一度目の「拒絶」
気がつくと、彼は険しい岩山の頂に立っていた。
すでに肉体は再構成され、脳内には神々から与えられた『万象解明システム』の電子音が響いている。そして、彼の傍らには、神々から監視と案内を任された天使のような姿の『神の使徒』が浮遊していた。
「目覚めましたか、救世主候補よ。これよりあなたを麓の街へ導き、魔王討伐の――」
「お前たちの駒になるつもりはないと言ったはずだ」
吐き捨てるように言うと、神の使徒は美しい眉をひそめあからさまに不快そうな表情を浮かべた。
「な、何を仰るのですか! あなたは偉大なる神々に選ばれたのですよ? 本来なら這いつくばって感謝すべき名誉です。下界に降りれば、神の加護を持つあなたを誰もが英雄と崇め、贅沢の限りを尽くせるというのに……」
「他人の指示で動かされる贅沢なんて、ただの『ご褒美付きの奴隷』だろ。前世の会社で、ボーナスと引き換えに有給を揉み消された時と同じだ。二度とその手に乗るか」
一歩、また一歩と、数千メートルの高さがある断崖絶壁の縁へと歩みを進める。
「ちょっと、どこへ行くのですか! 私の案内を無視するな! さっさと街へ向かい、魔王の動向を――」
「誰がやるかよ。お前も、その裏で糸を引いてるクソ上司どもも、全員まとめてお払い箱だ」
「なっ……!? 何を――っ!?」
使徒の悲鳴が遠ざかる。そして一切の躊躇なく、真っ逆さまに飛び降りた。
凄まじい風圧の中、彼の心は奇妙なほど静かだった。誰かのために自分の人生を消費するくらいなら、ここで終わる。叩きつけられる寸前、脳内でシステムが自動防御魔術の起動を求めて警告を発したが、精神の力だけでそれを完全に強制シャットダウンした。
「あああ! 何てことをするのですか、この狂人が!!」
落下する背後で神の使徒が必死に飛行魔術を唱えて追いかけてくるが、魂の防衛システムを自ら拒絶した彼の肉体は地表に激突した瞬間に容易く崩壊した。
彼の魂が神殿へと引き戻された直後、白き空間には神の使徒の涙ながらの言い訳と怒号が響き渡った。
「神々よ、お許しください……! 私は、私は完璧に職務を全うしようといたしました! なのにあの人間は、私の言葉に耳を貸すどころか、自ら防衛術式を遮断して命を絶ったのです! なんという身勝手、なんという傲慢! 神々の慈悲をドブに捨てるような、救いようのない大罪人です! どうか私に罪を問わぬよう、あやつに更なる厳罰を――」
「黙れ、無能が」
絶対の魔神の地響きのような声が使徒の言葉をピシャリと撥ね退けた。
「適合者の魂に、これほどの過負荷をかけさせるとは何事だ。案内役としての才が皆無であるな」
「ひっ……! あ、あの、私はただ――」
至高の女神の冷徹な視線が注がれ使徒は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。謝罪も言い訳も神々にとってはただの雑音でしかなかった。適合者である彼の魂を最初から適切にコントロールできなかった使徒は、神々の失望の対象でしかなかった。
「罰を与えよう。その不甲斐なき翼を毟り、下界の泥に塗れるが良い」
「あああ、あああああ――っ!?」
使徒は背中の美しい翼を神力で強引に引き裂かれ、絶叫を上げながら神殿の底へと叩き落とされ、追放された。完璧な断罪だった。




