アルカナコレクター・1
私は死を覚悟した。
けれど、目を開いたときに、最初に視界に入ったのは、血の赤でも、折れ曲がった四肢でもなかった。
薄ら笑いを浮かべた小人が目の前にいたんだ。
「やあ、お目覚めかなお姫様」
「え? え……?」
周囲は現実とは思えないほどモノトーンで、公園の前ですらなかった。
地面に向かって伸びる巨大な塔が見えて、どうやら私はその横を落ち続けているみたいだった。
「オリジナリティの無い質問をキミがしないで済むよう先に言っておこうか」
くるくる回りながら言う道化師。
「ここはあの世ではないし、キミも死んでいない」
「え? それって……」
「ボクは“愚者”。まぁ水先案内人だと思ってくれよ」
インギンブレイ、って言うんだっけ。
ホントにそんな感じ。
「水先案内人……?」
「そう、キミはこれから戦わなくてはならない。ボクはその戦いを案内する者さ」
「戦うって……何と?」
「前世からの宿業」
「は?」
すでに、ヤミニストと戦っている私からすれば、それ自体はもう今さらだった。
でも前世って、何?
「まぁまぁ、まずはこれを見給えよ」
“愚者”が懐から取り出したのは、一枚のカードだった。
それはタロットカードで、そのときは真っ赤な服を着た王様――後に、それは正義の女神だと知る――が剣と天秤を持っているように見えた。
「これは?」
「キミの魂の“アルカナ”さ」
「アル……カナ?」
“愚者”の手を離れ、ふわりと浮かんだそのカードが、私の胸に吸い込まれていった。
まるで、そこにあるのが当然だと言うように……。
「そう。この世には21枚のアルカナが存在し、それぞれに対応した転生者の魂に眠っている。そして、それらをすべて揃えたものは神の力を得る。ゆえにアルカナを奪い合うアルカナバトルが始まった」
ぞくり。
体が震えた気がした。
胸の奥から、冷たい何かが溢れ出すような感覚。
たった一枚のカードなのに、たしかに世界を変えてしまいそうな力すら秘めているように思えた。
「ほら、キミの魂は理解している。前世からの宿業をね」
「前世……」
「そうさ。前世のキミも、アルカナを揃えるために、アルカナバトルに参加していた」
「なぜ?」
「その更に前世からの宿業さ。その前のその前もね」
「……つまり常に揃わなかったって事ね」
「へえ、お利口さんだね」
道化らしくニタニタ笑う“愚者”。
その顔にパンチをぶち込みたいくらいだったけど、我慢した。
「その通り。これまでのアルカナバトルは失敗に終わってきた。有史以来、全てのアルカナを揃えたものは居ない……いや、一人だけ。九千年前の古代バビロニアの王・ニムロドが揃えた」
ニムロド。
絶対に聞いた覚えがないのに、どこかで聞いたような気がしてくる……。
「厳密にはアルカナバトルで揃えたんじゃなく、彼が生み出したんだ。だから彼の元には揃っていた」
「なぜ……」
「そう、そこだよ」
言い終わらないうちに、“愚者”が言葉をかぶせてくる。
「なぜそれが散らばったのか? その時の世界はとても狭くて、だから世界を構成する要素を抜き出すのがカンタンだった。アルカナとは世界の縮図。だから、そうして生み出したアルカナの力で世界を支配し、自分の居城たる塔を生み出した」
言われなくてもわかった。
その塔が、きっと目の前に見えるこれだ。
「ところが、その塔は巨大すぎたんだな。気づかなくていいものまで、気づけるほどに。その屋上から見えた世界は、ニムロドが思うよりずっと広大だった」
にい、と“愚者”が笑う。
「彼は、アルカナを塔の屋上からバラまくと、自らも飛び降りて死んだ」
「な、なんでそんなことを……」
「さぁ? でも想像はできるよ。きっと、彼は許せなかったんじゃない? 自分が支配したより大きな世界があることが……」
正直なところ……もう“愚者”の語りなんてどうでもよかった。
中二病の学生が、自分の考えた設定を得意げに語っているのと大してかわらない。
「もういい」
「え?」
初めて“愚者”が呆気にとられた顔をした。
「それで、私は何をすればいいの?」
「いいね! キミ! とてもいい!」
“愚者”がテンション高くくるくる回りだした。
「もちろんアルカナバトルさ! すでに21枚のアルカナは解き放たれた。これを悪意あるアルカナ使いが揃えれば世界は終わりだ。世界は“閉じていた小さな世界”に戻るだろう」
「つまり、悪意あるアルカナ使いを倒すのが、私の役目ってことね」
「そうなるね。まぁボクはキミがそれを揃えて世界を支配したって構わないんだけど……“正義”のアルカナを魂に持つキミが、そんなことはしないか」
「いちいち話が回りくどい!」
「わっ!?」
「私が聞きたいのは2つ! 1つ、どうやったらアルカナの力を引き出せるの? 2つ、相手はどこの誰!」
「す、すごいねキミ……相手は、残念ながら今は近くにいないらしい。力の引き出し方のほうならカンタンだ」
受け取りなよ、と“愚者”が投げ渡したのは、黒くて分厚い携帯電話だった。
家電というよりは、どこか魔導書を思わせる神秘さすら感じる。
「それはスマートデッキ。背面がカードケース、下部がカードスロットになっている。力を引き出すには“ロード・ジャスティス”と叫び、スロットに“正義”のアルカナを差し込むんだ」
「ロード……ジャスティス」
小さく口に出す。
そして、はっきりと覚醒の意志を込め、今度は叫んだ。
「ロード・ジャスティス!!」
そして“正義”のタロットを、スマートデッキに差し込んだ。
「OK! ナウローディン!!」
デッキから軽妙な声が響き渡る。




