第二十五話 入学式
ヤヴィン校区タナヴィー高等学校
ラディオス東部に位置する高等学校であり、如月レイの母校でもある。
「それしか私たちは知らないわけだけど、いつほかの教えてくれるのさ?」
アイたちは学校校内へと入り、理事室へと向かっている。
その間、レイに対して身体を近づけてしつこく聞いていた。
「学校ついたら話すって言ってたよね?ねぇ?おーい」
「しつこすぎだろ」
一歩後ろを歩く望夢も呆れ気味だが、そんなことお構いなしだ。
レイも困った顔をし始めたが、それよりも先に茶色の重厚な扉の前についてしまった。
「一気に全部は教えられないけど、部屋にはいる前に一つだけ教えてあげる」
頭を抱えたまま一つ大きく深呼吸をする。
「この都市は…狂ってるよ、何もかも」
そういったレイの横顔はどこか悲しそうだった。
そして、ドアをゆっくりと開けた。
* * *
理事室は全体的に高級そうな濃い茶色の木に覆われ、真ん中に大きなテーブル、両端に長椅子がおいてあった。
さらに部屋の奥には社長さんが座っていそうな大きい机もある。
机の後ろにはこれまた大きな窓がついており、その上にはこの学校の校章と思われる紋章があった。
そんな部屋の窓の外を眺めながら、ロテル・ディカプリオはコーヒーを飲んでいた。
「何カッコつけてるのさ、先生」
「コーヒーくらい好きに飲ませてもらってもいいだろう?」
彼は振り返ると、ニッコリと笑って答える。
「やぁ、お二人さん。まあ座りなよ」
彼は手招きをすると、椅子に座った。
アイたちはレイに習ってロテルの向かいにある椅子に座る。
「さて、今回入学するのはアイリーン・パラロイア・プロフィティアと八軒望夢の二人。良かったね、これでレイもやっと進級できる」
「前もしたでしょ、その確認」
レイとロテルの会話の中に、なにか不可解な単語があった。
「『やっと進級』?1年毎に上がっていくものじゃないんですか?」
アイと望夢の質問に二人は驚いたような顔になる。
「あれ、言ってないの?」
「言うタイミングがなかった」
「あ、そう」
ロテルは一つ咳払いをすると、アイたちの方に向き直る。
「この都市ではね、新しく新入生が来ないと進級することができないっていう決まりがあるんだ。だからレイはずっと2年生のままだったんだね」
「はぁ…」
レイも頷く。
だが、それではどうしても説明できないことがもう一つある。
すると、望夢が手を上げたあとに質問する。
「もう一つ質問がある。なぜレイは2年前のことを知っているんだ?言っとくが、俺らは彼女と10年一緒にいたんだぞ」
だが、レイは何を言っているのかわからない様子だ。
「何言ってるの?私が君たちにあったのは2年前、君たちをラディオスにつれてくるように言われたからだよ?」
突然何も身に覚えもないことを言われ、頭の中が真っ白になる。
望夢も同じようで、レイを見たまま固まっている。
「レ、レイちゃん?何を言ってるの?」
声が震え、体中から汗が止まらない。
「何って、本当のことだけど…」
「そんなことないよ。だって10年前、レイちゃんが海岸で倒れてて、それを助けて、なんかおかしくなっちゃって…」
そう立ち上がって捲したてようとすると、望夢の手がアイの腕を掴んだ。
そして小声で耳元に囁く。
「今はレイの話に合わせろ。記憶を書き換えられているのならいつか解決できる」
「でも…」
「いいからあわせろ、いいな?」
向かいを見ると、レイがなにか不安そうな顔をして座っている。
ロテルは目を閉じて静かに座っていた。
「わかった」
でも、納得はいかない。
もし本当に記憶を書き換えられているというのなら、必ず直さなければならない。
そして、犯人を必ず許すことはないだろう。
「もういいか?」
おもむろにロテルが声をかける。
「ええ、すみません。ちょっとした勘違いを」
「まあ、勘違いというものは誰にでもあるさ。あまり深く考えるな、今はな」
そうして、ロテルは奥の机から大きな段ボール箱を2つ持ってきた。
「そのことは後でじっくり考えればいいさ。今はこっちが優先だし。あ、右がアイリーン、左が望夢のやつね」
「中身は何なんです?」
「開けてみてのお楽しみだよ」
ロテルは右人差し指を上げて答えた。
段ボールを開けてみると、その中には大量の教科書やノート、ガンキット(銃の手入れ用品)、そして制服が入っていた。
「「おお〜」」
二人の声が重なる。
教科書のことはおいておいて、ふたりの体格にあった制服は全くの新品であり、着心地も良さそうだ。
ガンキットもそれぞれが使用する銃に合わせられているらしい。
「早速だが、制服、着てみるかい?」
ロテルのその言葉に気が明るくなる。
「じゃ、着ますか」
* * *
「おお〜、似合ってる」
タナヴィー高等学校の制服は男女ともに濃紺のブレザーにライトグレーのパイピングを施し、男子はベージュのベストとストライプネクタイ、女子は赤いリボンとプリーツスカートを合わせた、上品で知的な印象の制服となっていた。
女子にはロングとミニの2つがあるらしく、男女ともにカスタマイズは自由とのことだ。
「へぇ〜、これ、レイちゃんと同じやつなの?」
「そうだね。でもちょっと変わってるかも?」
レイが首を横に傾ける。
その横でロテルが人差し指を秒針のように揺らしている。
「通気性が良くなってる」
「じゃ、殆ど変わってないね」
ロテルは少し首を傾け息を吐く。
「もう一つ渡すべきものがある」
そう言って取り出したのは8つのリングだ。
それぞれ4つずつ別の形をなしており、4つは藍色を、もう4つは秘露色をしている。
「こいつはレイたちの両手足首に浮かぶ『ソウル・リング』を模したレプリカだ。流石に何もないままいると怪しまれるからな」
手渡され、手首と足首に付けてみると、何も支えることもなくその場に浮かび始める。
しかも動きに合わせ一緒に動く。
アイのものはパリロイアの紋章とほぼ同じ形、色をしている。
望夢のは真っ黒であり、ただ二重の円が重なっているだけだ。
「すげーな、コレ」
この一ヶ月、様々な不思議なものをみてきたが、どうにも飽きることはない。
母の言う通り、世界は神秘に溢れているのは間違いない。
「そんじゃ、僕の出番は終わりだね。レイ、みんなと初顔合わせと行っといで」
「大丈夫かな…」
「さーすがに大丈夫だと思うんだがなぁ…」
二人の顔が少し曇る。
何があったんだろうか。
「まぁ、だいじょうぶかな。じゃあ二人とも、先輩たちに会いに行こうか」
レイはそう言って手招きをしながら理事室のドアを開けた。
* * *
どうやら先輩たちは3階の生徒会室にいるらしく、レイが案内してくれた。
その間、アイと望夢は小声で話し合っていた。
「何で話を合わせなきゃいけないの?あっちがおかしいのに」
そう言うと、望夢はなにか呆れた顔をする。
「たしかにこっちからすりゃレイはおかしく見える。だがな、あっちからも俺達がおかしく見えてんだよ」
「なんで?」
「仮に何者かに記憶を書き換えられていたとしても、今あるレイの記憶が彼女の真実だ。あっちもこっちも本当のことを言ってる」
そう言われてもアイは納得いかない。
これまでともに戦後の大変な時期を過ごしてきたというのに、その記憶が一瞬(なのかは知らないが)でなくなってしまったとは考えたくなかった。
「それに、話が食い違ったままだとこの先の学校生活で気まずくなるしな」
望夢は手を頭の後ろで組む。
確かに学校生活で気まずくなるのは嫌だ。
だが、それでも譲れないものはある。
「それでも、絶対レイを治すからね」
「当たり前だ」
望夢も本気の目をして力強く答えてくれた。
それを前からレイが見ていた。
「何話してるの?」
「先輩たちってどんな人なんだろうなって話をな」
望夢は冷静に嘘をつく。
こういう切り替えの早さはどこから来るのだろうか。
「みんな優しくて楽しい人達だよ…」
すると、レイは何か重要なことを思い出したように目を見開く。
そして急に考えにふけってしまう。
「レイちゃん、どうしたの…?」
「アイ。何があっても背中の銃を抜かないこと。いいね?」
急に意味のわからないことを言われ、頭が混乱するが、もうどうしようもできない。
すでにアイたちは生徒会室の前まで来ていた。
「えっと、準備ができてないんだけど…」
そんなこともお構いなしにレイは思い切りドアを開ける。
教室内にいた先輩たちとアイたちの目線が合い一瞬時が止まったようになる。
そして…
「レイ先輩!?」
「あら〜…」
「先輩!今までどこに!」
「おかえり〜レイちゃん」
いきなり4人の声が重なる。
それぞれがなんと言っているのかまるでわからない。
「ごめん、一人ずつ喋って」
レイも同じだったらしい。
「レイ先輩今までどこ行ってたんですか!みんな心配して、ずっと探し回ってたんですよ!町中何度も同じとこ探しましたし、先生は当てにならないし、それに…」
黒髪をした一人の生徒が泣き顔になりながらレイにまくしたてる。
「シズカ、一回そこまでにしよう。先輩にも色々あるんでしょ?」
赤髪のボーイッシュの生徒がシズカと呼ばれた生徒の方を叩く。
そして、その目線はアイたちの方へと向いた。
「レイ先輩、あの人達は…」
次の瞬間、アイと望夢の方へと向いた目は驚愕の目へと変わる。
まるでこの世のものとは思えないものをみたときの恐怖と、数多の苦しみから起こる強い怒りを持った恐ろしい目へと。
「アイリーン…パラロイア・プロフィティア?」
白茶色の長髪の生徒が言った一言に全員が突き動かされる。
生徒それぞれが自らの銃を取り出しアイに向けようとする。
アイもそれに反応し銃を構えそうになるが、望夢にとめられ、かわりに彼が拳銃を3人に向ける。
「おいレイ。コレがこの学校の新入生を迎える礼儀ってやつか?」
望夢も鋭い目つきで3人を睨む。
4人は睨み合ったまま動かない。
どちらかが動けばもう取り返しがつかなくなってしまう。
お互いの中はそんな状況も知らずにただただ沈黙を守る。
「何で、何でアンタがここにいるんだ」
赤髪の生徒がアイに問いかけた。
その目は焦点が合わず、震えている。
「え?」
「なぜ、ノコノコと顔を出せる。アンタがあたしたちに何をしたか、覚えてないのか!」
いきなり大声にアイも身を震わせるしか無い。
確かに身に覚えはないはずだ。
「レイもなにか言ってください。あなたもあの事があって何でこんな人を連れてきたんですか」
白茶色の生徒の問いにレイは答えない。
「レイ!」
「まあまあ、落ち着きなよみんな」
教室の奥の方からのんびりとした声が聞こえる。
「いや〜ごめんね?むかーしに君とよく似た名前の子にみーんなやられちゃってさ。その事が根っこにあってこんなピリピリしちゃってるんだよね」
その生徒は話しながら眠そうな目をこすり、こちらにゆっくりと歩いてくる。
そしてアイの前で立ち止まるとゆっくりと右手を伸ばしてきた。
「わたしはタナヴィー高等学校4年生廃校対策委員会会長の仙石アケミだよ。よろしくね」
* * *
「ほ〜らほら、みんな銃おろしておろして。よーやっと新入生が来てくれたのにこんなんじゃあね?示しっていうのがつかないでしょ?」
アケミはひらひらと両手を振る。
その言葉には何故か逆らえない重みがのっているように感じられた。
「でも先輩!」
シズカが食い下がる。
「その名前ですよ!?あたしたちがどれだけ――」
「知ってる」
アケミは遮るように言った。
眠そうだった目が、ほんの一瞬だけ真っ直ぐになる。
「だからって、何も知らない子に銃を向けていい理由にはならないよ」
その一言で、生徒会室が静まり返る。
「……」
「それとも何?みんなは名前だけで人を裁くようになっちゃったの?」
誰も答えられない。
白髪の少女は悔しそうに歯を食いしばりながら、ゆっくりとライフルを下ろした。
「……悪かった」
それに続き、シズカも拳銃をホルスターへ戻す。
最後の一人も不承不承といった様子で武器を収めた。
アケミはそれを確認すると、今度は望夢へ目を向ける。
「そっちのお兄さんも」
望夢はまだ拳銃を構えたまま動かない。
「向こうが先に下ろしたんだから、そっちも下ろしてあげて?」
数秒の沈黙。
望夢は四人の様子を見回したあと、小さくため息をついた。
「……」
望夢はゆっくりと拳銃をおろす。
部屋を包んでいた張り詰めた空気が、ようやく少しだけ和らいだ。
「ありがと」
アケミはにこりと笑う。
「改めて歓迎するね」
そう言ってアイへ右手を差し出した。
「さっきも言ったけど、わたしは仙石アケミ。四年生で廃校対策委員会の会長をやってるよ。ほら、みんなも自己紹介」
「……」
三人はまだ複雑そうな表情を浮かべていた。
それでもアケミの言葉には逆らわず、それぞれ小さく頷いた。
「先輩がそこまで言うなら……」
「……わかった」
アケミは満足そうに笑う。
「よしよし。それじゃあ今日から仲良くしていこうね」
そう言った彼女だけが、この部屋で唯一、アイたちを"初めて会う後輩"として見ていた。
そして、一人、また一人と口を開いていく。
最初に口を開いたのは白茶色の長い髪をした生徒だった。
瞳の色は薄黄緑色をしており、シャツの上にブレザーではなくパーカーを羽織っている。
リングは全体的に黄色であり、六角形の周りに三角形が浮かんでいる。
「わたしは宮津カズサと申します。学年は三年生、レイと同じですね」
さっきから敬語で話しているが、それが彼女にとって普通なのだろう。
「じゃ、次はあたしね」
二人目は赤髪の短い髪をしており、瞳の色も真っ赤だ。
全体的にボーイッシュな見た目をしており、口調も少し男らしい。
半袖のシャツに一人だけネクタイをしており、スカートも皆の中で一番短いようだ。
リングも真っ赤であり、半円の枠の両端からに尖った十字架状のものが浮かんでいる。
「あたしは竹中ユイ。2年生ね」
ずいぶんあっさりしたものだった。
まだアイたちには疑惑しか持っていないのだろう。
「では、最後は私が」
最後の生徒は黒髪に灰色の目をしており、唯一しっかりと制服を着ている。
ショートの髪型に黒渕のメガネをしており、何も知らなければ彼女がリーダーに見えるだろう。
リングは緑色の二重の円の中に牡丹のような模様が入っている。
「私は杉浦シズカといいます。2年生で、こちらでは副会長をさせてもらっています」
以上
如月レイ
仙石アケミ
宮津カズサ
竹中ユイ
杉浦シズカがタナヴィー高等学校全生徒となる。
* * *
「はーい二人ともー。笑って〜」
それぞれが自己紹介を終えたあと、アケミの提案により入学式をすることになった。
体育館は半分ほどがツタに覆われており、まともに使える雰囲気ではなかったが、ステージ近くが残っていたためそこで執り行っている。
「アイリーンね、このままだとあたしたちからすりゃ嫌な記憶しか出てこないね」
「しょうがない、私も初めてあったときは驚いた」
体育館の端っこでレイとユイが話している。
彼女たちの中にいるアイと同じ名を持つ女性は何者なのか気になるところでもあるが、その他にも謎は多い。
レイの記憶の書き換え、ラディオスとは、レッドソルジャーズとは、正体不明の植物、ロテルとは何者なのか、天球大戦の全容。
そんな中で、どんな学園生活が待っているのか、アイは楽しみと不安の間にいた。
「みんなー集まってー。写真撮るよ」
全校生徒が集まる。
「僕も写りたいんだけど」
「うーん、無理だね」
「先生の宿命だな」
「しょうがない」
でも、この人達と一緒なら、だいじょうぶかもしれない。
そう思えた。
「みんなー!はいチーズ!」
* * *
「なーにニヤニヤしてやがる」
「ちょっと一週間前のことを思い出してた」
外はすでに日は沈み、残りの明かりが空を真っ赤に染め上げていた。
遥か遠くにあるラディオス・タワーの影が大きく伸び、その周りの街も赤く照らされている。
「まだ、まだまだ先がある。俺達の学園生活は始まったばかりだぜ?」
そう言ってバッグを背負って教室を出る。
それをアイは追いかけていった。
窓の向こうでは、烏達が群れをなして飛んでいた。




