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4. 経済的包囲網

それから数日、エクレアは未知の「ホワイト環境」に戸惑いながらも、三食昼寝付きの規則正しい生活を送らされていた。肉体が完全に回復した彼女は、やはりどうしても祖国の危機が諦めきれず、リビングで再びテリーに詰め寄った。



「テリー殿! やはり納得がいきません! これほどの環境と、あなた様の持つ圧倒的な魔力、そして神獣の武力があれば、今すぐにでも前線の魔王軍を壊滅させられるはずです! なぜ戦わないのですか!」



テリーは淹れたてのコーヒーを優雅にすすりながら、ため息交じりにエクレアを見た。



「あのさぁ、エクレア。お前ら軍人は脳みそまで筋肉でできてるのか? 武力で魔王軍を叩く? 現場に出張して、残業代も出ないのに命がけの肉体労働をしろと? バカバカしい。そんなことをしなくても、魔王軍なんて勝手に干上がらせればいいんだよ」


「干上がらせる……? どうやってですか! 奴らは残虐非道な化け物の軍勢ですよ!?」


「化け物だろうが何だろうが、組織として動いている以上、そこには必ず『経済』が存在するんだよ」



テリーは空中に魔術の光で簡易的なグラフと地図を描き出した。



「いいか、魔王軍がそれだけの巨大な軍勢を維持するためには、膨大な『食糧』と『武器の素材』、そして末端を動かすための『資金』が必要だ。奴らは今、人間の国を侵略して略奪することでそれを補っている。……つまり、彼らの経済活動のサプライチェーン(供給網)を根元から腐らせてやれば、戦うまでもなく自滅する」



エクレアは目を丸くした。「さぷらいちぇーん」という聞き慣れない言葉に困惑しつつも、テリーの整然とした口調に引き込まれる。



「例えば、俺が時折ギルドを介して王都に流している『超高純度ポーション』や、これから流通させる予定のいくつかの『現代知識ベースのアイテム』だ。これらを特定のルートにだけ安価で大量供給する。するとどうなる?」


「我が国の兵たちの生存率が上がり、戦況が有利に……?」


「それだけじゃない。市場の価格破壊が起きる。人間側のポーション価値が暴落すれば、魔王軍が人間から略奪した旧来のポーションの資産価値も相対的にゴミになる。さらに、俺の技術を応用した超効率的な『人造ダイヤ』やレアメタルを市場に大量に流せば、魔王軍が資金源にしている鉱山の価値そのものを暴落させられる。奴らの軍資金は一瞬で紙クズ同然、いや、ただの石コロになるわけだ」



テリーは悪い笑みを浮かべ、コーヒーカップを置いた。



「兵士への給料も払えず、飯も買えず、武器の買い出しもできなくなった軍隊がどうなるか、想像できるか? 命じられなくても、末端から勝手にストライキを起こして、内部分裂で瓦解するよ。俺は自分の引きこもり資金を適度に稼ぎつつ、現代の経済学の基礎を使って、奴らの財布を間接的に締め上げてるのさ。……わざわざ俺が有給を返上して、血を流して戦場に行く必要がどこにある?」



エクレアは雷に打たれたような衝撃を受けていた。

武力で敵を叩き潰すことしか知らなかった聖騎士の少女にとって、テリーの語る「経済的な兵糧攻め」は、冷徹でありながらも、前線の兵士や民を誰一人死なせない究極の戦術に見えた。



「武力を使わず……経済で、魔王軍を殺す……。あなた様は、ただ怠けているわけではなく、そんな壮大な戦略を……!」


「いや、ただ単に働きたくないだけだけど」


「ご謙遜を! 素晴らしいです、テリー殿! それならば私も、あなた様の『経済的包囲網』のお手伝いをいたします! これもまた、国を救う戦いなのですね!」


「あ、おい、話を聞けって。俺は本当に引きこもりたいだけで――」



テリーの弁明も虚しく、エクレアの目は「ホワイトな職場で世界を救う」という新たな使命感でギラギラと輝き始めてしまった。こうして、働きたくない男の絶対の檻に、やる気満々の元聖騎士が「新入社員」として居座る形になり、奇妙な共同生活が本格的にスタートしたのだった。

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