第三話 海神の艦隊群
80年前、アメリカ大統領ハリー・S・トルーマン宛に一通の手紙が届いた。差出人はアルベルト・アインシュタイン。
20世紀最大の物理学者と言われたその人である。
その手紙の内容は次のようなものであった。
「第三次世界大戦がどのような兵器で行われるか私は知りません。しかし第四次世界大戦は石と棍棒によって行われるでしょう」
* * *
あの阿鼻地獄から5日、艦砲射撃と空襲を受けなかった日はついに一日もなかった。
工業地域を徹底的に破壊し尽くしたことを確認した敵は室蘭市街に攻撃目標を変更し、20日までに500機近い爆撃機が55万発以上の爆弾を投下し、9万人以上の人々を虐殺していった。
街だったところは焼け野原と化し、いたるところに自らの子を探す親、親を探す子供がさまよい、瓦礫の下から空に向けて手のひらを向けたまま動かない腕や、誰のものともわからないうめき声が聞こえてきた。ひん曲がった蛇口からは水が絶えず漏れ出し、3日前の大空襲の時の残り火がまだ下火となって燃えていた。
遺体は近くの公園へ運び込まれ、積み重ねられ、焼かれていた。
その現場の近くにアイリーンは立っていた。
「8月15日から開始された空球の聖道同盟国軍による攻撃により、日本全国は大混乱に陥っています」
少女には公園の真ん中においてあるラジオが何を行っているのか理解できなかった。
それでも構わずラジオは放送を続ける。
「超大型爆弾は札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の都市圏に投下され…」
聞いたことのない地名が読まれているがその中の一つだけ聞いたことがある地名があった。
札幌。
室蘭の北にある大きな街。
つい半年前に雪まつりを見に行ったところだった。
「とんでもなことになってしまったねえ、すずちゃんも『もう原爆なんて二度と見ることはないと思っていた』って言って塞ぎ込んじまったからねえ」
隣で奏汰の母である雛罌粟可奈美が呟く。
その顔は煤まみれであり、疲れ切った表情になっていた。
アイリーンの目にはこの5日間の地獄の様相がはっきりと像を結んで浮かび上がっていた。
地面を引き裂くような爆発と衝撃音。
轟音の交響曲を奏でる爆撃機。
破壊される家屋。
逃げ惑う大人たち。
泣きわめき、逃げる大人に蹴飛ばされる子供たち。
そしてそこに襲いかかる巨大な紅蓮の炎。
何もかもが非現実的であり、平和で楽しく、好奇心が疼く日々を破壊した景色だった。
「…!、…イ!、アイ!」
呆然としていた少女の目に再び光が戻る。
「あれ、おかあさんどうしたの?」
母は一瞬ホッとした表情をしたあとまた緊張した顔になった。
その時の顔は空襲が来るときの顔だと少女は知っていた。
「空襲警報なってるから早く逃げよう」
海柚はもう慣れたような表情で言った。
周りの人々を見るとみんなが諦めや疲れが混ざったやつれた表情をしながら防空壕へと向かっていた。
アイリーンもその大人たちの背中に続いて向かっていった。
空の彼方には巨大な爆撃機が八丁平の方向へ飛んでいっていた。
* * *
いつも通り遠くの方から爆撃の地響きが届いてきていた。
しかしその中に一つだけいつもと違う大きな地響きがあり、なにか巨大なものが落ちたような音がした。
「ついにこの街にも原爆が落とされたんかねえ」
向かいで座っているすずがぼやていた。
しかし、目もくらむような閃光も防空壕が吹き飛びそうになる衝撃波もなかった。
そのかわりその大きな地響きの数が少しずつ増え、甲高い爆撃機のものではないエンジン音がしている。
隣で少女に覆いかぶさっていた潮は覆いかぶさる力を強め、少女に向かって優しく呟いた。
「アイ、お父さんが来てくれたよ」
* * *
八丁平上空は史上空前の戦場となっていた。
100機を超えそうな爆撃機に対し無数の戦闘機が後方から突っ込んでいっていた。
戦闘機に搭載された対空ミサイルが爆撃機の弾倉に直撃し、次の瞬間巨大な火の玉と化した。
もう一機は左翼の第二エンジンに命中し、片翼を吹き飛ばして期待は錐揉みを起こしながら山中に墜落していった。
爆撃機隊の護衛を務めていた戦闘機隊も完全な奇襲を受けた混乱により瞬く間に叩き落されていった。
制空権は完全に奪われていた。
すでに爆撃機隊は退却し始め、速度を上げるために本来八丁平に落とされるはずだった爆弾はすでに焼け野原となった工業地帯に虚しく落とされ逃げていった。
* * *
室蘭港から10海里。
そこには総数60隻以上の大艦隊が鎮座していた。
彼らの名は”海神の艦隊群”。室蘭救援により空球戦線から急遽帰ってきたところだった。
その中の1隻、全長は270mを超え艦体は漆黒の中にオレンジの文様が入っている船の中で
「”サラトガ”からの通信だ。敵爆撃機隊は撤退、八丁平はなにごともないように無傷だってよ。まあ及第点てとこじゃねえの」
海神の艦隊群操船術長は言う。
「ああ、だが遅すぎた。あと一日早く来ることができればどれほどの人々を救うことができたかわからない…。」
海神の艦隊群総司令官悔しさを混じらせながら司令官は情報長へ聞く
「函館と釧路はどうなっている?」
「こちらと同じ時刻に戦闘機隊を出撃させたようですがそれ以外の情報はありませんね。まあ奇襲はほぼほぼ成功しているでしょう」
「理想論は戦争をするうえで最も愚かな行為の一つだぜ?」
情報長へ戦術長は忠告する。
「もう戦争は始まっている、気を引き締めるんだ」
司令官はそう言って場を締めた。
レーダーには超巨大空母を中心とする巨大艦隊が絵鞆岬から西に7海里の位置に写っていた。




