3. 忍び寄る肥大した欲望
王都の市場で、念願の醤油用の豆やスパイス、新鮮な肉を買い揃えたテリーは上機嫌で帰路についた。
「やっぱり物価は上がってるけど、これだけスパイスが手に入れば今夜はかなり本格的な肉料理が作れるな」
大きな麻袋を背負い王都を出て鬱蒼とした『迷いの森』へと続く街道を歩く途中。徐々に周囲から人通りが消え、街道沿いの木々が長い影を落とし始めたその時テリーの足が止まった。
前方を塞ぐように、過剰な金細工が施された豪華な馬車が不自然な角度で停車している。
それだけではない。テリーが足を止めた瞬間、背後の茂みや街道の影から音もなく金属鎧を身にまとった男たちが現れた。あからさまに殺気を孕んだ動き。彼らは獲物を追い詰める捕食者のように、じりじりと退路を断つように距離を詰めてくる。その数総勢八名。金で雇われた元冒険者の荒くれ者たちだ。
「おいおい、ずいぶんと無警戒に歩くじゃないか、お兄さん。それとも、自分がどれだけ美味い獲物か、自覚がないのかね?」
馬車の扉が重々しく開き、一人の男が地面に降り立った。
成金趣味な金の刺繍がこれでもかと施された衣服をまとった、丸々と太った体型の男。指にはいくつもの宝石付きの指輪がぎらついている。ボルドー商会の会頭、ボルドーその人だった。
ボルドーは下卑た勝利を確信した笑みを浮かべ手下の男たちに顎で指示を出した。荒くれ者たちはニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら、剣を抜きテリーを完全に包囲した。
「お前がテリーだな? 冒険者ギルドの小娘を介して、質の良いポーションを小出しに売っているという、身寄りのない哀れな平民の」
「……誰だか知らないけど、道を空けてくれないか。荷物が重いんだ。それに、もうすぐ日が暮れる」
「ははは! 言うねえ! その余裕がいつまで持つかな?」
ボルドーは懐から一枚の分厚い羊皮紙を取り出した。そこにはびっしりと細かい文字と奴隷契約に類する魔法的な血判の欄が書かれている。
「単刀直入に言おう。お前がギルドに流しているあのポーション、あれの『製造権利』および『詳細な製法』を、我がボルドー商会が買い取ってやる。価格は……そうだな、本来なら一文も払う必要はないのだが、慈非だ。銀貨五十枚を出してやろう。どうだ、お前のような平民にとっては、数ヶ月は額に汗せず遊んで暮らせる大金だろう?」
テリーが作っているポーションは、現代知識による効率化と魔法の洗練によって、市場に出せば一本で金貨数枚分の価値がある。それを全ての権利ごと銀貨五十枚で買い叩こうというのだから、強欲というレベルではない。文字通りの略奪であり、平民に拒否権などない前提の傲慢な押し付けだった。
「断る。それに、その額じゃ原材料の魔力草の仕入れ値や俺の作業工程のコストすら回収できない。話にならないから、帰ってくれ」
テリーが感情を交えずに淡々と告げると、ボルドーの顔から笑みが完全に消え去り、肉に埋もれた眼光が冷酷な商人のそれへと変貌した。
「断る、だと? 勘違いするなよ、若造。これは『交渉』ではない。『命令』だ」
ボルドーが一歩前に出ると、周囲の私兵たちが一斉に剣を半身ほど抜き街道にシャキインと鋭い金属音を響かせた。
「お前のようなろくな後ろ盾もない平民が、あんな質の良い薬を作っていることが公になればどうなるか、その足りない頭で考えたことはないのか? 他の強欲な貴族や、他国の工作員に拉致されて、薄暗い地下室で死ぬまでポーションを作らされるのがオチだ。だが、我が商会の傘下に入れば、お前の身の安全だけは保障してやる。……もちろん、今後は我が商会の専属魔導師として、月一〇〇本のポーション納品を義務付けるがな。もし逆らうというなら――」
ボルドーはテリーが背負っている野菜や豆の袋を忌々しげに睨みつけ冷たく言い放った。
「今ここでそのゴミのような荷物ごと、お前の手足をへし折って、我が商会の地下へ直接連れて行くだけだ。趣味だというその食材も、お前の目の前で全てすり潰してゴミにしてやる。製法など、拷問の器具をいくつか見せれば泣きながら白状するだろうからな」
包囲の輪がさらに縮まる。荒くれ者たちの目が完全に獲物をいたぶる準備を整えていた。




