1. 森の魔導師と、王都の「お得意様」
王都『グラン・ルミエール』の北門は、今日も多くの商人や冒険者、そして物々しい警備の兵士たちでごった返していた。その喧騒から少し離れた裏口近くの路地裏で、テリーは大きな麻袋を背負い直していた。
あの理不尽な神々との対話(という名の徹底抗戦)から数年。
テリーは『迷いの森』の最深部に、神々が配置した古代精霊や神獣たちの過保護な監視を受けながら、現代知識と魔力を泥臭くすり合わせた隠居生活を送っていた。彼が作るアイテムは、今や王都の一部で静かな、しかし無視できない噂になり始めていた。
エクレアという「居候」が増えたことで、家の消費物資が少し増えたこともあり、テリーはいつもより頻繁に買い出しへと赴くようになっていた。もちろん、エクレアには「お前が外に出ると面倒なイベントが起きるから留守番(昼寝)してろ」と厳命してある。
「また一週間も遅れてるじゃない、テリー。あんたが定期的に持ってこないせいで、こっちの帳簿がどれだけズレると思ってるの?」
冷ややかな、しかしどこか呆れたような声をかけてきたのは、冒険者ギルドの窓口職員であるリサだった。彼女はテリーが時折持ち込む素材を個人的に買い取る、数少ない外界の窓口だ。彼女はテリーを「謎の天才」としてもてはやすような真似は決してしなかった。むしろ、世間知らずでフラフラしている引きこもりの青年として、常に厳しい目を向けている。
「悪い、リサ。森の結界の調整にちょっと手間取ってさ。ほら、これが今週分の納品」
テリーが麻袋から取り出したのは、ガラス瓶に入った琥珀色の液体――『超高純度・魔力ポーション』だ。
現代の化学知識を用いた「ろ過技術」、成分を効率よく抽出する「浸透圧理論」、精度を極限まで高めた「高度な精錬魔術」。それらを組み合わせ、テリーは一般のそれより数倍は効率の良い、瀕死の魔導師の魔力を半分近くまで急速回復させるポーションを作り上げていた。世界を滅ぼすような神の奇跡ではないが、現場の冒険者にとっては「命を確実に繋ぐ、極めて有能な薬」だった。
リサは手慣れた手つきで瓶を光にかざし、中身を厳しくチェックする。
「……相変わらず不純物がないわね。でも、あんたこれ、どうせまた自分の『家』に引きこもって、変な術式をこねくり回して作ってるんでしょ? 悪いことは言わないから、ちゃんとしたギルドの工房に所属しなさいよ。個人でこんなの売り続けてたら、いつか目をつけられるわ。ギルド本部だって、最近はポーションの流通を厳しく管理したがってるんだから」
「いいよ、めんどくさい。組織に入ったら、それこそ朝から晩までポーション漬けにされるだろ? 俺はただ、森で静かに、適度に文明的な生活を送りたいだけなんだ」
「その『森で静かに』が、どれだけ贅沢で危ういことか分かってないのよ、あんたは」
リサは小さくため息をつき、規定の買い取り金の入った麻袋をテリーに突き出した。
「ほら、今回の分。それと、あんたが頼んでた大豆だけど……あれ、王都でも仕入れが難しくなってるわ。最近, 大手の大商会が市場の作物を買い占めてる動きがあってね。あんたみたいな吹けば飛ぶような平民の引きこもりは、巻き込まれたら一瞬で潰されるんだから、さっさと買い物を済ませて森に帰りなさい」
自由奔放なテリーに小言を言いつつも、リサは本気で彼の身を案じていた。
「はいはい、忠告どうも。次は頼んでおいたスパイスもよろしくね」
「調子いいんだから」と苦い顔をするリサに手を振り、テリーは賑やかな市場へと向かった。リサの厳しさは、テリーの安全を思っての現実的な忠告だったが、テリー自身は神々から毟り取った「手札」があるため、どこか他人事のように捉えていた。




