第二十九話 救援
『手榴弾の爆発を2発確認。戦闘しているのはタナヴィー高等学校1年生竹中ユイと、所属不明の女性です。いかがしますか?隊長』
時間は少し遡り、アイとユイが戦い始めた頃。
離れたところから戦闘を見物する集団がいた。
全員が背中に校章の刻まれた濃緑色のジャケットを着込み、手にはH&K G37が握られている。
そして全員もれなくソウルリングが浮かんでいた。
隊長と呼ばれた女性は双眼鏡を手に戦闘を見つめる。
「いや、あの戦闘に介入する必要はない。直ちに仙石アケミらタナヴィー中心人物どもに奇襲を仕掛けろ。何としてもあのタブレットを奪え返すのだ」
彼女たちの背には背中にはこう書かれている。
『Citadel h.school imperial troops』
と。
* * *
ユイはフェンスを突き破り、七階の高さから地面へと落下していく。
しかし、落下中に体を捻り4階付近の非常階段に一瞬だけ足を掛け勢いを殺す。
そして最後は看板を踏み台にし、道路へ後転するように着地した。
「…っ」
ユイは一度右膝を地面につける。
さっき突然現れた女に蹴られたところが鈍く痛む。
最初の蹴りが胸にあたったのが良くなかった。
少し息苦しい。
だが、そんな事を考えている余裕はない。
背後から何かが盛大に着地する音が響いてくる。
「んー…。思ったより高かったねぇ」
ユイは一度言葉を失う。
ー「あそこから飛び降りてきたのか?リングのないただの人間が?」
リングを持つものと持たないものの間には圧倒的と言える身体能力の差がある。
アイがあそこまで動けるのは予想外だったが、この女は違う。
リングもない、ただの人間。
なのにあの高さから落ちて無傷とは…。
「お前、何者だ?」
「ん〜?ただのそこら辺にいる人間だよ。名前は峰条節子」
節子と名乗った女は欠伸をしながら答える。
その余裕さにユイは苛立ちを覚える。
自分の力には自信があった。
アケミ先輩、レイ先輩に次ぐNo.3として学校を守っていく。
その思いがあるからこそ、あの悪魔を殺し、過去の因果を断つつもりだった。
「何なんだよお前!あたしがもう少しで悪魔を殺して仲間たちの仇を…!」
「あ〜、あのさあ」
節子は冷めた目をして顔を掻いている。
「別にいいんだよ君の気持ちなんて。いやまあ君にも事情があるのはわかるよ?でもさ私はアイちゃんを泣かせた相手は見逃せないかな」
そう言い終わるやいなや、突然ユイの視界から節子が消える。
ユイはとっさに後ろを振り向く。
そこには壁を蹴って体を横向きに保ち、ショットガンの銃口をこちらに向ける節子がいた。
「ーっ…!」
「だから、消えなよ」
後ろから耳を潰すほどの銃声が襲ってきた。
* * *
銃弾がまともに全身にあたり、そのまま身体が後ろに吹き飛ばされる。
だが、壁に激突する前にギリギリで受け身を取れた。
すかさず節子が飛び蹴りをぶち込んでくる。
ユイはそれを避けると煙幕弾を投げ体勢を立て直す。
だが、次にユイの目に飛び込んできたのは真っ赤に染まった右腕だった。
あまりの激痛に銃を取り落とす。
「何が…起こった?」
「いや〜、あたった?」
煙幕の中から頭をかきながら節子が出てくる。
右手には血に染まったナイフが持たれていた。
「最初に飛び蹴りしてったときにダメ元でナイフ持ってたんだよ。きれいに刺さっちゃったみたいだね」
ー「まさか、あの一瞬で…」
ユイは袖を破ると右腕にきつく巻きつける。
まだやれる。
アイとの戦闘で体力は削られているが、まだ余力はある。
「別に頑張ってやらなくていいんだよ?わたしは君に逃げてもらうのが目的だしさ」
節子はヘラヘラと笑いながら言ってくる。
その完全に見下してくる口調にユイはさらに苛立ちが湧き上がってくる。
銃を構え直す。
だが今度はすぐには攻めない。
一度距離を取り、遮蔽物に隠れながら慎重に!
ユイは後ろにステップして建物の看板の後ろに隠れる。
そしてそのうえから節子に向け銃を乱射する。
「え〜、まだやるの?」
節子はめんどくさそうに銃弾を避けるために走り出す。
だが、その早さは尋常ではない。
最初の走り出しの蹴りでコンクリートに少しヒビが入り、当然のように壁を走ってくる。
ー「こいつ人間か!?」
あっという間に距離を詰められ、再びショットガンの弾の雨がユイを襲う。
手榴弾はアイにずべて使い切り、残りは煙幕弾と閃光弾が一発ずつ。
閃光弾は逃げるときに使う。
となれば残りは煙幕弾一発のみ。
ー「使うのはここじゃない」
ユイは再び後ろへのステップで弾を避けるが、何発か被弾してしまう。
すでにバリアの被弾上限は超えており、弾は容赦なくユイの皮膚を切り裂いていく。
直撃しないのが不思議なくらいだ。
そのまま打ち続けながら後ろに後退していくが、節子のほうが速い。
だが、ショットガンには明確な弱点がある。
それは『他の銃に比べ装弾数が少ない』ということだ。
このまま後退を続け、弾を打たせ続ければ弾切れになる。
狙うはそこだ。
しかしウィンチェスターM1897が持つ恐るべき射撃技術、『スラムファイア』の弾幕はものすごい。
だが、長くは続かない。
「あ、まず」
節子のつぶやきを聞き、弾切れになったことを確認する。
そしてから膝を立て射撃姿勢を作ると、そのまま節子めがけ乱射し始める。
「あ〜、まずいねこれ」
節子めがけて飛んでいた銃弾は彼女の右耳の上部をかすめた。
しかし反撃できたのはそれだけだった。
あっという間に近づかれると、拳がユイの顔面に飛んでくる。
銃を放り投げ、手でぎりぎり防ごうとするも、拳のほうが強かった。
そのまま地面にそのまま叩きつけられる。
「ッア…!」
背中にとんでもない勢いの衝撃が走る。
しかし、休む暇もなく横から蹴りが入ってきた。
身体が道路上に転がっていく。
すでに体中が悲鳴を上げている。
さすがに二連戦はきつかったか。
「どうする?まだやる?」
節子が問いかけてくる。
流石に耳が痛いらしく、押さえていた。
「いや、あたしの負けだ」
ここは悔しいが認めるしか無い。
ユイと節子の間には圧倒的な戦力差がある。
だが、ここで諦めては惨めすぎる。
「ただ、最後にこれくらっときな」
そしてとっておきの閃光弾を投げる。
一瞬後にまばゆい閃光が商店街の一角を明るく照らし、節子の目をもくらました。
その隙にユイは逃げ出す。
「またやるぞ。あの悪魔を殺すために」
ユイの決意のつぶやきは、しっかりと節子の耳に入っていた。
「じゃあ、今度は止めるだけじゃ済まさないよ」
* * *
「イテテテテ…」
「こりゃひどいな」
「何で望夢いっしょにいてあげなかったのさ」
「…悪かったな」
節子がユイを引きつけたすぐ後、聡太がアイのもとにやってきた。
どうやら本当は少しの間、アイとユイの戦闘を遠くから見ていたらしく、介入のタイミングを探しているうちにあんな事になってしまったとのことだった。
しかも節子があまりにも早く言ってしまったため、置いてけぼりにされ遅れてしまったとも話してくれた。
あとから遅れて望夢も駆けつけてくれた。
手榴弾の音で何か異変を察知したのは良かったが、身体能力の低さ故にここまで来るのが遅くなったらしい。
「手、震えてるが大丈夫か?」
望夢が心配そうな目で言ってきた。
彼の言う通り、アイの両手はまだ細かく震えている。
当たり前だろう、まるで自分を殺すべき獲物のように顔で見つめ、思い切り首を絞められ、最後には肩を貫かれ、本当に死にかけたあとなのだから。
「大丈夫だよ、そういえば先輩たちはどうしてるの?」
アイは左肩を押さえながら聞く。
聡太の応急処置によって血の流れは止まったが、痛いものは痛い。
だが、話はそらしたい。
できるだけ戦闘の話はしたくなかった。
「あれからレイたちと合流してな、これから本格的に探し出そうってときにちょっとした襲撃にあった」
驚きの情報に二人は目を見開く。
まさかユイとの戦闘の裏でもう一つ戦闘が起こっていたとは。
「いや、そんな心配するほどのものでもねえ。全部返り討ちだ。先輩たち結構強いぞ」
望夢は腕を組んで頷いているが、それどころではない。
「敵は?」
聡太が端的に聞く。
「シタデル高校らしい。アジトに戻ってきたんだろうよ」
「アジト?」
「ああ、説明してなかったな」
望夢はあぐらを組んで今までに起こってきたことを簡単に説明する。
「てことは、アイはその別の名前が同じ人に勘違いされて襲われたってことか」
「まあ、そうなるね」
「流石に見た目とか違うと思んだけど…」
「名前だけで決めつける短絡すぎるやつだってことだろ?」
「望夢くん言い過ぎ…」
「ん〜、なんの話ししてるの?」
3人は一瞬固まると、全員同時に振り向く。
「え!?はや!」
「速いっしょ〜」
「もう倒してきたのか?」
「いや、逃げられちゃったよ。まあアイちゃんが結構体力削ってくれてたみたいでねぇ。楽だったよ?結構」
節子のその言葉に驚きを隠せない。
もとから節子は強い。
なのでユイを退けることはできると信じていた。
だが逃げられたあとはいえ、ここまであっさりとやってのけてしまうとは思わなかった。
いや、コレで良かったのかもしれない。
これで…
「た〜だね〜。なんかリベンジするからみたいなこと言ってたよ」
「そうなりゃ今度は全員で返り討ちだな」
「望夢はあんま戦力ならないでしょ」
全員の笑い声が屋上に響く。
「ねぇ、みんなにお願いがあるんだけど…」
「お?どした?」
「今回のユイ先輩のことは黙っていてほしいんだ」
「は?」
全員があっけにとられたように口を開く。
「理由は?」
「ユイ先輩の独断だったし、今みんなに言っちゃったら誤解を解くタイミングが無くなりそうだったから…。一回ユイ先輩と話して、色々はっきりさせたいんだ」
全員が神妙な表情になる。
望夢も腕を組んで唸るほどだ。
「アイリーンはそれでいいんだな?」
下を向いたまま望夢が聞いてくる。
だが答えは決まっている。
「うん」
力強く頷く。
それを見てみんなも「まあいっか」といった雰囲気になる。
「それならアイが決着つけないとね。でも何かあったら僕らに言ってよ?親友なんだからさ」
「うん、ありがとう」
みんなも了承してくれた。
こんな状況でも、自分を信じてくれる親友たちがいる。
それだけで胸が軽くなった。
* * *
閃光弾の炸裂から数秒後。
白い閃光が薄れ始めた商店街の路地を、ユイは右腕を押さえながら必死に走っていた。
「はぁ……はぁ……」
肺が焼けるように痛む。
節子との戦闘で受けた傷は思った以上に深い。
右腕から流れる血は止まらず、視界も揺れ始めていた。
「まだ……逃げないと……」
その時だった。
「——動くな。」
低い声が路地裏に響く。
ユイは反射的にM4を構える。
しかし、その銃口の先には十数人の武装集団が並んでいた。
濃緑色のジャケット。
そして背中には、
『Citadel H.School Imperial Troops』
の文字。
「お前たち……!」
先頭に立つ女性が一歩前へ出る。
「如月ユイ。貴様の身柄を拘束する」
「何しに来た。」
「貴様に教える道理はない」
ユイは眉をひそめる。
「始めてみたよ、面と向かってそのセリフはく奴」
そう言って一歩踏み出す。
だが、傷ついた右腕に力が入らず、膝がわずかに揺れた。
その様子を見た女は、小さくため息をつく。
「やれ」
その一言で、周囲の兵士たちが一斉に動いた。
「やってみろよ!」
ユイは銃を向ける。
だが、その瞬間。
乾いた発砲音がした。
「……っ!」
首筋に小さな痛みが走る。
指先で触れると、小さな麻酔弾が刺さっていた。
「な……!」
視界が急速に歪む。
「何を……した……」
身体から力が抜けていく。
M4がアスファルトへ落ち、乾いた音を立てた。
女は倒れ込むユイを静かに見下ろす。
「貴様に、交渉のための人質になってもらう」
ユイの意識はそこで途切れた。
二人の兵士が担架を運び込み、ユイを固定する。
「隊長。タナヴィー側がこちらへ向かっています。」
「予定通り撤収する。」
「了解。」
数十秒後。
エンジン音を響かせながら装甲車が路地裏へ進入し、ユイを乗せると、そのまま煙幕を展開
して走り去っていった。
その場には、数滴の血痕と、折れた薬莢だけが残されていた。
* * *
息を呑むほどに巨大な広場。
いや、「謁見の間」というべきか。
真ん中に伸びる巨大な赤いカーペットのひかれた階段の横にサーベルを持った甲冑がいくつ
も並んでいる。
一つくらい中に誰か入っていてもおかしくないだろう。
そんなバカげたことを考えながら中浦カスミは階段を登っていく。
謁見の間の天井にはきらびやかなシャンデリアが飾られ、怪しげなうす黄色い光を出してい
る。
壁には校章が刻まれた垂れ幕がところ狭しと並び、後ろにある窓から差し込む陽日によって
美しく彩られていた。
そして階段の最上部へとつくと、右膝と右拳を地面につけ跪く。
「皇帝陛下。シタデル高等学園がタナヴィー高等学校の生徒を拉致。例の端末との交換材料
にしたとの情報が入りました」
「そうか」
対して興味もなさそうな返事が帰ってくる。
「我々にとってかの端末は何も意味をなさない無用の長物だ。だが、彼女ら、共和校の者た
ちからすればあまりにも影響が大きなものとなるだろうな」
そう言って皇帝は不気味に笑い出す。
その姿にカスミは少し身を引いた。
「しかしシタデルの傀儡共め。自らの力による奪取ではなく人質という卑怯な手段を選択し
たか…」
「いかがなさいますか?」
「いや、何もするな。もともと奴らに大した魅力は抱いていない」
「左様でしたか」
そうすると、皇帝は一度ものふける仕草をしたあとにカスミに下がるよう言った。
「御意。我がアヴァン帝国学園に繁栄と栄光があらんことを」
カスミは踵を返し階段を降りていく。
その足音は間の空気を揺らし、反響していった。




