第三十一話 突入
乾いた銃声が建物内に響き渡る。
銃弾が壁のタイルを打ち砕き、アイめがけて飛んで来ては頬をかすめて地面に落ちていった。
「ああもう!何でこんなにいっぱいいるのさ!」
アイは柱を遮蔽物としながら大声を上げる。
アイの目線の先にはゆうに20人をこすであろう兵士たちが・アイめがけて銃を撃ってきている。
すでに何人か気絶させているが、終わりは全く見えない。
「我慢しろ、敵の懐に突っ込んでるんだからな」
耳に取り付けられたインカムから望夢の声が聞こえてくる。
アイたちは今、ユイ救出のため廃れた商業施設へと来ていた。
ここは昨日放棄されたと思われていたアジトのあった地下駐車場を要していたところだ。
「まさかこんなところにいたとはな」
「それに関しては私もびっくりだよ。最初に見つけた時地図二度見したもんね」
「そうだな。だが今はそんな話をしてる場合じゃねえ、さっさとレイたちと合流しろ」
「いや、私一応スナイパーなんだけど…」
「見つかったスナイパーに戦術的価値はない」
バッサリ言い切られた。
だが、たしかに今のアイには戦闘の中で最も役に立っていない。
アイは先程まで商業施設の広いホールの二階からシデタルの兵士を狙撃し、下の階にいたレイたちの援護をしていた。
しかし、レイたちが最初のバリケードを突破した瞬間、アイの方へと銃口が向き始めたのだ。
最も阻止すべき対象がいなくなってしまった瞬間、次は狙うことができるものを狙う。
アイはその餌食となっていたのだった。
「取り敢えず逃げろ。その後のことは俺が考えてやる」
「そりゃありがとね!」
アイの走る後ろを銃弾が追いかけてくる。
リングから放出されるバリアがあるとはいえ、怖いものは怖い。
さらにまだ治っていない左肩がずっと痛む。
さっきまで普通に撃てていたが、かなり我慢してのことだ。
「あまり無理すんなよ。行くと言ったのがお前とはいえ怪我人は怪我人だからな」
「心配ありがと、取り敢えず今は逃げることに専念することにするよ」
「おう、頑張れよ」
そうしてノイズ混じりだった望夢との通信は切れる。
「指揮官っていうのは大変だねえ」
アイは壁にもたれかかりながらつぶやく。
柱を障害物として、一瞬だけだが敵の車線から隠れている今が少し休むチャンスだ。
望夢は今、商業施設の外に隠された車の中からみんなの指揮を取ってくれている。
しかもそこはイーターに囲まれており、接近の心配がない上、窓には暗幕を掛けているため狙撃の心配もない。
アイは少しの休憩を終え、再び戦闘に入ろうとする。
「さーて、おいでよ、雁たち。みんな撃ち落としてあげるよ」
大した腕はないが、そうつぶやくことで平常心でいることができる。
「自己暗示に掛けられるやつは戦場では無敵だ」とレジストは言っていた。
下から話し声が聞こえてくる。
どうやら見つかったようだ。
その声の一瞬あとに再び銃声が響き始めた。
その中を、アイは緊張しながらも笑顔で走り抜けていった
* * *
地下へと続いていく階段の入口で、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
アイの援護により、最初の関門だったホールを超えることはできた。
次は地下駐車場へと降りていく階段の確保だったのだが、それが難航していた。
入口の間には商業施設にあったであろうガラクタが積み上げられ、そのうえから2丁の機関銃がレイたちを睨んでいる。
レイたちがいるところと階段への入口がある廊下はちょうどT字になっており、そのつなぎ目に身を隠しては断続的な戦闘が起こっている。
「邪魔ですね、あの機関銃」
「そうですね、私のPKMでも制圧するのは流石に…」
「フッフッフ、いい考えがあるよお二人さん」
シズカとカズサがあのバリケードの突破方法を考えているところにアケミが乱入してくる。
「なにか考えがあるの?」
「そうだよぉレイちゃん。わたしについてきな」
そう言ってアケミはしゃがみ込むと転がった廊下へと飛び出す。
もちろんそれを見た兵士たちは銃を撃ってくるが、それよりも早くアケミが防弾盾を前に突き出した。
「ほらほら、カズサちゃん出番だよ」
「はい!」
カズサがアケミの縦に入ると同時にPKM機関銃を横から出し、撃ちまくる。
その威力は凄まじく、バリケードにされていたテーブルやコンクリートの塊が粉々になってしまった。
さらに狙いも的確であり、すぐさま敵機関銃を無力化、そのままの勢いで弾幕も張ってしまうほどだ。
「今だ!シズカ!」
レイの掛け声と同時に二人は前に出る。
弾幕の隙間である壁沿いを走りながらレイは煙幕弾を投げ入れる。
その後ろからシズカがレイを狙う敵兵を64式狙撃銃で狙い撃つ。
レイは煙幕の張られたバリケード奥へと飛び込むとそのまま格闘戦へと入った。
銃を振り上げ襲いかかってくると、すぐさまみぞおちにけりを入れ、足が地面についた勢いのまま銃床を頭に叩き込む。
もう一人も拳を振り下ろしてくるが、それを難なく受け止めると、顎を下から突き上げ気絶させた。
「クソ!全員銃剣用意!」
その号令とともに銃剣が煙幕の中から飛び出してくる。
だがレイはそれを脇で受け止めると、拳で腹を殴ると同時に相手を盾にするよう背後に回る。
「おい!後ろだぞ!」
「このガキ!」
もう一人がまた銃剣を突き出してくる。
それを掴もうとするも、あと一歩のところでひかれてしまい掴めない。
しかもその勢いで姿勢を崩してしまった。
「今だ!」
そして再び銃剣が飛び出してくる。
だが、レイのほうが立て直すのが早かった。
体を大きく右に揺らし、銃剣を避けると同時に相手へと詰め寄ると、そのまま両目に指を突っ込み視界を奪う。
そしてトドメに強烈な肘落としを背中に食らわせた。
「次は?」
レイは余裕の表情で敵を睨みつける。
そのめにうろたえた敵は撤退の号令をかけ、階段を降りていってしまう。
「逃がしませんよ!」
その背中にカズサは容赦なく7.62mm弾を叩き込んでいく。
撃たれた兵士はそのままの勢いで階段を転がり落ちていった。
「うへ〜、痛そうだねぇ」
盾を構えたままのアケミが後ろからゆっくり歩いてくる。
その後ろにはシズカもいた。
「流石だねぇレイちゃん。これなら私は学校で昼寝してても良かったなぁ〜」
「そうはいかない。やっぱり先輩がいてくれたほうがいい」
「へへへ、そう言われると照れちゃうねぇ」
そう言ってアケミは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「これで、ユイ先輩のいる地下に行けるようになりましたね」
「そうですね。望夢くんに頼んでアイちゃんに来るよう促しましょう!」
カズサはそう言ってインカムのスイッチを入れる。
「待っててよ、ユイ」
レイのそのつぶやきが階段の続く闇へと溶けていった。
* * *
レイたちが階段前までを制圧したあと望夢に、アイに階段前まで来るよう伝えてもらった。
すると5分以上たったあとにアイがやってきた。
彼女曰くかなり道に迷っていたらしい。
「うひゃあ、真っ暗だねぇ」
「そうだね、コレなら闇討ちし放題だよ」
アイとレイの言う通り、階段の照明はすべて破壊され真っ暗闇となっている。
もはや一段先すらも見えないほどの闇だ。
(カズサが誤って一部生き残っていたものも破壊してしまったのもあるが)
「どうしましょうか、レイちゃんの言う通り闇討ちの心配もありますし…。でもかと言って他のところから降りるのは意味わかりませんし…」
カズサも首を傾げて考え込む。
「望夢はなんか案ない?」
アイがインカムのスイッチを入れ、聞いてみる。
「あるにはあるがむずいぞ」
「あるなら勿体ぶらずに教えてよ」
「アケミ先輩の持ってる閃光弾を使ってだな…」
「まってください!なにかきこえませんか!?」
望夢の説明が始まったと同時に、階段の奥からなにかエンジン音のようなものが聞こえてきた。
「どんな音だ?」
「何か、車か何かのエンジン音だと思うんだけど…」
「あ゙〜そりゃまずい」
「こっちの襲撃から逃げるために動かしているんだろう。ユイ先輩も連れてかれるぞ」
望夢の冷静な言葉に皆が一瞬固まる。
もし彼の言う通りならば逃げられれば再びユイの信号をキャッチできる保証はない。
さらに信号自体を遮断されかねないのだから。
「ヤバい!速くいかないと!」
そうアイが言うが早いか、レイとアケミがすぐさま階段へと突っ込んでいった。
予想通り階段の脇の影から銃声が鳴り響くが、二人はまるで気にしないよう駆け下りていく。
「速いですよ二人とも!」
カズサも後から続く。
「シズカ先輩。わたし達も行きましょう!」
「はい!」
そうして銃声の鳴り響く階段へと飛び込んでいった。
* * *
階段の下へとたどり着くと、レイはすぐさまユイを探し始める。
だがすぐに違和感がレイを襲い始める。
「何で…誰もいないんだろう…」
さっきまで恐ろしいほどの弾幕を張っていた兵士たちはどこかへ消え去り、地下駐車場は完全にもぬけの殻となっていた。
駐車場にはすでに廃棄されイーターに埋もれた車が散乱し、天井が崩落したのか、いたるところに土の山ができている。
血の滴りはあるのだが、そこに怪我人はいない。
さっきまでなっていた何かのエンジン音も何もしない。
「たしかに誰もいないですねぇ…。あ、ちなみに階段にいた人たちはみんな気絶させちゃいました」
カズサはおちゃめそうに舌を出して頭を小突いている。
中学の頃からよくやっているポーズだ。
「久しぶりに見た、それ」
「私も久しぶりにやりましたね〜。でもこんなことしてる場合じゃないですね」
急に真面目そうな顔に戻った。
だがたしかにこんなことしている場合ではない。
おそらく一歩遅く、ユイは連れ去られてしまったのだろう。
だがまだ時間はさほど経っていない。
今から追いかければ追いつけるだろう。
「みんな、一回集まってーー」
カズサの声は最後まで続かなかった。
視界が真っ白に弾ける。
そして一拍を置いた後、地下駐車場全体を揺るがすほどの轟音が6人を包みこんだ。
* * *
レイは気づくと、冷たい金属のうえに横たわっていた。
目の前には巨大な砲塔が鎮座しており、しかもその金属は激しく揺れている。
「ここは…?」
そこは戦車の上だった。
深緑色の迷彩に彩られた戦車は崩壊した都市の中をすごい勢いで走っている。
「いやー危機一髪だったねぇ」
横の穴から聞き慣れたゆったりした声が聞こえてくる。
「おはよ、レイちゃん」
「節子…?」
「おー、起きた?」
また聞き慣れた声が聞こえてきた。
「聡太もいるの?」
「ちょうど私のしたで運転してるよ」
そう言って節子はいつもの顔で微笑んだ。
「何が起こったの…?」
「えっとねぇ。どーにもあの駐車場には結構爆弾が仕掛けられてたみたいでね、レイちゃんたちが入ってきたときに手動で起爆させられるようになってたみたい。それにまんまと巻き込まれたわけだね」
「…」
「でもそこで我らがアイちゃんのご登場。何かの『寵愛』?で爆発の威力をいなして、そこにちょうど来たわたし達が回収したってわけ。みんな砲塔の上の方でお休み中だよ」
レイが少し体を持ち上げ奥を見てみると、アケミたちが横たわっているのが見えた。
どうやらみんな大した怪我もすること無く入れたようだ。
「そんで今はユイさんだっけ?を追いかけてるとこだよ」
そう言って節子は車内からタブレットを出してきた。
そこにはこのあたりの地図とともに青い点と赤い点が点滅していた。
「青いほうがわたし達で赤いほうがユイさんね。こっから1200m先だけどすぐ追いつけるよ」
「あ、レイ起きたんだ」
節子の横からアイが頭を出してきた。
「うん。ありがとね、能力使ってくれたって」
「まあね〜、うまくいってよかったよ」
そう言ってアイは恥ずかしそうに頭を掻く。
「取り敢えず少し休んでて。大丈夫、絶対に逃さないから」
そうしてアイは穴からサムズアップしてきた。
その声はやけに頼もしかった。
* * *
「ソウくん、よく運転できたね」
「一応セツにマニュアル渡されてたしね。そこら辺の車とあんまり変わらないよ」
「え、運転してたの?」
「…」
聡太は黙って人差し指を口の前に当てた。
それにアイは大きくため息を付く。
アイたちが今乗っている戦車は厳密には戦車とは呼ばれず、「移動戦闘車」と呼ばれる特殊戦闘車輌だった。
本来履帯を履いている駆動輪は8つのタイヤを備えており、通常戦車に比べ道路上での移動の速度が高く、機構への負担が少ないという強みがある。
本来は2016年に採用された16式機動戦闘車を父がコピーした代物らしい。
「聡太。いま時速何キロだ?」
「70kmで爆走中だよ、望夢戦車長さん」
起動戦闘車は砕けたアスファルトや放置車両の残骸をものともせず突き進む。
車体が大きく揺れるたびにサスペンションが悲鳴を上げ、砲塔の上にいるレイたちは必死に手すりへしがみついていた。
モニターには前方を逃走する装甲車の姿が映し出されている。
距離はまだあるものの、少しずつ縮まり始めていた。
「アイ、最高速度何キロだ?」
「確か100km超えるはず…」
望夢は前方のモニターから視線を外さない。
装甲車との距離、道路の幅、周囲の瓦礫──頭の中で瞬時に追撃ルートを組み立てていく。
「だそうだ。聡太、もう少し速度を上げろ」
「いやいやいや! コレ以上上げると僕が操作しにくくなって事故るよ!」
大きな穴を避けるたび車体が左右へ振られ、タイヤが甲高い音を立てる。
ほんの少しハンドルを切り損ねれば、横転してもおかしくない速度だった。
「これは戦車だ。多少ならなんとも無いだろう」
「変な謎理論持ち出されてもなあ…」
聡太はそう愚痴をいいつつも、足元のアクセルを全開にする。
それと同時にエンジンの駆動音が車内に響き渡り、後ろへと引っ張られる感覚がやってきた。
節子が頭を車外へと出す。
「節子、どうしたの?」
「レイちゃんたちに速度上げること言ってなかった」
「「あっ」」
アイと聡太の声が重なった。
こんな急激な速度上昇、最悪振り落とされているかもしれない。
「みんなダイジョブ?」
「一応…」
うっすらだが例の声が聞こえてきた。
どうやら全員振り落とされること無くいられたようだ。
「全員、戦闘準備。そろそろ敵車両が射程圏にはいる」
そんなことも構わず望夢は命令を出した。
それにみんなため息を付きながら応じる。
聡太は運転を。
節子は砲撃を。
望夢は戦車長を務める。
ならばアイは?
「アイ、出番だぞ」
「オッケーイ」
そう言ってアイは手で銃の手を作ると、画面に映し出されたユイの乗る装甲車に合わせる。
「砲手、前方、装甲車、対榴、狙え」
「距離良し、砲弾装填完了だよ〜」
望夢の指示に的確に節子は受け答える。
そして
「撃てぇ!」
望夢の掛け声とともにアイの漆黒の目が光る。
52口径105mmライフル砲から通常の速度を遥かに上回る勢いで砲弾が発射される。
その際のマズルフラッシュすらも規格外であり、炎が車全体を覆ってしまう。
砲弾は軽々と音速を超えると衝撃波を当たりに撒き散らしながら装甲車へと一直線に突き進んでいく。
衝撃波により周囲の建物のガラスは粉々に吹き飛び、道路にもヒビが入ってしまった。
発射からわずか0.2秒。
750mの距離を一瞬で制覇した砲弾は装甲車を粉々に粉砕し、そのままの勢いで奥にあった建物を貫通、破壊した。
「やりすぎたかも…」
アイの後悔のつぶやきは車内に響くエンジン音にかき消されていった。
* * *
「なんの音だ!?」
遠くから聞こえてきた轟音に隊長と呼ばれている女は驚きを隠せないようだ。
「わかりません…。ただ偽装護送車の1台からの通信が途切れたことは確かです…」
その報告に女はまたも衝撃を隠せない。
それもそうだろう。
レイたちを殺す勢いで設置した爆弾を乗り切られ、予想を超える兵器を持ち込まれてきてしまったかもしれないのだから。
だが、タナヴィーにあのような轟音を出せる兵器があっただろうか…。
そんな事を考えていると、運転手が悲鳴を上げた。
「右後方!不明車両がとんでもない速さで接近してきます!」
ユイが後ろを振り向くと、廃車を粉砕しながらドリフトを仕掛けてくる1台の戦車が視界に入ってきた。
* * *
「オッケードンピシャ!こっちが本命だ!」
「節子!さっき行ったとおりだ、タイミング任せる!」
「今度は粉砕しないでよ!発射!」
砲塔から先ほどよりかは速度の落ちた砲弾が発射される。
だが、ドリフトの影響もあり狙いが右側にそれてしまい、ギリギリ命中することはなかった。
それでも砲弾はコンクリートを粉砕し、その破片と衝撃が車を大きく揺さぶる。
「第二射発射用意!」
「発射用意完了〜」
「撃てぇ!」
第二射はアイの助力無く発射され、車の左後輪一歩手前に着弾する。
そして車は盛大に横転、回転しながら店に激突した。
「ユイ!」
レイたちが横転した車へと走っていく。
「節子、アイ。お前らが行け」
「わかった」
「あいあいさ〜」
そうして二人は戦車から出ていく。
決着までもうすぐだ。




