4. シルフィの「もこもこセットアップ」と、色彩の調和
続いて、シルフィのための服作りだ。彼女には、前世の女性たちを虜にした「もこもこニットのセットアップ(前開きのカーディガンとショートパンツ)」をチョイスした。
「シルフィは肌が透き通るように白いし、髪が綺麗な銀髪だから、原色のままだと服の主張が強すぎて浮く。前世でいう『くすみカラー(ニュアンス系のアースカラー)』、淡いミルクティーベージュが絶対に似合う」
テリーは、王都の草木染めの染料に、魔力光の波長をズラす数式を重ね合わせ、異世界には存在しなかった「絶妙にアンニュイで上品なベージュ」の染め粉を錬成。キラーウールの糸を丁寧に染め上げた。
だが、ここでシルフィの「風の精霊」としての規格外の特性が、アパレル初心者であるテリーに牙をむいた。
彼女が完成したばかりのもこもこニットを羽織り、嬉しそうにクルリと身を翻した、その瞬間だった。シルフィの身体から無意識に溢れ出る高密度の風の微粒子が、キラーウールの極細の毛の間にすっぽりと閉じ込められてしまったのだ。空気の逃げ場を失ったニットは、まるで高性能な熱気球かホバークラフトのように急速に膨張。圧倒的な浮力を生み出し、シルフィの身体ごと「ふわん」と宙に浮かび上がらせた。
「おや……? 我が主、これは大変暖かく、素晴らしい着心地なのですが……風が抜けず、私がバルーンのようになってしまいます」
「あ、アホか! 風の精霊だから通気性を極限まで上げないと、自分の風を内側に内包して浮くに決まってるだろ! シルフィ、そのまま動くな、天井のシャンデリアに引っかかる!」
「ぼ、ボス! シルフィ様が、シルフィ様が天井の梁にピタッと張り付いてしまわれました! まるで銀髪の妖精の凧のようです!」
リビングの天井に背中をぴったりと密着させ、もこもこのままプカプカと漂うシルフィ。テリーは前世のシステム開発で、想定外のループ処理によってサーバーのメモリが限界突破した時のような焦りを覚え、大慌てでノートの数式を書き換えた。
「エクレア、お前は聖騎士の脚力を活かして上に跳べ! シルフィの足を引っ張って、ひとまず下に固定しろ! 術式を書き換える時間をくれ!」
「は、はい! 聖歩、発動! ……捕まえました! ……うぐぐ、なんという浮力ですか! まるで大風を孕んだ船の帆を一人で抑えているようです……! 腕の筋肉が、筋肉がちぎれますボスー!!」
天井からシルフィの細い足首をガシッと掴み、己の体重をかけてぶら下がるエクレア。しかし、キラーウールの魔力と精霊の風が合わさった上昇気流は凄まじく、エクレアの足は完全に床から浮き上がり、二人揃って天井付近で「人間鯉のぼり」のような状態になってバタバタと暴れている。
「クソ、糸の密度が高すぎたんだ! 結合術式を『編み込み(インターロック)』から、空気抵抗をゼロにする『マイクロメッシュ構造』へ動的リファクタリング(コード修正)する……! シルフィ、そのまま魔力を一定に保て! エクレア、あと10秒耐えろ!」
テリーはカンストした空間魔術の指先を鋭く突き出し、宙に浮くシルフィのニットへ向けて、目にも留まらぬ速さで魔法陣を多重展開した。光の粒子となった魔導の針が、キラーウールの糸一本一本をハッキングし、目に見えないナノ単位の「空気の抜け穴」を秒間数万回のペースで編み込んでいく。
――シュウゥゥゥ……。
編み目が完全に再構成された瞬間、溜まっていた風が心地よい微風となってリビングに一気に吹き抜けた。同時に浮力が消失し、シルフィはエクレアをぶら下げたまま、羽毛のように静かに、優雅に地面へと着地した。
「ふぅ……。死ぬかと思った。有給なのに、なんでこんなに心臓をバクバクさせなきゃいけないんだよ……」
テリーがソファに倒れ込み、エクレアが床の上で「はぁ, はぁ」と燃え尽きたように大の字になる中、シルフィはそっと自分の胸元に手を当て新調されたもこもこニットの感触を確かめていた。風は綺麗に抜けていく。
なのに、キラーウールの産毛が持つ圧倒的な保温性とテリーが施したマイクロメッシュの効果によって、彼女の体温は完璧に守られまるで極上の陽だまりに包まれているかのような心地よさだった。
さらに、彼女がほんの少し身じろぎするたびに、通気性の良くなった編み目からシルフィ自身の清涼な風が優しく、高雅に香る。まさに、彼女のためだけに作られた世界に唯一の「もこもこセットアップ」だった。
シルフィの美しい琥珀色の瞳がみるみるうちに潤み感動の光で満たされていく。
「我が主……これは、本当に、私がいただいてよろしいのでしょうか」
「ん? 何が? いや、シルフィのために作ったんだからシルフィが着なきゃ意味ないだろ。ちょっとバグって焦ったけど、サイズも色もやっぱりお前に最高に似合ってるよ」
テリーがいつも通りのダルそうな口調で、しかし少し照れくさそうに視線を逸らしながら言うと、シルフィはそっと目元を拭った。
数千年の時を生きる最高位の風の精霊である彼女は、これまで「崇め奉られる対象」か「強大な戦力」としてしか扱われてこなかった。神々にすら、その強さと便利さばかりを求められてきたのだ。だが、この黒髪の奇妙な主は違った。
自分のために、あの大嫌いな「全力の労働(試行錯誤)」を惜しみなく行い、汗を流し、ただ「家の中で快適にお洒落に過ごしてほしい」という純粋な慈愛の手によってこの極上の衣服を贈ってくれた。
衣服とは、ただの防具ではない。主がどれだけ自分を大切に想ってくれているかを示す、最も温かい「絆の証明」なのだと、シルフィは生まれて初めて知った。
「感謝いたします、我が主……。精霊として生を受け、これほどまでに心が震え、満たされたのは初めてでございます。あなたの不真面目で、どこまでも優しいお心が、この温かい糸の一本一本から伝々(つやつや)と伝わってまいります」
シルフィは胸元を愛おしそうにきゅっと抱きしめ、テリーに向けてこれまでで一番深くそして最高に美しい慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「私はもう、このお洋服と、これを贈ってくださった我が主の怠惰に、この身のすべてを捧げると誓いましょう」
「いや、服一枚でそこまで重い忠誠誓わなくていいから……。とにかく、気に入ってくれたなら良かったよ」
主のぶれないニート気質にシルフィはくすくすと上品に微笑む。そのもこもこの袖からは彼女の幸福な感情に比例するようにどこまでも優しく甘やかな花の香りを孕んだ風がリビングを暖かく満たしていくのだった。




