4. 計算の狂い
テリーは深く、深いため息をついた。
神々を力ずくでねじ伏せて手に入れたこの人生だ。人間の強欲に今さら屈するはずがなかった。
(リサの言う通りだな……ちゃんとした後ろ盾を作るか、それとも――)
テリーは背負っていた野菜の袋をそっと地面に置くと深く息を吸い込んだ。
「ボルドーさん。あんた、俺のことを『ちょっと薬作りに詳しい、無力な平民』だと思ってここに来たんだろうけど……その前提、かなり見くびられてるよ」
「あ? 何をブツブツと――」
ボルドーが不快そうに顔を歪めた、その瞬間だった。
テリーが右手を前に出し、短く、しかし明確な発声で術式を起動した。
「――『局所衝撃』」
ドォォン!!!!
凄まじい風圧と衝撃音とともに、ボルドーたちの足元の地面――その石畳が、直径二メートルにわたって粉砕された。
テリーが放ったのは、純粋な物理衝撃の圧縮魔術だ。しかし、ピンポイントでボルドーのつま先数センチの場所を狙って炸裂したその一撃は、周囲に鋭い石の破片を撒き散らし街道の土を激しく巻き上げた。
「ひ、ひぃっ……!?」
ボルドーは、火薬でも破裂したかのような衝撃に耐えきれずその場に尻餅をついた。
あと数センチ前に出ていたら、自分の両足は肉片になっていただろう。
「な、何だ!? 魔法だと!? 護衛、何をしている! こいつを斬れ! 早く斬り殺せ!!」
ボルドーが狂ったように叫ぶが、護衛の男たちは一歩を踏み出せなかった。
彼らは元冒険者だ。だからこそ、分かってしまった。テリーが放った魔法は、決して大規模な宮廷魔法のような派手さはない。しかし、「詠唱速度」と「精密さ」が異常なのだ。
もし次の魔法が自分たちの頭部を狙われたら、避ける術はない。
テリーは懐から、小さな、しかし不自然なほど歪みのない透明な結晶を取り出した。
「君は『ボルドー商会の要求を拒めば、王都での買い出しもできなくなる』って脅すつもりだったんだろうけど。これ、俺が自分で炉を作って、炭素を高圧処理して作った『人造ダイヤモンド』。魔力伝導率がすごく高いから、一部の魔導具ギルドに流せば、君の商会が提示した銀貨五十枚なんて、何百回分にもなるんだよね」
テリーは冷ややかな目で、地面にへたり込んでガタガタ震えているボルドーを見下ろした。
「俺は自分の生活を守るために、相応の手札を持ってる。あんたの商会が王都でどれだけデカい顔をしてるか知らないけど、俺一人を拉致するために、優秀な護衛を何人使い潰す気だ? 次, 俺の敷地や、俺の知り合いに手を出したら……次は足元じゃなくて、その馬車ごとあんたの拠点を爆破しに行くから」
テリーが静かに告げると、その凄みに圧倒された護衛の一人が、恐怖のあまり剣を落とした。カラン、と虚しい金属音が響く。
「ひ、ひぃぃぃーーーッ!! 撤退だ! 戻るぞ!」
ボルドーは護衛たちに抱え上げられるようにして馬車に飛び乗り、御者が狂ったように鞭を振るって、王都の方角へと脱兎のごとく逃げ去っていった。
テリーはそれを見送り、ようやく強張らせていた肩の力を抜いた。
「……はぁ、心臓に悪い。やっぱり、もう少し威嚇の魔法練習しとくべきだったな」
地面のクレーターを見つめながら、テリーは急いで野菜の袋を拾い上げ森の奥へと足を速めた。




