第一話 碧い髪の少女
初投稿です。
温かい目で読んでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。
1972年8月6日、室蘭市本輪西町。
いつもの夏とは違いかなり蒸し暑い夏だった。その炎天の下で人々はいつものルーティンでいつもの生活をしていた。朝に起き、朝食を取り、学校に行ったり仕事に行ったりと。
今人々の頭上の星で何が起こっているのかを知るよしもなく。
そんなありきたりな生活をしている人々の中に一人の無名の少女がいた。アイリーン・パラロイア・プロフィティア。碧い髪と漆黒の瞳をした今年5歳になる元気な女の子だ。
その少女は近くの山の中で友人とともに山菜採りに励んでいた。3歳の頃から母親たちとともに山に入っているため行ってはいけないところ、取ってはいけないものなどは(その山の中だけだが)大人顔負けの知識を持っている。
そんなアイリーンの小さな左手にはヨモギの葉とカタバミが握られており、夏の暑い陽気によってとても汗ばんでいた。
いつも夕方近くまで遊び、毎度母に汗臭いと言われているが、その少女は外が好きだった。山に行けば多種多様な虫や木々が迎え、海に行けば大海原へ漁に行くたくさんの船が少女を迎え、その船の船員たちは少女を見つけると大きく手を振ってくれた。
彼女の母は同じ青い髪を持ち青い目を持った人だ。いつも穏やかな雰囲気を醸し出し、話し方もおっとりとした感じだった。滅多に怒ることはなく、褒めることが多かった。そんな母の口癖は「友達は優しく大切にしなさい、いつか必ずいいことが起こるわ」だった。その言葉のとおり友人を多く待っていた。何故か男友達のほうが多いが少女にとってはそんなことはどうでも良かった。そんな母が少女は好きだった。
父のことはほとんど知らない。生後8ヶ月の頃から遠くにお仕事に行ってしまったと聞いているが顔も声も知らない父のことなど少女にとってはいないも同然であり、少女にとって家族とは母と飼い狼のシードぐらいだった。
そのシードは今少女の隣で山菜採りの手伝いをしていた。シードは他の犬とは違うということぐらいは少女にとってもわかってはいたが少女にとってはこうして手伝ってくれる、もしくは昼寝の時のベッドのように思っていた。シードもそれで十分だとでも言うような顔をしているように見えていた。
「アイ〜。山菜どれぐらい取れたぁ?」
茂みの向こう側からそんなゆったりした幼い少女の声がしてきた。
多くいる友人の中でも一番の親友、峯条節子だった。
母の友人の娘でありそのつながりで記憶があるときにはすでに隣に立っていたほどであった。
その親友は薄灰色の髪を三つ編みにしており、丸っこい黒い目は汗が目に入ったのか右目が閉じられていた。
「うん、よもぎとかたばみとれたよ!ちょっとちっちゃいけど…」
「あれ〜本当だ。でもいっぱい取れたね〜」
「うん、いっぱい取れた!」
二人の少女は楽しそうに互いの成果を言い合っていた。
すでに太陽は西の海に隠れかけている。
* * *
次の日
夏の暑い陽気の下、アイリーンは義姉の時計山海柚とともに港の卸売市場に来ていた。
室蘭港に隣接する卸売市場では多くの新鮮な魚貝が多く並んでおり、それを買い求めに来た人々が暑い陽日も気にせず賑わっていた
義姉の海柚は赤茶の髪に茶色の目をした20歳になる運動系のお姉さんだった。アイリーンに運動の楽しさを教えたりと良好な姉妹関係を築いている。
彼女らは母から言われたおつかいでヒラメを買いに来ていた。少女は特にヒラメは好きではなかったが、卸売市場に行くことを前日からとても楽しみにしていた。なぜなら少女が大好きだった祖父がいるからである。
祖父は昔から漁師をしており、定期的に取れた魚をご馳走してくれていた。少女は祖父のおおらかな性格が好きであり、祖父が釣りをしている横であやとりをしながらお話をするのが好きだった。
そんな祖父は今自分の店の前で他の客と値切りの交渉をしていた。しかし値切りの交渉をしている客が従兄弟であったことに少女は驚いた。でもそれは交渉というよりも口論に近かったように少女には聞こえた。
久我・ソウジ・ラングレー。父の姉の息子であり、マタギの道を志す16歳の少年だった。彼の部屋に入ると壁に猟銃がかけられており、少女はそれを持ってみたいと思っていたが、ソウジに「絶対に駄目だ、絶対に」と釘を差されている。
少女はその従兄弟に向かって一目散に走っていった。シードもそれに続くように走っていく。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
少女は無邪気に聞いてみた。
「ああ、アイか。じいちゃんから魚を買おうとしてんだけど嫌に高くてさ、安くしてくれ〜って話をしてたのさ」
少し疲れたようにソウジは答えた。
「しょうがないだろう。最近の夏はなんか熱くて魚の捕れ行が怪しいんだ」
祖父は何度も説明したような感じの言い草だった。
「で、アイたちは何しにきたんだい?」
「お義母さんに頼まれてヒラメを買いに来たんです。なんかいいのありませんか?」
海柚は呆れた目でソウジを見ながら訪ねた。その横でソウジは少しすねたような顔をしている。
「ああいいのがいるぞ」
祖父は氷の中から一尾の大きなヒラメを持ち上げた。
「わあ大きい!おじいちゃんが取ったの?」
少女ははしゃぎながら祖父に訪ねた。少し声が大きかったからか海柚に「静かにね」と諌められてはしまったが。
「ああ、そうだぞ!どうだい?」
「何円ぐらいなの?」
「…3500円だな」
「商売熱心なことで」
ソウジのつぶやきが横から小さく聞こえてきた。
* * *
市場の人足も減り、日も陰ってきた夕方。真昼の蒸し暑さも和らぎ、海風が心地よく吹く時間となった。
室蘭港の防波堤の上でアイリーンたちはかき氷を食べていた。
まだ少女が知る世界はこの山と海に挟まれた狭い街しかない、しかし少女はこの海の先にも世界がありその先にある自分の知らない世界を見に行く事を夢見ていた。
氷の大地、砂の海、燃え盛る河、緑に光る空。
少女はそのすべてが見たかった。
しかしはるか昔に狂った世界の歯車はそれを許さない。
暗く重苦しい歯車の軋みの音がゆっくりと、確実に大きくなっていた。
この後5話くらい投稿して好評だったらこの後続けるかもしれません。




