燃えてヒーロー・3
「う……」
意識を取り戻した時、オレは鉄格子の中のベッドの上だった。
……おそらく、超科学アカデミーの独房だろう。
独房なのに鉄格子なのは、法務省管轄ではなく文部科学省管轄の超科学アカデミーは、本来牢屋を持てないのだが、その性質上必要なため書類上は独房としているせいだ。
変身が解け、行き倒れていたのを拾われでもしたのか……?
必死で戦った結果が独房か……。
それもいいかもしれない。
……あんなバケモノに勝てる奴なんていない。
全身は酷く傷み、起き上がる気すら起きなかった。
おかしな話だ。
オレは改造人間なのに、痛みは消えてくれない。
いっそ壊れてしまえば楽になれるのに……。
仲間を振り払って、命がけで戦って……それでも倒せない。
だったら……オレは何だ?
何の為に……。
握った拳を開いても、もちろん何もない。
何一つ掴めていない。
「もう……どうでもいい……」
このままいつまでも眠ってしまいたかった。
だが、眠らせてはくれないらしい。
足音が響き、一人の来訪者が現れた。
「目が覚めたかね?」
九頭竜博士だ。
いつになく真剣な面持ちで……いや、用件の想像はつく。
その表情の理由も……。
「私は組織の長として、君に伝えねばならん事がある」
「……」
「君の度重なる命令違反は看過しがたい。よって無期限の謹慎処分とする」
「……」
クビや逮捕じゃないのか……。
だが、丁度いい。
もうここから出る気なんてない。
「それから一つだけ聞きたい……君を焦土と化した山中で回収した際、その体を確認したが……君は一体……?」
「……」
オレが回収されたという事は、博士はオレの行動からおおよそオレの正体を推測したのだろう。
だからこそギガントマンのいる場所でオレを回収したんだ。
だが、メディカルチェックの結果は、その想像とはまるで異なるものだったんだろう。
……体は改造人間なんだからな。
「……いや、よそう。連絡あるまで、体を休めるといい……」
博士は、言葉少なに去って行った。
あんなにぶっとんだIQを持つ博士であっても、わからない事があるらしい。
それからまたゆっくり時が過ぎた。
アオイが怒鳴りに来るかと思ったが、それもない。
愛想を尽かされたらしい。
……こうしている間に、外はどうなっているだろう。
ラジオすらない独房では、何もわからない。
ヱゐモセズの移動速度は遅い。
ホッパーの内臓機能であるグリニッジカウンター(時計機能)であれからどれだけの時間が経ったかは正確にわかる。
おそらく、ヱゐモセズはそろそろ大都市圏に接近している頃だろう……。
悔しい思いが、ないわけじゃない。
……だけど、どうあがいてもあいつには勝てない。
近づく事すら出来ないし、仮に近づいたとしてもギガントマンの体術では奴の生体装甲は破壊できない。
オレにできる事といえば……
――逃げる事。
……そうだ。
逃げて何が悪い……。
諦めるしかないじゃないか……。
暫くして、足音が聞こえて来た。
そちらを向く気力もわかず、ベッドの上で天を仰ぐように寝転がる。
すると、足音がオレの独房の前で止まった。
今度は誰だ……。
視界の端に、鉄格子の向こうを映す――
と、そこに居たのは、全く予想だにしていない人物だった。
「!?」
「久しぶりだな」
「あ、あんたは……!」
思わず声が出た。
気付かない内に、体すら起こしていた。
それも仕方ないと、自分ですら思う。
なぜならそこに立っているのは――
「ホッパー一号!?」
昆虫を思わせる徹仮面に真っ赤な眼――紛れも無く、仮面ホッパーだ。
どうやってこの超科学アカデミーに侵入したんだ……?
いや、そんなことより、何でここに!?
「何だ。死にそうな顔をしていた癖に、元気があるじゃないか」
「う……」
「どうやら図星のようだな」
言って、一呼吸を置くホッパー。
そして――
「この大馬鹿ものがーーーーーッ!!!」
「!!!???」
大音声が鳴り響いた。
頭の上すれすれをジェット機が通り過ぎたかのような大声。
頭蓋骨の中で反射しまくり、頭がぐらぐらする。
なんて声出しやがる……!
場所が場所だけに改造人間同士の通信機能を利用しての叫びだが……システムの制限なんか大幅に越えている。
「お前は何がしたい!!」
「何も……」
「何が出来る!!」
「だから……何も……」
「何でもできる力を持っているだろうが!!」
「何もできやしない!!」
オレは立ち上がっていた。
そのまま力任せに、壁を叩く。
壁は激しく音を立て、円形にひしゃげた。
「こんな力があっても、勝てやしない!! 勝てなかった!!」
「勝つ? 何の話だ? 今お前が出来る事は、相手に勝つか負けるだけなのか?」
「う……」
「私は行く。あの怪物に、私では勝てない。だが、逃げ遅れた人を救う事は出来る。私の体は炎では燃えない。私の腕は瓦礫などたやすく粉砕できる。私の耳は助けを求める声を聞き逃さない」
「う……ぐ……」
「聞け。我々は望む望まないに関係なく、力を得た。我らにしか出来ん事があるはずだ。……いや」
言葉を切る一号。
「お前にしか出来ん事があるはずだ!!」
「……」
正論なのはわかっている。
正論だからこそ、言われなくたってわかってる。
わかってるんだそんな事!!
「ヒーローとはなんだ!!」
「……は?」
何を急に言い出すんだ。
「わからんか!」
「……ああ、わからない」
反発するように返したが、正直な気持ちだった。
「ならばここにいろ!」
言って背中を向ける一号。
……どうやら一号もオレに愛想を尽かしたらしい。
そう思った矢先、一号が顔だけ肩越しにこちらに向いた。
「お前が今、理不尽にあえいでいるというなら、ヒーローを待つがいい!! お前と同じように、今、理不尽に苦しめられている人たちと同じようにな!!」
「……!」
「私は行く! 理不尽を粉砕するために! 私を待っている者たちの元へ!!」
叫び、一号は飛び出した。
あっという間に、その姿は通路の向こうへ消えていく。
「……」
理不尽を……粉砕する……。
オレが……今、して欲しい事……。
同じように……理不尽を……感じている人が居る……。
ああ、そうか。
オレは初めて、一号という男を理解できた気がした。
そうなんだ。
きっとオレたちの理不尽は、もうどうしようもないけれど。
他の人の理不尽を、オレたちは叩きつぶせるんだ。
それが、ヒーローなんだ……!
――だから、逃げない!




