第二話 ある街の夏の景色
同年の8月15日。太平洋戦争の終戦からすでに27年の月日が流れ、その後の東西冷戦も空の艦隊の介入により1964年に終結。8年の間地球上では戦闘というものは行われなかった。
そう、”地球上”では…
東西冷戦終結の1年前、地球から38万kmの距離を隔てた兄弟星”空球”では魔導連合国、通称MAGISと聖道同盟国、通称HOOP・VIAがすでに9年もの間、惑星全域を戦場とする大戦争が起こっていた。その惨状は夜にその星を見上げれば大陸の一部が灰色になっており、稀に大きな爆発が起こることで確認することができた。
しかし地球はそれを対岸の火事とみなし全く無関心を貫き通した。いくらか攻撃と思われる事案は発生していたが、それが空球側からの攻撃だという確たる証拠もなく無視され続けていた。
一部の者達が空球の魔導連合国側を支援しに向かったとの噂が流れたが、まず空球に行く手段が存在しないとしていつしかその噂もたちどころに消えていた。
ーーその日も、そうして無視されてきた日々の中の一日だった。
* * *
その日、少女は母とともにある場所へ来ていた。
そこは地球岬の近くのある海が入り込んだ洞窟だった。その海の上に大東亜戦争の激戦を乗り越え、戦後にも数多の戦場を駆け抜けた鋼鉄の船が浮かんでいた。
吹雪型特二旗艦級駆逐艦二十番艦”潮”
少女の母そのものであり母が人の枠を超えた存在であることを象徴するものだった。
「よーし、今年もやるわよ!」
潮の艦首甲板の上で雛罌粟可奈美は声を張り上げて叫んでいた。
終戦記念日である8月15日はこの駆逐艦を潮の友人や親戚たちで掃除や洗浄をすることになっていた。しかし全長118,5m、最大幅10,4mもある漁船よりも巨大な船体を掃除するなど容易なことではない。毎年少しずつ掃除をするところを変えながら続けてきていた。
「随分可愛く育ったわね〜、アイちゃん。ちょっと前まで赤ちゃんだったのに」
「そうじゃけぇ。うちのコもおんなじじゃけぇな」
第一主砲の上であぐらをかきながら久我フィオナと峯条すずは話していた。フィオナは少女の父の姉であり、すずは少女の親友、節子の母親であった。すずは広島出身であるためよく広島弁で話す。
艦体中部の魚雷発射管近くではアイリーン、節子、海柚、ソウジ、そしてひまりがモップ掛けをしていた。ひまりは久我家の養子であり、「〜なんなんだよ」というのがよく語尾につく話し方をする18歳の女性だった。
「こら、アイ!しっかりモップ持って拭きなさい!あっ、こら振り回すんじゃない!」
「先輩、そんな大声で言わなくて良くない?」
「そうだぞ〜。別に兵器が載ってる訳じゃないんだから。ぜーんぶ先生が持っていっちゃったんだから」
「そういう問題じゃないでしょ。振り回して当たった衝撃で落っこちちゃったらどうするの?あの子泳げないのよ?」
「そうなったら僕が助けに行くから」
海柚の心配を他所にひまりとソウジはなんか気楽である。
アイリーンと節子はモップを持って甲板上をはしゃぎまわって楽しそうにしている。
少女にはこの船が自分の母の体だという自覚はなかった。あるのは「この船に乗っていけば世界のどこへでも行けそう」という冒険心だけだった。
節子や他の友人達とともに世界中を旅してみたらどんなに他に楽しいだろう。
そんな事ばかり考えている少女の周りを一瞬の閃光が走った。
「何?!」
「なんか一瞬光らなかった?」
それぞれの母たちはそんな事を言いながら少女らに駆け寄ってきた。
ここは地球岬の近くにある洞窟のはずだ、なのに周りが一瞬でも真っ白になったことを誰もが理解できずにいた。
「お母さん、何が起こったの?」
アイリーンがとても不安になりながら母に尋ねた一瞬後のことだった。
船が転覆してしまうのではないかと思わせるほどの衝撃が彼女たちを襲った。
さらなる事象にたった一人だけをおいて全員が理解できずにいる。ただ一つだけわかることは「なにかとんでもないことが外で起こっている」ということだった。
「おい、ちぃっと外に来てみろよ」
久我修二は洞窟の入口側から叫んだ。
ーーなにかただ事ではないことが起こってしまった。アイリーンは幼いながらもそのことを理解してしまっていた。
* * *
外に出てみると、北の方にあまりにも巨大で、そしてドス黒い特殊な雲が立ち上っていた。
「なに、あれ……」
底にいる人間全員が頭の中に思い浮かばせた言葉を潮が代表して吐露した。
しかし、衝撃はそれだけでは終わらなかった。
少女には遥か彼方から空気を切り裂きながら悪魔のラッパのような音が聞こえた。
そして、次の瞬間、室蘭の街に一つの火球が出来上がった。
多くの人の身体だったものを巻き上げて。
それも、何発も。
* * *
最初の閃光から5分ほど経っただろうか。室蘭の街には絶え間なく砲弾が打ち込まれ続けていた。北の山の向こうにはまだ大きくなるキノコ状の雲が立ち上り、燃え上がる少女のふるさとを嘲笑するようであった。
沖合20kmのいちにいる艦隊の照準は工業地域の方に向いており住宅街の方はほぼ無傷であったが、室蘭が再び艦砲の餌食となったことに人々は大きなショックを受けていた。
「とりあえず洞窟の中に逃げるんだ!野ざらしよりはいい!」
峯条周作の大声が呆然としていた少女たちの頭を電撃的に通り抜け、次の瞬間少女たちは洞窟の中へ避難していった。
「本当に何が起こってるの!?」
「わからないけどとりあえず耳をふさいで口を開けて!鼓膜破られたくないでしょ!」
完全に混乱に陥った海柚に対して潮は叫んだ。子どもたちは泣くことも喚くこともできずにただただその言葉を馬鹿正直に守ることしかできなかった。
洞窟の外ではまだ悪魔のラッパが鳴り続けている。
* * *
北海道の三大造船所の一角となった室蘭造船所は巨大な炎に包まれ、巨大なクレーンは根本から崩れ落ち、建物を支える鉄骨は赤くひかり溶け落ちた。その上に乗っていた燃え盛る屋根が崩落し、建物内に閉じ込められていた従業員たちを容赦なく飲み込み、焼き殺していった。
建物の外では砲弾の着弾音が響き、その鉄の雨に降られつい一瞬前まで誰かの肉体だったものは地面をえぐり掘り起こされると同時に肉片にかわり、そこらに散らばり、蒸発していく。
ドックに入っていた建造中の船にも容赦なく砲弾が降り注ぎ、ブリッジや甲板を貫き、ついにはキールをへし折って重力によって最新鋭の護衛艦になるはずであったその船は船内で作業をしていた人間たちとともに崩れていった。
室蘭港では堤防が吹き飛ばされその破片がその周辺にいた人々を押しつぶし切り裂いた。海中に落ちた砲弾の爆発により漁船が転覆し船の上に乗っていた船員は海に投げ出され次の砲弾の爆発によって船員たちは赤い飛沫と化す。
製鉄所や発電所も例外ではなかった。無数の砲弾が降り注ぎ黒煙に包まれていった。製鉄所は溶けた鉄と破壊された水道管から流れ出た水が接触し水蒸気爆発が発生、建物ごと人間たちを消した。
中でも発電所に対する攻撃は苛烈を極め、砲弾の他にミサイルもが集中的に打ち込まれ、普通に生きていればまず見ることのないほどの爆発が室蘭市民の目に焼き付いた。
敵の攻撃目標が工業地域と地域インフラの破壊であることは明白だった。
その艦砲射撃は実に2時間にもわたり続き、工場が置かれていた沿岸沿いや、港、一部の住宅がその被害にあい、終わってみればそこらには誰の体の一部かもわからない肢体が転がっており、黒焦げになった遺体が散乱していた。そして、いたるところに爆風によって吹き飛ばされた自らの四肢を探す人々が彷徨っていた。
幸いにして室蘭中心街は攻撃を受けることはなかったが、それでも着弾の轟音や衝撃波は民家の窓のガラスをことごとく破壊し、作りが甘かった家は倒壊してしまうほどだった。
その惨状は”この世の地獄”という言葉では足らないほどだった。
* * *
爆発音が止んでから30分後、アイリーンたちは茶津町にいた。
その光景はアイリーンの人生において大きな意味を持ち、一生離れない呪となる光景だった。
黒焦げになった遺体が山積みとなり燃やされ、怪我人たちが包帯に巻かれ座り並んでいた。
遺体が焼かれている周りには誰の骨ともわからない欠片が散乱している。
焼かれるのを待っている遺体に一人の子供が抱きついている。
おそらく遺体は親であり、抱きついているのはその子供なのだろう。
遺体を焼く人々の目はまるで生きている雰囲気がなく、まるで機械が命令されたかのように黙々と作業を続けている。
その日はいつ終わるか知れない長い長い夏の日の一日となるはずだった。しかし、その夏の日は焼かれる遺体の匂いと燃え続ける炎、そして遥か北に見える巨大なきのこ雲によって彩られてしまっていた。
二話目です
いきなり戦争始まっちゃったので混乱された方も多いかもですが、私の作品ではこういう事が多くあります。
今後とも宜しくお願いします。
ちなみに”雛罌粟”は”ひなげし”と読みます




