2. 「有給休暇」という名の拷問
「テリー殿! 本日こそは、何か私に『労働』を! このままでは私はただの飯を食い潰すだけの穀潰しになってしまいます!」
数日後、エクレアはリビングでテリーの前に立ち拳を握りしめて直訴していた。
毎日の美味しい食事と十分すぎる睡眠により、彼女の肌はかつてないほどツヤツヤになり聖騎士時代の激務で負った細かい古傷まで綺麗に消え去っていた。しかし、それが逆に彼女の「生真面目な正義感」を苛んでいた。働かざる者食うべからず。それが彼女の常識だった。
テリーはソファでゴロゴロと寝返りを打ちながら、うっとうしそうにエクレアを見上げた。
「労働、ねぇ……。じゃあ、お前に『有給休暇の完全消化』という極秘任務を命じる」
「ゆうきゅう、きゅうか……? それは、どのような高度な軍事作戦なのですか!?」
エクレアの目がキランと輝く。ついに自分にも、国を救うための(あるいはテリーの経済包囲網のための)重要な任務が与えられたのだと確信した。
「作戦内容はシンプルだ。今日一日お前は一切の家事、訓練、および『世界を救わなきゃ』という強迫観念を禁止とする。敷地内の裏庭にある特設ハンモックに揺られ、シルフィが作った冷たいレモンサワー(ノンアルコール)を飲みながら、俺が用意した『前世の娯楽小説』を最低三冊読破しろ。もし途中で腕立て伏せをしたり魔力の訓練を始めたら即座に作戦失敗。罰として明日のデザートのプリンを抜きにする」
「なっ……ななな、何をおっしゃるのですか!?」
エクレアは戦慄した。
「休むこと」が「任務」であり、「訓練すること」が「軍律違反」になる。そのような不条理が許されていいはずがない。
「テリー殿! 私を愚弄しないでください! 戦火に苦しむ同胞を余所に、私だけがハンモックとやらに揺られ、甘味の効いた飲料を飲み、娯楽に興じるなど……それは拷問です! 精神的な処刑です!」
「じゃあ処刑されてろ」
テリーは冷酷に言い放ち、パチンと指を鳴らした。
術式が起動し、エクレアの身体がふわりと宙に浮く。そのままリビングの窓を突き抜け、裏庭の大きな木々の間に吊るされた、最高級の織物で作られたハンモックへと強制転送された。
彼女の膝の上にはカラフルな表紙のライトノベルが三冊、サイドテーブルにはキンキンに冷えたレモンサワーが置かれる。
「あ、動けない!? 身体が勝手にハンモックの極上の揺れにフィットしていく……っ!?」
テリーのカンストした魔力で作られた「強制リラクゼーション結界」の前に、エクレアの肉体は完全に無力だった。
「おのれ、悪魔の救世主……! 私は屈しない……どれほど肉体が心地よくとも、私の心は常に戦場に――……ん? この、表紙の『悪役令嬢』とは、一体どういう意味なのだ……?」
数時間後。
テリーが様子を見に裏庭へ出ると、そこには「あ、ありえない……ここでこの婚約破棄はあまりにも理不尽……! がんばれ、エリザベス様……!」と、涙を流しながら猛烈な勢いでページをめくり、レモンサワーをストローでズズズと啜るエクレアの姿があった。
「よし、完全に堕ちたな」
テリーは満足そうに頷き、自らの平穏が守られたことを確信するのだった。




