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2. 張り巡らされた大商会の網

テリーが市場へ移動した直後、冒険者ギルドの裏口近くの薄暗い通路に、威圧的な影が落ちた。



「おい、そこの小娘。少し時間を貰おうか」



リサが怪訝な顔で振り返ると、そこには上質な衣服を身にまとった恰幅の良い男――ボルドー商会の会頭ボルドーが、ガラの悪い護衛たちを引き連れて立っていた。ボルドー商会は王都のポーション流通を牛耳る大手であり、最近ギルドの裏で回っている「高品質なポーション」の存在にひどく苛立っていた。その流通を調査した結果、末端の受付嬢であるリサが個人的に買い付けているところまで突き止めたのだ。



「ボルドー会頭……ですか。業務中ですので、御用なら表の受付へお願いします」


「すっとぼけるな。お前がさっきの黒髪の若造から買い取ったポーションについてだ。あれをどこで仕入れたか、その男が何者なのかを教えろ」



ボルドーが合図を出すと、私兵の一人がリサの行く手を阻むように壁に手を突き、威嚇する。リサは一瞬身をすくませたが、ギルド職員としての毅然とした態度を崩さなかった。



「個人取引の顧客情報は公開できません。ギルドの規定です」


「ふん、平民の分際で。その若造を匿ってどうする? あの品質のポーションを市場の数倍の安値で流すなど、商業ギルドに対する明確な反逆だ。大人しく白状すれば、お前にもそれなりの見返りを用意してやる。金か? それともギルド内での地位か?」



ボルドーは指輪の嵌まった手をリサの目の前でちらつかせ、下卑た笑みを浮かべる。



「お断りします。お引き取りを」



リサは男の腕をすり抜け、早足でギルドの執務室へと戻っていった。それを見送るボルドーの顔は、不快感と傲慢な怒りで引きつっていた。



「……チッ、生意気な小娘め。だが、収穫はあったな」



ボルドーは背後に控えていた密偵の男を呼び寄せた。リサが口を割らなくとも、直接あの青年を調べれば済む話だ。



「おい、あの若造を追跡したな? どのような奴だ」


「はっ。名前はテリー。風貌は黒髪黒目、平民特有の薄汚れた格好ではなく、仕立てのいい奇妙な素材の服を着ていました。趣味趣向についてですが……市場での行動を監視していたところ、珍しい調味料や大豆、スパイスといった『食材』ばかりを熱心に買い漁っていました。どうやら、かなりの食い道楽のようです」


「食い道楽だと? 命の危機も知らん平民が、暢気なことだ」



ボルドーは鼻で笑った。



「それで、あの男はどこに住んでいる?」


「それが……市場を出た後、王都の北側にある『迷いの森』へ入っていきました。あの森は危険な魔獣が跋扈する場所ですが、男は慣れた様子で結界の境界線を越え、その奥地に家を建てて住んでいるようです」


「迷いの森だと? ふん、人目を忍んでそんな危険な場所に引きこもりるとはな。だが好都合だ。王都の外であれば、ギルドも騎士団も目の届かない無法地帯。そこで処理すれば、誰にも文句は言われまい」



ボルドーは懐から金貨の詰まった袋を取り出し、私兵のリーダーに投げつけた。



「腕の立つ荒くれ者どもを、金で集められるだけ集めろ。元中堅冒険者の崩れでも何でもいい。力ずくで捕らえ、その五感を叩き潰してでもポーションの製法を吐き出させる。断るようなら、まずは自慢の食材とやらを目の前で全て踏みにじってやれば、泣きながら契約書に血判を押すだろう」



国家規模の利益を秘めた『琥珀色のポーション』。それを独占するため、ボルドーは冷酷な襲撃計画を瞬時に組み上げた。彼らにとって、後ろ盾のない平民一人を拉致することなど、路地裏の野良犬を捕まえるよりも簡単な仕事のはずだった。

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