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1. 朝の攻防、あるいは「8時間睡眠」という大罪

小鳥のさえずりが魔術によって最適化された湿度と温度を保つ寝室に響く。

ルミエール聖王国の元聖騎士、エクレア・ルミナスはガバッと跳ね起きると同時に枕元に置かれた時計を確認した。



「――午前、九時……っ!? しまった、大遅刻だ!!」



彼女の額から青ざめた汗が噴き出す。

聖王国の騎士団であれば朝五時起床、六時から朝練、七時から巡回というのが鉄の掟だった。それを二時間以上もオーバーしている。軍法会議、あるいは連帯責任での激しいシゴキが脳裏をよぎり、エクレアは震える手でシーツを跳ね除けた。


まだ支給されたばかりの、信じられないほど肌触りの良い寝巻き(テリーが前世の技術をベースにシルクを魔力精製した最高級品)のままリビングへと飛び出す。



「申し訳ありません、テリー殿! シルフィ殿! 不覚にもこのエクレア、戦士でありながら自己管理を怠り、爆睡という大罪を犯してしまいました! いかなる罰でも受けます、どうか免職だけは――」



リビングでは、すでにテリーがソファで「人をダメにするクッション」に埋もれ、前世の漫画(をシステムで投影した本)をだらしなく読み耽っていた。その隣では、シルフィが静かにハーブティーを淹れている。


テリーは漫画から一瞬だけ目を離し、心底ゴミを見るような目でエクレアを睨みつけた。



「……うるさい。朝から大声を出すな、せっかくのチルタイムが台無しだ。あと、時計をよく見ろ。お前、昨日の就寝時間は何時だ?」


「は、はい! 昨夜はテリー殿に『さっさと寝ろ』と叱責され、午後十一時にはベッドに入りました!」


「十一時から九時。……おいシルフィ、計算しろ」


「はい、我が主。計十時間の睡眠でございます」



テリーは盛大にため息をつき、手にした本で自分の額を叩いた。



「十時間……。素晴らしいじゃないか。お前、新入社員のくせに初手から完璧な労働環境を構築してやがるな」


「へ……?」



エクレアは呆然と口を開けた。叱責を覚悟していた彼女にとって、テリーの反応は理解不能だった。



「いいか、エクレア。我がここの第一鉄則は『一日の睡眠時間は最低でも8時間を厳守すること』だ。お前はそれを二時間もオーバーして、十二分に細胞を休ませた。これは『業務上の大勝利』だ。逆に、もしお前が朝五時に起きて庭の掃除なんか始めてみろ。俺の睡眠が妨げられて、お前のモチベーションも下がって誰も得をしない。そんなブラックな自傷行為、この家では一発アウトの減給対象だからな」


「な、何を言っているのですか……!? 怠惰は悪です! 己を律し常に牙を研ぎ澄ませておくことこそが、民を護る騎士の義務!」


「その『義務』とやらのせいで、お前らの国は過労死寸前のゾンビ兵士ばかりになって魔王軍に押し負けてるんだよ。肉体が疲弊した奴の判断力なんて、ゴミ以下だ。分かったらさっさと座って、シルフィの作った特製フレンチトーストを食え。これも命令だ」



エクレアは混乱した。

目の前の男は、一国を滅ぼせるほどの力(魔圧)を持ちながら全力で「寝ること」を推奨している。彼にとっての正義は彼女が教え込まれてきた「自己犠牲」の真逆にある。


しかし、目の前に差し出されたメープルシロップがたっぷりかかった黄金色のフレンチトーストからは、暴力的なまでに甘く幸せな香りが漂っていた。



「くっ……これが、悪魔の救世主の洗脳……。ですが、胃袋が……私の本能が抗えない……!」



不憫にも涙目を浮かべながら、エクレアはフォークを手に取り未知の「ホワイトな朝」に沈んでいくのだった。

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