第二十七話 復讐
「そういえばこの学校ってすごい額の借金あったよね。それもあの植物と関係あるの?」
ドーム状の建物を出てから、あの人骨を見た衝撃で車内では誰も喋ることはなかった。
その沈黙をアイが破ったのだが、望夢が「今話すことかそれ」と言いたそうな眼で見てきていた。
「ん〜っとね。ちょっと長くなるけどいい?」
アケミが後ろを向いて聞いてくる。
それに二人は大きく頷く。
それをみて息を吐いたあと、アケミは話し始めた。
「ドームに行く前にさ、『この都市には3つの大きな学校がある』って話をしたよね。実はあれ4つだったんだよ」
「え?」
アイは驚いたように目を見開くが、望夢は冷静に腕を組んでいる。
「タナヴィーもそのうちの一つだったってことですか」
「そうだね。昔のこの学校の名前は『ヤヴィン校区タナヴィー民主共和高等学園』。ラディオス全体に大きな影響力を持つすごい学校だったんだよ」
衝撃の事実にアイは開いた口が塞がらない。
アケミは学校の過去の栄光を少し教えてくれた。
「昔は軍事力に関しては下の方だったけど、風紀と治安だけは本当に最高だったんだよ。入学したいランキングも常にトップ。あ、『軍事力下の方』っていうのは4強の中での話ね。…でも、ある時から異変が起こるようになった」
先程まで明るく話していたアケミの顔が曇る。
「最初の異変は1956年8月22日の陸上部の失踪。あの日はすごい暑い日だったらしくてね、冷房の効いてるドームに走りに行った陸上部員、総勢42人がみんな帰ってこなかった。しかもそれを探しに行った先生たちも、一緒にドームにいたはずの住民たちもみんな。その時の生徒会は本当に大変だったらしいよ。
そして一週間ぐらい経った頃かな、ドームからイーターが出てきたのは。
生徒会が頑張って除去しようとした。でも知っての通りの再生能力と適応能力で全く歯が立たず、逆に何人かが喰われてしまう始末だった。
もうその後は地獄絵図だよね〜。
一応警報は出てたけど『ただの植物だろ』って無視する人が多くて多数の死者は出ちゃうし、頑張って除去しようとしてお金を使ったせいで借金まみれになっちゃうし。
しかもそのせいで生徒たちを養うこともできなくなって生徒数は激減、4強の座から転げ落ちちゃった。
でもそのままにすることもできなくて、良くない会社から借りたお金も使って植物の成長を止めようとしたけど何もできず。とんでもない額の利子がついてさらに借金は大きくなっていくっていうね」
アケミは少し苦笑しながら話す。
その姿がアイの心に深く突き刺さっていく。
こんな思いになるのは三度目だ。
「しかもタナヴィーが4強からいなくなったせいでラディオス内は大混乱になっちゃってね、とんでもない数の犯罪とかテロ行為が起きちゃったんだよ。まあ当然だよね、4強は都市の犯罪への抑止力だった。それが一つなくなったらそりゃ起こっちゃうよね〜。『他の学校に迷惑をかけた』って先輩たちも言ってたよ。自分達の責任じゃないのにさ…笑っちゃうよね」
アケミは苦笑をやめない。
だがその語気には悔しさと怒りが確実に込められていた。
「ただその騒動から4年ぐらい経った頃かな?急にイーターの成長が止まったんだよね。でも、何もかも遅かった。全生徒数はわたしを含めても3人。先生もいない。借金も多すぎる。でも、そんな中で頑張っていたのに…」
そこでアケミは黙り込んでしまった。
車内にはエンジン音だけが静かに響き渡る。
アイも何度か口を開けるが、何も言えない。
なにか言わなければならない。
でも、何を言っても軽く聞こえるような気がした。
「それなら、絶対に無くせないな」
望夢が口を開く。
その眼には一つの決意の炎が燃え盛っている。
それを見てアケミは何も言わずに小さく微笑んだ。
車は今日5箇所目の目的地へと近づいていた。
* * *
「ユイがいない!?」
レイたちが4箇所目の目的地へついてから40分ほどが経っている。
たしかにさっきまでユイは後ろを歩いていたはずなのにカズサに言われるまで気づかなかった。
「レイちゃん、一回落ち着いてください。この近くにはアケミ先輩たちも来ているはずですから一緒に探してもらいましょう?」
そう言ってカズサはファンリックを取り出して連絡を取り始める。
「嫌な予感がする…」
レイは快晴の空を見上げながらつぶやいた。
* * *
5箇所目の目的地は商店街だった。
しかしその商店街も例に漏れずイーターに侵食され、植物が生い茂り、完全な廃墟と化していた。
かつて賑わいを呈したであろう商店街も地獄へと変容している。
アケミの話を聞いたあとにこの光景を見ると、この場所を襲った悲劇が目に浮かぶようだ。
「「…」」
アイと望夢は一言も発することなく商店街を歩いていく。
道端には誰が捨てたかもわからないぬいぐるみや靴、さらには白い屑が散乱している。
そしてそれらを覆い尽くすように草木が生え盛っていた。
「ひどいよね。室蘭にも商店街あったけどあそこもこんな感じになっちゃうのかな」
「感想雑すぎんだろ。まあ、イーターが来ればこうなるんだろうな」
そういいながら望夢はアイの前にタブレットを差し出して言う。
「なにこれ」
「車の中で少し調べてた結果だ」
タブレットにはたくさんの写真が映し出されている。
そのすべてがあのアジトにあった写真のものだった。
「どうやらこの中に俺達が期待していたものはないらしい。レイの記憶とか戦争のこととかもな」
「ええ〜?」
アイは口をとがらして目を細めて見せる。
「そんな顔するなよ。アケミ先輩の話を聞く限り、あのアジトを使っていた奴らは下っ端もいいところの学校の奴らだ。そこにそんな情報を期待するほうがおかしい」
望夢は大きくため息を吐く。
だが、アイには一つ疑問が浮かんできていた。
「確かにアジトは捨てられてたけどさ、何でこんな動くものほっといて捨てちゃったんだろうね」
そう聞くと、望夢は手を顎に添えて考え込む。
「たしかにそれに関しちゃ不自然なんだよな。まるで何者かに追い出されたような様相だった…。あながちすぐに戻ってくるつもりだったのかもしれねぇな」
そう言ってまた彼は考え込む。
だがすぐにやめて手を頭の後ろで組んだ。
「俺達はここに来てまだ3週間も経ってないからな。今は土台を固めるときだ。焦ったって何も得られないからな」
そう言って彼は勝手に納得すると先輩たちの方へと歩き去ってしまった。
それを渋々とアイは追いかけていく。
すると、シズカの困ったような顔が目に入った。
「シズカ先輩?」
「…」
返事がない。
「シズカ先輩!」
「わ!」
情けない声を上げてシズカは飛び跳ねる。
それに合わせてさっきまで手に持っていた端末もふっとばしてしまった。
「何してるんですか…」
アイはその端末を拾い上げてシズカに渡す。
彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「すみません…」
「いうかこれってなんなんですか?ずっといじってますけど」
「これですか?これは『ファンリック』という連絡用端末です。他にも写真撮ったりゲームしたりもできるんですよ」
予想以上に便利なものだった。
未来で言う携帯電話みたいなものか。
「それで、何かあったんですか?」
「ど〜したの〜?」
いきなり後ろに歩いてきた望夢とアケミに驚かされたが、彼は気にしてないらしい。
アケミに関してはあくびまでしている。
すると、シズカはまた困り顔になってしまった。
そして一言。
「ユイが…いなくなったとレイ先輩から連絡が来て…。いま近くにいるから一緒に探してほしいと…」
行方不明。
それはイーターが跋扈するこの地において、ほぼ死を意味することをアケミの話からアイと望夢は理解していた。
「いや、いやいやいや。ユイ先輩だって何度もここに来てるんでしょ?まさかそんなことは…」
しかし先輩二人は何も言わない。
その顔からは血の気が引いていっていた。
* * *
アイはいま商店街の南の方。
特に被害が大きいと見られる中心部を歩いていた。
ユイが行方不明になったという報告を受け、アイたちはそれぞれに分かれて捜索することになった。
「ユイを探しに行くうえで、お二人に注意していただきたいことがあります。それは、絶対にイーターには触らないということです」
アイは捜索前にシズカに言われた注意を思い出す。
しかし、イーターはもし仮にさわれと言われたとしても絶対に触りたくない姿をしている。
茎全体が鋭いトゲに覆われ、さらによく見ると葉脈が波打っているのもわかる。
SFに出てきそうな植物だ。
「痛そうだよねぇ、触ったら…」
また望夢に「雑な感想」と言われそうだが、アイはひとりそうつぶやいた。
その時、頭に強烈な激痛が走る。
それと同時に頭の中に映像が流れ込んでくる。
『左後ろの建物の二階から機銃掃射を受ける』
とっさにその場から離れた途端、そこに大量の銃弾が打ち込まれた。
「誰!?」
大声で確認すると同時にアイは背中にかけてあったドラグノフを構える。
返事はなく、そのかわり再び映像が流れ込んできた。
『自らの左の建物から誰かが窓を突き破り銃を撃ってくる』
アイは急いで走り出す。
その一瞬後に誰かが窓を突き破り、真下に銃弾を撃ち込む。
「誰…」
再び問おうとするも、その人影は気にすることなく膝で衝撃を吸収し、勢いを殺さずにアイへ一直線に飛びかかってくる。
アイは近くにあった廃車へと隠れようとするが、一歩及ばず人影に肩を掴まれ押し倒されてしまった。
そのうえから人影はアイが構えかけていたドラグノフを横に投げ飛ばすとスリングを掛けたまま銃床で顔に殴りかかってくる。
アイは間一髪頭を右にそらすことでそれを避けたが、人影はそんなことに構わず殴りかかってきた。
「こっっっっの……!」
アイは力を振り絞り銃床を受け止めると、そのままの勢いで人影を投げ飛ばす。
常人ならありえない力で飛ばされ、人影は中を舞う。
人影はそのまま向かいの建物のシャッターに激突し、少しよろけている。
「貴方は誰ですか!どうしてこんなことを…!」
アイは大声でまくしたてるが、相手は何も答えない。
しかし、土埃が晴れると、そこにアイは信じられないものを見た。
土埃が晴れる。
現れた少女は赤い短髪に、血のような赤い瞳をしていた。
半袖のシャツにネクタイという軽装。
そして手足には、赤いリングが静かに浮かんでいる。
そして肩にかけられたM4カービン。
「ユイ…先輩?」
タナヴィー高等学校2年生 竹中ユイその人だった。




