1. 災厄の予兆、天を裂く紅蓮の影と結界の軋み
その日、迷いの森は数百年ぶりの静寂を破り、かつてない終末の気配に包まれていた。
いつもならシルフィの風が心地よく吹き抜け、小鳥のさえずりが響くテリーのセーフハウス。リビングの特等席であるカウチソファに寝転がり、冷えた魔導炭酸水を喉に流し込んでいたテリーの傍らで、元聖騎士エクレアが突如として跳び起きた。
「……ボス、これは不味いです。ただ事ではありません。私の聖騎士としての全本能が、死を警告しています」
エクレアは愛刀の柄に手をかけ、窓の外を鋭く睨みつけた。彼女の額からは大粒の冷汗が流れ落ちている。
はるか上空、雲海を割って現れたのは、全長100メートルを超える真紅の巨躯――魔物界の最上位にして、一国を一夜で灰に帰すと言われる天災、古竜『大焔竜』であった。
数千年の眠りから目覚めた竜王は、己の縄張りであるこの森の境界線に、不遜な魔力の塊(テリーの防衛結界)が存在することに激怒していた。竜王がただ一度、その巨大な翼を羽ばたかせるだけで、周囲の空間が鉄を焼くような焦熱へと変貌する。
キィィィィン――!!
大気を引き裂く甲高い金属音が響き渡る。
テリーが常時展開していた全自動防衛結界『アンチ・バグ・システム』の第一層が、古竜の放った爪撃によって激しく火花を散らし大きく歪んだ。
部屋の照明魔導具がチカチカと点滅し棚に並んでいたテリーお気に入りの職人手作りの陶器マグカップが激しい震動で床に落ちてガシャリと割れた。テリーの「動かない日常」が文字通り物理的に侵食されようとしていた。




