拳闘魔法少女
その日、私は剣道部の部活終わりに家に帰っていた。
高校一年になって、最初のインターハイを控えて、練習はハード。
去年、中体連で全国ベスト8までは行けたから、今年は優勝を目指したいし、私も全力で頑張ってへとへとだった。
時刻は夜の8時半。
山の上の学校から道路を挟んで向かいの寮に移動するだけだし、女一人でも別に危険を感じたことはないかな。
寮と言っても、学校は全寮制じゃなくて、職員用の独身寮だったものを流用したもの。
これは、大怪獣災害によって、家族を失った生徒向けの暫定対応。
あのダムから突如現れた超巨大な怪獣――いわゆる怪獣13号――が暴れまわったあとは、甚大な被害が発生した。
あれから数か月経っても、まだまだ事後処理は終わらない。
行く先のない生徒はいくらでもいるし、私もその一人だった。
私の故郷、白黒群中白町も壊滅して、もう人の住める場所じゃなくなった。
そこで、国と県は身寄りのない学生に、寮を用意して提供。
教育の空白期間を防ぐため、という話だったけど、どっちにしても住処があるのは嬉しかった。
実家が無くなってからは、ずっと体育館暮らしだったしね。
この高校を選んだのも、その体育館があったのがここだったから。
中白町は完全に壊滅して機能していなかったから、近隣で一番大きな麻座利市にみんな集められた。
そのまま麻座利市に移った人も少なくない。
ええと、何の話だっけ?
そうそう、寮の話だった。
うちは親戚一同中白町の出身だったから、よほどの遠縁しか生き残っていなくて、私は寮で一人暮らしを希望した。
友達は他県の親戚の元に身を寄せたり、施設に入ったりしたので、入寮者の学生は他にはいない。
構造としては二階建てのアパートそのもので、共用の風呂やキッチンなどはなく、全部自室に設置されているタイプ。
担任の鬼熊独五郎先生をはじめとして、何人かの先生が住んでいる。
女性の先生は誰も住んでおらず、先生たちも気を使ってか、私の部屋だけは二階の一番奥で、隣にも下にも入寮者はいない。
そもそも社会人向けだから、寮長みたいな人もいないので、身の回りのことは全部自分でやる必要があるわけで……。
というわけで、部活後には自室に戻ってシャワーを浴びて、洗濯機を回して、晩御飯を作って、食べて、片付けて、洗濯物を干して――と、なかなか大変……。
今日はもう疲れている事もあって、晩御飯はカップラーメンでいいか……なんて考えながら、学校前の横断歩道を渡っていると、街灯の下に小さな影が見えた。
「ねこ?」
疲れている時にねこは最高だ。
ねこはジャスティス。
でも、近づいてみると、どうやらねこではないみたいだった。
というか、思い当たる動物がいない。
ねことねずみとうさぎを足して3で割ったような、もふもふした何かだった。
「やあ、君はボクが見えるんだね?」
「は?」
思わず出たのは間の抜けた声。
明らかに、この動物から人語が出ていた。
気のせいかと思ってあたりを見渡しても、人影はない。
何かドッキリ的なものかとも思ったけど、私を引っかけるにしては手が込みすぎている。
それだったら、ねこのぬいぐるみで済むし……。
などと考えていると、その動物がニコっと笑った。
「ボクはラビ太。ボクと契約してマジキュアになってくれないかい?」
マジキュア?
契約?
言っている意味がわからず、混乱する。
ただでさえ疲労で脳内の糖分が足りないのに、そんな事言われても困る。
せめてシュークリームでも食べていたら違うのに。
「マジキュアは、悪の魔の手から世界を守る魔法少女だよ」
魔法少女……女児向けのアニメなんかでよく聞く名前だけど……。
少なくとも、この時は本気でそれが実在するなんて夢にも思っていなかった。
たとえ、よくわかんない動物が勧誘してきているとしても、それとこれとは話が別。
でも――
「世界を……守る?」
それだけは、引っかかった。
「そうだよ。今、この世界は、ヤミニストによる侵略の危機にさらされているんだ」
「ヤミニスト? 怪獣じゃなくて?」
「それは別件だけど無関係でもないかもしれない。ヤミニストは人の心の闇に由来するんだ。だから、大災害の後に活発になる」
「……」
正直、ラビ太の言っていることを信じたわけじゃなかった。
でも、もしそれが0.01%でも真実なら……?
「……いま、本当に世界が危機なのね?」
「うん。それは間違いない。ボクら光の妖精が、こちらの世界に出て来れるようになっていること自体、この世のバランスが崩れているってことだからね。早くバランスを取り戻さないと、世界が闇に染まってしまうんだ」
「闇に染まるとどうなるの?」
「人々が欲望のままに暴れまわり、少なくとも文明は終わってしまうだろうね」
「……そう」
この時、心は決まった。
話を受けてみよう。
違ったら……その時はそのとき。
肩にかけた竹刀袋をぎゅっと握る。
「わかった。魔法少女に、なる」
その答えに、飛び上がって喜ぶラビ太。
「ありがとう! それじゃ、ピュアフルパワーをキミに……キミの名前は?」
「真白」
「そう、真白にあげる!」
ラビ太がそう言うと、光が広がり、それがあたかも薄い布のように体にまとわりついた。
いや、感触も見た目も、布そのものだ。
だけど、光でできているからなのか、ほとんど重さを感じない。
白いフリルが多層に連なった、お姫様のドレスを動きやすく縮めたような服を、私は纏っていた。
そして、心臓から送られる血液に乗って全身に、鉄板すらたやすく引き裂けそうにすら思えるすさまじいパワーがあふれ出す。
つまり――
「本当に……変身した?」
「そうだよ。キミは今日から、拳闘魔法少女マジキュアのマジホワイトさ!」
その時、私はどう思っていただろう。
震えていた。
それは、はっきり覚えている。
正確な心理までは思い出せないけれど……きっとあれは、驚愕ではなく。
そう、歓喜だった。




