第五話 エクシード・プロティフィア
時は1時間ほど前に遡る。
室蘭地球岬沖合10海里の場所に海神の艦隊群総旗艦戦艦ムサシがいた。
その艦内では警報が鳴り響く。それは戦闘準備完了の合図である。
艦内要員は慌ただしく動き、艦橋内は赤色灯によって照らされていた。
「…いつ聞いても嫌な音だぜ」
ムサシ艦橋で総戦術長ディンギル・ソロモンは悪態をついていた。
20日に室蘭沖合に到着し、敵爆撃機隊をこちらの迎撃機体を使い下がらせたあと現れた敵主力艦たちとの睨み合いを続けていた。
しかし7分前に敵艦隊が行動を開始し、こちらに向かっているとの連絡が入り戦闘態勢に入った。
「僕はもう慣れちゃったけどね」
総航海長カスケード・トランジスタは舵輪を操作しながらこちらを向かずに言う。
その視線の先には巨大な3門の主砲と長大な艦首甲板、そして無限に続く海が見えている。
「あのな、人間慣れが一番恐ろしいって言うだろ」
「10年以上聞いてきたのに慣れないのはおかしいでしょ」
「俺は慣れないとは言ってねえ、嫌な音だと言っただけだ。変な勘違いすんなよ?」
ディルはカスケードを軽く睨みつけたが大した反応はなかった。
「はいはい。まあ今は眼の前のことに集中しなよ」
「何度も戦ってきた相手だ。戦術ぐらい頭ン中入っとるわ」
「慣れが一番恐ろしいって行ったの誰だっけ?」
「…うるせえよ」
そんな話をしていると艦橋後ろのエレベーターの扉が開き、人が入ってきた。
その人物は少し焦りながらも軍服をピシリと着ていた。
「戦闘がそろそろ始まるみたいなので救援物資室蘭に届けに行きたいんですけど、司令官どこに行きました?」
「おお、ハインケル!」
「司令官ならここにはいないよ。言っとくから早く助けに行っといで」
「あいつは自分の家族のことで気が気じゃないのさ」
「では、わかりました。あとは頼みますよ」
ハインケルはそう言ったあと短く一礼をして艦橋を出ていった。
その背中を見ながら言う
「結局、司令官殿はどこ言ったのかね?」
「しーらない」
カスケードは軽く肩をすくめてみせた。
* * *
「えーっと、それから30分経ったわけなんだが…」
「敵さん動かないねえ」
ディルとカスケードは高校の雑談のような口調でいう。
互いが主砲射程外での旋回牽制をし続けすでに30分が経過している。
すでに乗員たちの緊張感は限界に達し、嘔吐するものまで出るほどだった。
「いい加減戦闘開始令出せよ!」
我慢の限界に達しそうなディルは後ろにある艦長席にいる司令官に向かって叫んだ。
「まだだ、まだ早い」
司令官は短く言った。
黒い艦長帽を深く被っているためその顔は伺い知れない。
しかし長年の関係からの信頼がディルを含めた艦橋員たちを安心させている。
「ああ、そうかい。なら待つしかねえな」
ディルは諦めたように自分の席に向き直った。
海神の艦隊群総司令官兼超戦艦ムサシ艦長ーエクシード・プロティフィア
ディルとカスケードの幼馴染であり、他の追随を許さぬ海戦の天才である。
その身は黒を基調としたドイツ風味のある軍服で包まれ、何も言わせぬ気配をまとっていた。
「それでも敵は隙だらけのように見えるけど?」
超戦艦ムサシのヒューマンモデルは常識的な質問をエクシードにしてみた。
戦艦ムサシヒューマンモデル”ムサシ”
銀髪の長髪に糸目の18歳ほどの姿をした武蔵のコアであり、ムサシの副艦長の役割を持っていた。
(ヒューマンモデルは空の艦体の艦船に存在するコアが人間の形をしたもの)
「たしかに敵は隙だらけだ、しかしこのまま戦闘が始まれば室蘭の沿岸にもこちらのビームが届いてしまう。敵は室蘭を人質としてこちらを牽制するつもりだろう。そのためこちらが室蘭を背にするまでこちらの攻撃手段は限られる。」
「実弾ですね」
ムサシは答え、エクシードは続ける。
「そうだ。たしかにそれだけでも戦うことはできる。しかしそれでは確実な勝算というものはない」
「勝算のない戦いはしないということか?」
ディルはいたずらめに聞いてみた
「いや、そうじゃない」
漆黒の軍帽の下から彼の赤い目が覗く。
「勝算のない戦いにはそもそもいかない主義だ」
その瞬間艦橋員たちは勝利を確信する。
今まで彼のもとで3桁を超える海戦に参加し、ことごとく敵を打ち破ってきたその神話の中にいることは艦橋員の誇りであり自慢だった。
「敵艦隊に動きあり!攻撃準備が開始された模様!」
レーダー員であるリコの声が艦橋を一瞬緊張させる。
「通信長、艦体全域に通信回路を開け」
エクシードは手に長方形のマイクを持つとある演説を始めた。
「諸君、これから戦闘が始まる。
空球の戦争に飛び込んではや5年。ここまで私についてきてくれた諸君にまず礼が言いたい。
もはや戦火は空球だけでなくこの地球にまで広がってしまった。
しかし、この戦争こそがすべての戦争を終わらせるものであり、この戦争が終わったあとすべての人類は新たな時代を迎えるだろう。
その新時代が良い時代であるかはわからない。
しかし、子どもたちが笑い合って一緒に暮らせるような世界であると私は信じている。
その新時代への第一歩が今日、この瞬間に踏まれるのだ。
さあ諸君、戦闘を始めよう」
最後の一言のあと、海神の艦隊群は一匹の鯨のように動き始める。
すでに世界の静寂は6日前に破られている。
あとはどれだけ燃え上がるか、それが問題だった。
「敵レーザー来ます!」
リコの声が艦橋を震わせる。
エクシードはすかさず、ただし静かに命令を伝える。
「アストラルリンクシステム展開、敵を叩き潰せ」
ムサシの艦体が横に中央から割れ、その中から三角形の14個のユニットが宙に浮く。
そのうちの6つが光だし、空に大きな穴とその周りから赤と黒とオレンジの縞模様が空の端まで広がっていく。
「アイリーンもみているだろうか」
エクシードは碧い髪と黒い目をした自らの娘を思いながらした呟きがすでに戦場へと変わった海に溶け込んでいった。




