三度目の「拒絶」と王国のエゴ
神々は焦っていた。彼の「絶対に屈しない」という意志は、彼らの想像を絶していた。自分たちが直接手を下して転生させれば、彼は義務感と搾取への嫌悪から即座に自死を選んでしまう。
「ならば、地上側の都合として巻き込んではどうですか?」
至高の女神が、苦肉の策を提案した。
「下界の人間たちに『救世主召喚の儀式』を行わせるのです。神の命令ではなく、可哀想な人間たちの懇願という形であれば、あの男の態度も少しは軟化するかもしれません」
「フン、試す価値はあるな。ちょうど地上では、我が眷属である魔族どもが人間の王国を良いように蹂躙している最中だ。人間どもは藁にもすがる思いで神に祈っておる」
絶対の魔神が、不敵な笑みを浮かべて同意した。
その頃、地上の人間世界にある『ルミエール聖王国』は、まさに滅亡の淵に立たされていた。
大陸の半分を支配下に置く魔王軍の侵攻により、王国の防衛線は次々と崩壊。王都の目前まで迫った魔獣の群れと黒煙に、人々は絶望していた。
「もはや、神話に伝わる『救世主召喚』の秘術に頼るほか、我が国が生き残る道はない……!」
大聖堂の地下深く。老いた大神官は、血を吐くような思いで祈りを捧げていた。
この召喚儀式は、膨大な魔力と引き換えに、術者たちの「命の灯火(寿命)」を削り取って捧げる禁忌の術。神官たちも、国を守るために文字通り命を投げ打つ覚悟だった。彼らが求めたのは、圧倒的な力で魔王を滅ぼし、苦しむ民を救ってくれる、慈悲深き伝説の英雄だった。
「至高なる神々よ! 我らの命を、未来を捧げます! どうか、この暗黒の世を払う救世の主を、我らのもとへお遣わしください……!」
彼らの命を賭した祈りは、白き神殿へと届いた。
神々はこれ幸いにと、彼の魂をその召喚の光へと滑り込ませた。
「今度こそ頼むぞ、人間よ。地上の哀れな子羊たちの声を聞くが良い」
神々の思惑通り、三度目の転生が執行された。
「おお……! ついに、ついに救世主様が……!」
まばゆい魔法陣の光が収まった大聖堂で、涙を流して跪く国王や、命を削って息も絶え絶えの大神官たち。
光の中心に立つ彼の姿を見つめる彼らの瞳には、狂信的なまでの期待と、露骨な安堵の色が浮かんでいた。
『万象解明システム』が、周囲の状況を瞬時にアナウンスする。
【警告:周囲の人間は、個人の意思を無視した『強制的魂魄牽引術式』を行使しました。また、対象はあなたに『魔王討伐』という、一方的な過重労働および義務の押し付けを期待しています】
その脳内アナンスを聞いた瞬間、彼の心に凄まじい嫌悪感が走った。
どれだけ涙を流していようが、どれだけ命を削っていようが関係ない。「お前が犠牲になって俺たちを救え」という構造そのものが、前世で限界まで自分をすり潰したブラック企業のシステムと完全に一致していた。
彼が祭壇からゆっくりと降りると、国王が我が世の春が来たと言わんばかりに両手を広げ、尊大に、しかし懇願するように声を張り上げた。
「救世主殿! よくぞ我が王国の祈りに応えてくれた! 見るが良い、我が国の民は今、残虐非道な魔王軍に怯え、苦しんでいる! どうかその神より授かりし圧倒的な力をもって魔王を打ち倒し、我が国に、いやこの世界に平和をもたらしてくれ! 勝利の暁には、富も名声も、我が国の姫さえも思いのままに――」
「断る。勝手に呼んで勝手に戦わせようとするな」
彼の冷ややかでぶっきらぼうな声が、厳かな大聖堂に響き渡った。
「え……?」
国王の顔が凍りつく。隣で息も絶え絶えだった大神官が、信じられないものを見る目で彼を仰ぎ見た。
「きゅ、救世主様……何を仰るのですか! 我らは、我らの命を、未来を捧げてあなた様をお呼びしたのですよ!? この世界のために、どうかその慈悲の心で魔王軍を――」
「お前たちが勝手に命を削ったんだろ。俺の知ったことじゃない」
「な、何という冷酷な……! 世界が滅びても良いと言うのですか! あなたには人の心がないのか!」
神官の一人が憤慨して叫ぶが、彼は鼻で笑った。
「人の心がないのはどっちだ。縁もゆかりもない人間を無理やり引っ張り出して、『世界のために死ぬ気で働け』ってか? やってることは前世のブラック企業と何も変わらない。他人の犠牲の上に成り立つ平和なんて、さっさと滅びればいい」
彼はそう言い捨てると、儀式用として祭壇に安置されていた、眩い輝きを放つ鋭利な聖剣を、迷うことなく手に取った。
「お、おい、救世主殿!? 聖剣を手に何をするつもりだ! まさか我らを斬る気――」
「いや、お前らみたいな奴らのために、わざわざ人殺しの罪悪感を背負うのも馬鹿らしい」
彼は聖剣の切っ先を、自らの首筋へと向けた。
「ないっ……!? 自殺する気か!? 正気か貴様ァ!」
国王や神官たちが驚愕し、慌てて取り押さえようと駆け出す。
「待て! 人間よ、これ以上の暴挙は――!?」
さらに、大聖堂の空間そのものが震え、神殿から神々の焦燥に満ちた制止の声が直接響き渡った。
だが、彼の手はピタリとも止まらない。
「何度やっても同じだ。俺は、誰の指図も受けないし、誰の都合の良い道具にもならない。……じゃあな、クソ上司ども」
自らの首筋に刃を当て、彼は一思いに力を込めた。まばゆい聖剣の光が赤く染まり、彼は三度、自らの生を終わらせた。




