナ使いなのかってこと。
「ねぇ……これアルカナ使いのしわざ?」
スマートデッキを取り出し、“愚者”に語りかけてみたけど、返事がない。
時折、ザザッとノイズのような音がするけど、つながっていないみたいだ。
あいつ、この中に住んでいるわけじゃなくて、回線から召喚されてる感じなのかな……?
同様に、マジカルホルンの反応もない。
ラビ太は、魔法世界マジドラシアの住人で、マジカルホルンを介して地上にやってくる。
妖精なので基本的に気ままで、いわゆるかまってちゃんなところがあるのか、こっちが休みの日曜以外、あんまり出てこない。
でも、今日は日曜だし、なんなら1時間前には一緒にヤミニストと戦っていたばかりだ。
つながらないのはヘン……。
「……敵の攻撃……?」
だとしたら、仲間の支援なしで戦わないといけないってこと。
変身できない可能性も……高い。
考えている間に、霧は真正面だけ薄くなってきた。
赤い影がだんだん輪郭を現してくる。
1つや2つじゃない。
それは、鳥居だった。
伏見稲荷を思わせる数えきれないくらいの鳥居。
それは私が歩いているからなのか、鳥居が迫っているのか、それとも世界自体が動いているのかわからないけれど、どんどん後ろに流れていく。
そして、奥の方にぼんやりと青い炎をともした石灯籠が現れ、その光に照らされて神社の本殿が現れた。
能狂言の舞台のようなその本殿は、大きな注連縄が軒下にかかっている。
そのさらに奥に、何か大きな白いものがあるのが見えた。
石や木じゃなくて、白い毛に覆われた生き物……?
「しろ……くま?」
「熊ではない」
白い塊がごろりと転がり、その姿を現した。
「狐……?」
「左様」
白狐……というんだろうか。
それはヒグマよりも大きな狐だった。
横になっているのに、私の身長より高いところに頭があるほど……。
異様なのはその大きさよりむしろ、人語を話したことなんだけど……ラビ太を知った今では、わりとすんなり受け入れられた。
白くて優美な見た目に似合わない、妙にダンディな声だった。
「思ったより驚いていないな。つまらん」
「ええと、あなたは誰?」
「わしは安康狐。そしてお前は白鷺真白」
「えっ!?」
突然名前を言い当てられ、思わず声が漏れた。
「何で知ってるの?」
「わしの目は真名を見通す。それだけのこと」
「……で、目のいい狐さんが何の用?」
「少しは霊験あらたかなものへの畏敬の念を持て」
「女の子をこんなところに連れ込んでおいて、そんなこと言われてもね……」
「ふん……気の強いこと。だが、まぁ、それでいい。だからこそふさわしい」
けだるそうに狐が言う。
「ふさわしいって、何に……?」
言いながら、もしかして、と私は思い始めていた。
だって既に、似たようなことはもうあったのだから――
「この幽玄世界をあづかりたるわしが命ずる。真白よ、おぬしは【幽玄怪盗アルセリオン】となり、すべての【座王院コレクション】を集めよ」
「はぁ?」
突然、情報が雪崩のように押し寄せてきて、頭が一瞬でパンクした。
「どうした? わしが横文字を使うことにそんなに驚いたか。太古より生きるわしとて世情を見つめ続けておるのだ。横文字くらい……」
「いやいや、そんなことじゃなくて」
この狐、意外と天然なのか。
「幽玄怪盗ってなに? 座王院コレクションってなに? なんで集めるの? なんで私が?」
「ふむ、まあ思うておったより要点を見つけるのがうまいらしい」
「いいから答えて」
「短命種の者はせっかちで困る。幽玄怪盗アルセリオンとは、過去にこの幽玄の世界より持ち出された危険なものを回収する任を帯びた、いわば忍のようなものだ」
「その危険なものが、ざおーいんコレクションとかいうもの?」
私の言葉に、一瞬だけ狐が躊躇したようにも感じた。
「……そうだ。夢と現が混ざり合う幽玄世界にのみ存在を許される宝物の数々。人間どもの世界にあっては、あまりに危険すぎる。なぜなら、人間の夢を叶えてしまうからな」
「夢を叶えるっていいことじゃないの?」
「では、お前が飼っていた犬が死して、生き返ってほしいと願うとしよう。それが叶ったとしたらどうだ?
ただし、しょせん人間の世にあっては半端にしか叶わぬ。人の世の理のほうが優先するからな」
「……なるほど。ゾンビになって生き返ってくるってこと」
「左様。お前、なかなか頭の巡りは悪くないようだな。重畳」
いちいち、尊大なんだよね、コイツ……。
「それはあくまでも例えにすぎぬが、そんな半端な効果でも人の世を乱すにはじゅうぶんに過ぎる。これまで問題になっていなかったのは、それを独占していた富豪がいたからだ。それが座王院典膳。座王院コレクションの主だった男……もうおらぬがな」
亡くなったのね……。
え? 待って。
「まさか……その人が亡くなって売られたんじゃ……!」
「そのまさかよ。多数のコレクションが国内の美術館や好事家の手に渡ってしまったのだ。ゆえに、わしも動かざるを得なくなった。……が、わし自ら動いては人の世の理をよほど壊しかねん。そこで怪盗を立てることにしたわけだ。理解できたか?」
「ええ、でもそれが何で私?」
「誰もでも良かった……とは言わぬ。わしの占いに、この任にふさわしい人間としてお前が出た、ゆえに選んだ。それだけよ」
「……そういうこと」
無茶苦茶な言い分だ。
でも、自分の中で、ストンと腑に落ちた。
きっとその怪盗とやらのを探すときの条件は、「正義感」や「責任感」、「機密保持」といった意識を持つ人間だったんだろう。
私はもう、それに合致する魔法少女とアルカナコレクターをやっているのだ。
なら、その意識になっているのは当然だし、選ばれるのもうなずける。
……いい。それでいい。
ここまで来たなら、何だってやってやる。
二つだって三つだって。
私が守れる正義なら、私が守る。




