5. 料理ギルドのマスターとの邂逅、あるいは鼻をへし折る「麦麹の真実」
話は少し遡る。テリーがエクレアと共に「自家製醤油」の開発に乗り出した際、発酵に必要な「小麦」と「大豆」の最高品質のサンプルを求めて王都の『料理ギルド』の本部を訪れた時のことである。
当時のギルドマスターであるアントニオは、王宮の晩餐会も仕切る「食の絶対権力者」であり、平民のそれもダルそうにフードを被ったテリーを完全に舐めきっていた。
「ふん、ただの平民が、我がギルドの秘蔵する一級小麦を分けてくれだと? 職人の世界を舐めるな。小麦の性質も知らぬ素人に、我がギルドの食材を触らせるわけにはいかん。門前払いだ」
偉そうにふんぞり返るアントニオに対し、テリーは大きなため息をつき、死んだ魚のような目で彼を睨みつけた。
「……あのさ。あなた方が『最高級』って崇めてるその小麦、乾燥のさせ方が甘いからデンプンの糖化(ベータ化)が遅れてるんだよね。だから焼き上がりがパサつく。それに、俺が作りたいのはパンじゃなくて『麦麹』。大豆のタンパク質をアミノ酸に分解するための触媒だ。酵素学の基礎も知らないで、よくマスターなんて名乗れるね。その椅子よく座ってられるわ」
「な、何だと……!? こう、こうそ……? わけのわからぬ呪文で煙に巻く気か! 我がギルドの職人技を愚弄するか!」
激昂するアントニオの前で、テリーはギルドのキッチンにあった並級の小麦粉を掴み、自身のカンスト魔術(時間操作・温度微調整)を一瞬だけ発動。デンプンと水分を完璧に結合させ一瞬にして「極上の甘みを放つ黄金の生地」へと変化させてみせた。
「ひっ……!? 小麦の、小麦のポテンシャルが、私の知る限界を超えて引き出されている……!? 生地自体が勝手に美味い発酵を始めているだと……!?」
職人としてのプライドを粉々にへし折られ、腰を抜かしたアントニオは、その場でテリーに最高級の大豆と小麦を涙ながらに提供。それ以来、彼はテリーを「食の隠された神」と恐れ崇拝するようになったのである。




