第二十六話 ヤヴィン校区
「うわわわ!」
アイが悲鳴を上げる
「先輩!速いって!」
望夢も柄に似合わず大声を上げていた。
アイたちが入学してからはや10日。
タナヴィー高等学校は10日に一度校区内の一斉パトロールを行っているらしく、それの見学に来ていた。
しかし7人で見回るには校区はあまりにも広すぎる。
ということで二手に分かれ、それぞれの車で見回ることにした。
一班はアイリーン、望夢、シズカ、アケミ
二班はレイ、カズサ、ユイ
となっている。
「てかシズカ先輩運転できたんスね」
「ええ、ワンボックスカーだけですけどね」
だと言ってもその運転はめちゃくちゃだ。
あるところで急に曲がったり、急に加速したりと車酔いしないほうが不思議なほどである。
だが、それはシズカの運転技術が未熟であるというわけではない。
道路中に広がる蔦と木の根に阻まれ、蛇行運転を余儀なくされているのだ。
(あと彼女がアクセルを全開にしているのもある)
「コレはひどいね。戦争のあとも道路ボコボコだったけどそれ以上だよ」
アイは窓を開け、その縁に肘をつきながら外を眺めている。
「あれは爆撃のあとだったから直せたが、コレは植物由来だ。直しても元通りになるからな。何回くらい除去したんです?」
望夢の最後の言葉は前の席に座っている先輩二人に向けてのものだ。
その問いにシズカが答える。
「少なくとも百回以上ですね。毎月毎月ボランティアの方々が最低限の道路や線路での除去作業をされているのですが、それでも収まる気配はありません」
「何回かみんなで大本を潰しに行こうと探したんだけどね、全く見つかんなかったんだよ」
アケミもなにか諦めたような顔をしながら肘をついている。
「最初来る時、草が電車を避けているみたいだったのは除去したあとだったからなんだね」
それに望夢も頷く。
「『避けてるみたい』…ね。本当にそうだったらいいのに」
アケミのつぶやきがエンジン音の響く車内に溶けていった。
* * *
「レイ先輩はあの人達信じてんの?」
アケミたちと別れてからというもの、ユイからの何度もされるこの質問にレイは頭を悩ませていた。
確かにアイたちは許されないことをしたとは思う。
しかし、何かがおかしいような気がしてならない。
最後に見た彼女とは姿が違うし、うろたえ具合もあれが演技なのであれば役者も驚くだろう。
それに、この記憶が本物なのかというわけのわからない思いまで出てくる。
確かに先生に言われ、室蘭という街に愛たちを探しに行ったはずだが、もっと前に何かがあった気がする。
そんな事を考えているとまた頭痛がしてきた。
とりあえずこの質問の多い後輩に答えておこう。
「別に信用も疑問も持ってない。今はただ見張るのが大事だよ」
「でもなんかおかしくないですか?アイちゃんたちのうろたえ具合は本物ようでしたけど」
後ろの席で幼馴染のカズサが言ってくる。
「カズサ先輩も!そんなだからあの時引き金引けないんですよ!」
「それは違いますよ。あくまでも彼女たちは新入生ですから」
「新入生だからって言ってもあの女はあの女です!慈悲なんて持たずに殺せばいいのに!」
「ユイ」
良くない方向に行こうとしているのをレイは静かに止める。
後輩の静止は先輩の役目だ。
「アイたちが彼女と同一人物だと決めつけるのは早急すぎると思うよ」
「でも…」
「今は見張って。怪しいことをしたらそのときにどうにかしよう」
そう優しく諭す。
ユイはなにか不服のような顔をして前を向く。
カズサも後ろの席で胸をなでおろしている。
アイと彼女。
何もかも同じだが何かが違う。
何かもっと、死人のような、機械のような雰囲気をまとっていたような気がするが…。
ー「いつかわかるでしょ」
レイはそう思うことにして集中して運転を続ける。
「あたしだけでもどうにかしてやる」
その後輩が窓の外を見ながらした独り言がレイの耳に届くことはなかった。
* * *
アイたちは3つ目の見回りポイントへと来ていた。
どうやら校区内に特にみておくべきポイントが13個ほどあるらしく、今いるのもそのうちの一つだ。
周りは10階ほどあるオフィスビルが立ち並び、その至る所から例の植物がわんさかと生えわたっている。
「どこにでもあんな、あの植物」
望夢は呆れたように外套のポケットに手を突っ込みながらつぶやいている。
アイも周りを見渡しながら散策する。
近くで見るとその植物はほのかに赤みがかっており、茎からは無数のトゲが飛び出ていた。
試しにナイフで茎を切ってみるが、目に見える速度であっという間に再生してしまう。
しかももう一回切ってみようとしても刃が通ることはなかった。
「こりゃすごいね。八岐の大蛇みたいだ」
「何だそりゃ」
いつの間にか望夢も横に来ていた。
「いろんな事象に適応しちゃう日本神話の化物だったはずだよ」
「ほ〜ん?」
そうして彼は銃を植物に突きつけ引き金を引く。
茎はしっかりと吹き飛んだが、やはりすぐに再生してしまう。
そして二度と銃弾が通ることはなかった。
「実験してるとこ悪いけどさ〜。次行っちゃうよ〜?」
アケミが車の近くから声をかけてきた。
「今行きまーす!」
またシズカの運転で別の目的地へと向かう。
その間アイは最初に手渡された地図を見ていた。
「あの、なんで最初から行く場所が決まってるんですか?この地図結構古いみたいだし、ずっと同じとこ回ってるように見えるんですけど」
そう聞くと、アケミが人差し指を立てながら後ろに振り向いてきた。
「いい質問だね、見込みあるよ?まあ最初に答えを言っちゃうと、一つは特に見ておくべき植物の場所、もう一つは侵入者のアジトだね」
「ん?アジト?」
「そう、何度も何度も追い払っても来ちゃう侵入者のアジト」
それを聞いて望夢はどこか腑に落ちない表情になる。
そしてそれを察してアケミは話を続ける。
「今の君の考えを当ててみせようか。『なぜアジトの場所が変わらないのか?』。コレじゃない?」
「そうですね」
「まあ正直わたし達もわかんないんだよね〜。でも理由なんていいんだよ。ただそうなる、それさえ分かっていれば」
望夢はそれを聞いて考えにふけってしまった。
彼の目は窓の外の、さらに奥を見ているようだった。
そしてたまに腕を組んだり頷いては首を傾げたりと忙しい。
今の会話で何がわかったのか。
アイにはさっぱりわからなかった。
* * *
「うえ、きったな」
アイは鼻を覆いながらあたりを見回す。
あれから30分後。
アイたちは放棄されたアジトに来ていた。
元大型商業施設の地下駐車場に設置されていた仮設住宅のような建物の中には多数の通信器や、放置された銃弾、腐りきって蝿の集る食料が散乱している。
まるで何者かに追い出されたように何も片付けもされず、生活の痕跡も残る場所もあるほどだ。
「たしかに何度もここを使った跡があるな」
望夢は司令室であったであろう部屋の中で話している。
その脇本には古い金属の板が抱えられていた
「なんでわかるの?」
「コレをみてみろ」
そうして彼は板を見せてくる。
板はまばゆい光を放ち、画面が映し出される。
「ああ、夢で見たことある。確かタブレットって言ったかな?」
「名称に関してはどうでもいい。この中にあった写真を見てみると少なくとも3つの年が書いてあった」
「3つ?」
「1963年、1964年、1972年の3つだ。しかもそれぞれ重要な年だな」
彼は何かを察しろと言わんばかりに左目を閉じてじっとアイを見つめる。
だが、言われるまでもない。
それぞれ『空球戦争勃発』『空の艦隊出現』『天球大戦勃発」の年だ。
「これを偶然で結論づけるのは難しいな」
他にも探すと大量のヤヴィン校区の地図や何に関するものかわからない書類がどんどん出てきた。
その写真の中に映る人々もまた、両手足首にソウル・リングが浮かんでおり、背の銃を背負っていた。
「先輩たちはそんな細かくみてなかったのかな?」
先輩たちはここに何度も足を運んでいるはず。
なのにここまで資料が出てくるのはおかしい。
「さあな。単純に見落としか、そこまで重要じゃないと勝手に決めつけて放置したか。取り敢えずこの辺は持って帰って聡太達に預けるか。俺達の知りたいことも書いてあるかもしれねえからな」
そういった彼の顔は少し不気味に笑っていた。
* * *
アジトから出てシズカの運転する車に乗っている間、アイたちは侵入者とは何なのかと質問していた。
ワンボックスカーはひび割れた道路を揺れながら走る。
車窓の外では、崩れた高層ビルを赤みを帯びた植物が覆い尽くし、その隙間をカラスの群れが飛び立っていく。
「この学園都市はいくつもの校区に分けられています。校区の数は30以上にものぼり、そしてそれぞれが独自の法律や政治を行っています」
「アメリカみてぇだな」
望夢が腕を組んだまま窓の外を見る。
「そして校区同士は互いに条約を結んでいたり、戦争状態に陥っているところもあるのです。まあ戦争の理由は領域の奪い合いですね」
シズカはハンドルを切りながら説明を続ける。
大きく伸びた木の根を避け、車体が大きく傾いた。
「うわっ!」
アイが慌ててシートを掴む。
「領域が広くなればそこにいた生徒も自分の学校に引きずり込める。そうすれば学校の力も大きくなるしね〜」
助手席のアケミは相変わらず気の抜けた口調だ。
「今存在する校区の内3つの校区が絶大な力を持っており、ほとんどその3校によってラディオス内の秩序は守られていると言っていいでしょう」
「一応『連邦生徒事務局』っていう統制組織はあるんだけど、その3校が強すぎてほとんど機能してないねぇ」
アイは地図を膝に広げる。
色分けされた校区がまるで国境のように描かれている。
「学校っていうより国家じゃん……」
その呟きに望夢も苦笑した。
「3校の名前はそれぞれ『コルサント校区アヴァン帝国学園』『ナブー校区ヴェネト共和皇統学園』そして『イラム校区リサージェント共産連邦学園』となっており、その一つが私たちの校区に執拗に攻撃を仕掛けてきています」
「え、そのおっきい学校の一つが攻撃して来てるの?」
「はい。しかも3校の中でも軍事力に関しては最強って言われてる『アヴァン帝国学園』が、です」
車内が静まり返る。
窓の外を流れる廃墟の景色まで、どこか重苦しく感じられた。
「絶望感やばいね」
「正確には傀儡学校の『スカリフ校区シタデル高等学校』が、だけどね」
「さっき見たアジトの主でもありますね」
望夢は先ほど持ち帰った資料の入った袋へ視線を落とす。
「あの資料と関係あるのかもな……」
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「でも何でそのアヴァンってとこがこんな校区を攻撃してくるんです?正直なんにもないですよ?」
「そうなんですよね。それもわからないんです」
シズカの表情が少し曇る。
「わかんないこと多すぎでしょ」
アイはため息をついた。
レイの記憶のこと。
植物のこと。
侵入者。
ラディオスに来てから謎は解決するどころか増えるばかりだった。
「ねえみんな。次の目的地ツクヨ〜」
アケミがフロントガラスの向こうを指差す。
視線の先には、植物を押しのけるように巨大な白いドーム型施設が姿を現していた。
「ホントですね。ではこの話の続きはまた今度」
車は速度を落とし、その巨大なドームへ向かって静かに走っていった。
* * *
「うひゃあ!こりゃひどい!」
ドームの内部には内部を一周するようにスタンドがあり、その奥には一周できる通路がある。
そしてただただ広かった。
しかし、植物が壁、床に狭しと生い茂り、さらに植物の上に植物が絡みつき、大きな塊がそこら中にあるという有様だった。
「たしかにやたらと植物が多いが、いちいち確認しなきゃならんほどのものか?」
「そうだよね。なんか特殊なところだったりするんですか?」
そう聞くと先輩二人の表情が暗くなる。
なにか聞いてはいけないことを聞いたかもしれないほどの変わりようだ。
「それは…」
「いいよ、シズカちゃん。車の中でいっぱい話してくれたし、次はわたしから」
そうしてアケミは一つ深呼吸をしたあとに話し始める。
「ここは一番最初に『テペ・イーター』が発見されたところだよ」
いきなり知らない単語が来た。
「テペ・イーター?」
アイが首を傾げる。
「この植物の名前だよ」
アケミは当たり前のように答えた。
「『テペ』は確かマダガスカルの食人木の名だな。『イーター』は英語で『〜を食い荒らすもの』とか『捕食者』って意味だったはずだ」
望夢が腕を組みながら記憶をたどる。
「そう。よく知ってるね」
アケミは少し感心したように笑う。
「何で知ってるのさ」
アイが半ば呆れたように望夢を見る。
「『イーター』は英語だし、『テペ』は昔読んだ本に載ってた。しかし、ずいぶん物騒な名前だな」
「物騒、かぁ……」
アケミはその言葉を小さく繰り返し、窓の外へ目を向けた。
「名前の由来はね――」
そう言って車の進行方向を指差す。
道路脇には、蔦や木の根が幾重にも絡み合ってできた、直径数メートルほどの巨大な塊が鎮座していた。
遠目にはただ植物が集まっているだけに見える。
「……あの塊を見てもらえれば、たぶんわかると思うよ」
アケミの声だけが、妙に静かだった。
アイたちは鬱蒼と茂る草木とテペをかき分けその塊に近づく。
近くでその表面を見ると、中には巻き込まれた錆びた鉄骨や瓦礫だけではなくなにか別のものまで巻き込まれているように見える。
「あ、直接触らないでください!」
遠くからシズカの大声で注意が飛んできた。
アイは背中から銃を取り出して、その先でテペを避けていく。
すると、その中に白い細長いものが見えてきた。
「きゃああ!」
「…っ!」
それは、人間の骨だった。
人間の女性の、細長く、華奢な腕の。
「こいつは…」
「それがこの植物のもう一つの特徴。私たちを取り込み、養分として成長していく。いわば人食植物と言うやつだね…」
さらに塊の中を掘り返していくと、ばらばらになった骨が無数に出てくる。
「ここが最初にイーター?が出てきたところなんですよね」
「そうだよ。ここにいる骸骨たちは最初に調査に来た人たちと何も知らなかった侵入者たちのもの。アジトの位置がずっと固定なのはこの植物も関係あったりするのかもね」
アケミのその眼は慈悲と哀れみに満ちていた。
何も知らずに理由もわからず植物に襲われ、養分とされ死んでいく。
ー「そんな死に方は絶対にしたくない」
そうアイは思う。
「あのー!他のとこを見ても問題なかったので次に行きましょう!」
シズカの大声が飛んできた。
「そうだね。二人とも、まだまだ先は長いよ〜?しっかりついてきてよ」
そう言ってアケミはゆっくりとシズカの方へと歩いていき、その後ろをアイたちもついていく。
それを、赤い短髪の少女が遠く通路から見下ろしていた。




