第二十四話 学園都市
「おーい、起きろー。朝だぞー」
アイが薄く目を開けると、望夢は部屋のカーテンを思い切り開けているところだった。
節子たちと別れた次の日。
アイたちはレイに使っていいと言われたマンションの一室で寝ていた。
「んにゃ〜…おはよ〜…」
「はははっ、すげぇ寝癖だぞ。朝飯はもう出来てるからな、早く来いよ」
そう言って足早に部屋を出ていく。
しかしすでに朝食の準備を済ませているとは、どれだけ早起きなのか…
そう思いながら体を伸ばしながら目覚まし時計に目をやると、7時半と書かれていた。
「あ、まず!」
アイは着替え、慌てて部屋を出る。
7時に目覚ましをかけていたはずだが、聞こえなかったようだ。
リビングに出るとテーブルの上にはすでに朝食が並べられ、望夢もすでに食べている最中だった。
アイも駆け足で椅子に座る。
「いただきます」
「おう、どーぞ」
相変わらず彼の作るご飯は美味しい。
朝に強く、料理もできて、しかも面倒見がいい。
どうして中学で彼女の一人もできなかったのか不思議なくらいだ。
「時間はあんだからもうちょい大人しく食え、あとヨーグルト出しとくからな」
望夢はすでに食べ終わり、ヨーグルトを出すと彼の部屋に着替えに行った。
アイは彼と逆で朝にはとても弱く、料理もできない。
面倒見はいいと思うが、彼と比べられるとどうも自信が持てない。
もし、兄弟か何かがいればこんな風なのかなと思うアイであった。
* * *
昨日、節子たちと別れたあと、アイたちはラディオスへと最初の一歩を踏み入れた。
最初は特に室蘭とも変わりない住宅街だった。
しかし暫く歩き、中心に近づけば近づくほどここが全く異なる世界であるということを実感させられた。
様々種族?の人々。
それとは別にレイと同じようなリングを持つ人々。
(みなそれぞれ違う形状のリングをしており、さらに銃を持っている)
当たり前のように道路を走る軍用車両。
室蘭にも一応あったが、それ以上に複雑な電線。
しかも地面は土ではなくコンクリートで固められている。
建物も全く違う。
おそらく20階以上あるビルは当たり前。
壁には巨大なスクリーンが付いており、キャスターのような人がなにか喋っている。
あんな巨大なスクリーン、とても薄いのかその階に巨大な機械が埋まっているのか…
(注釈※1980年代のテレビにようやくビデオデッキが登場したあたり。当たり前にブラウン管です)
しかもビル同士を空中歩道が繋いでいる。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
アイも望夢も首が痛くなるほど首を回す。
「そんなキョロキョロしてると田舎者だと思われるよ」
レイが少し迷惑そうな顔を向けてきたがしょうがない。
実際田舎者なのだから。
「すげぇな、東京もこんなになってなかっただろ。見たことねえけど」
望夢も感嘆の声を上げる。
東京は戦争で焼け野原になったらしいから直接は見られなかった。
だが写真で見てもこんなにではなかった。
ただ、一つ問題がアイたちの身に起きていた。
「でもさぁレイちゃん、流石にこのまま歩くのはきつくない?足痛いよ」
街に入ってはや一時間あまり、ずっと歩きっぱなしだ。
流石に疲れる。
「我慢して、もう少しで駅につくから」
「うへ〜、歩いてるだけなのに足が痛いよ〜」
そうアイがつぶやくと、レイはなにか驚いた顔をした。
「ん、どうした。レイ」
「いや、先輩に似たような口癖をしてる人がいてさ。『何もしてないのに〇〇だよ〜』みたいなこと言うの」
「へぇ、アイリーンと気が合うかもな」
望夢がそう言って横を見ると、アイは背中を曲げて口をとがらせていた。
「お?どした?」
挑発するように口角を上げながら言ってくる。
「いや、何回も『アイ』って呼んでって言ってるのに変わらないなって」
「あ゙〜、そういやそんなこと言ってたな」
「なんか理由あるの?」
望夢はなにか考える仕草をする。
「…いや何も。大した理由はない」
そう言われ、アイは頬をふくらませる。
「じゃあ何で…」
そんな話をしていると、前からなにか視線を感じた。
二人が同時に前を見ると、そこに後ろを向いて微笑んでいるレイがいた。
「えっと、何でそんな顔してるのさ」
「ん、兄妹みたいだねってね」
「「違う」から!」
二人の返事はほぼ同時だった。
するとレイは小さく肩を震わせて笑う。
「でも息はぴったりだね」
そんな他愛もない話をしているうち、人通りが更に増えてきた。
目の前には巨大なガラス張りの建物が立っていた。
建物は5階ほどの高さがあったあとにさらにその上に二本の巨大なタワーがその上にそびえ立っている。
「でっかぁ…」
望夢が建物全体を見上げながら口をあんぐりと開けている。
「これ全部駅なの?」
「いや、駅なのは下のところだけ。ほかはゲームセンターとかの商業施設だったりしたはず…」
建物の中に入ると、巨大なホールが広がり、その奥にまた巨大なスクリーンが置かれていた。
そこには1番〜13番までの路線と思われる番号がふってあり、どこ発どこ行なのかが事細かに書かれている。
『13時35分発スカリフ校区北部駅行の電車に乗られる方は11番ホームへお急ぎください』
『13時40分発ヤヴィン校区中央駅行の電車の改札案内を開始いたします』
『13時47分到着予定のコルサント校区南部駅行の電車は現在3分遅れとなっております』
ホール内に大きな放送が続々鳴り響く。
「色々と無駄にデケェな」
「ごめん、なんて?」
あちこちから鳴り響く放送や雑音に声がかき消され、まともに会話すらできない。
それほどの人の多さだ。
「こっからどこへ行けばいいんだ!?」
望夢の大声がアイとレイの耳をつんざく。
「この先8番ホームに着く『ヤヴィン校区中央駅行』ってやつだよ!離れないようついてきて!」
今度はレイが大声を出したあと歩き出していく。
望夢とアイはそれにはぐれないようついていくので精一杯だった。
「レイちゃ〜ん、待ってよ〜」
そのまま進んでいくと、レイは自動改札の手前で止まった。
「この先はこのカードをかざして通って。じゃないと捕まる」
そう言って取り出したのはテレフォンカードのようなものだった。
真ん中にはラディオスのシンボルマークが描かれている。
「切符みてぇなもんか」
そうして望夢がカードをかざすと、インターフォンの呼び出し鈴のような音が鳴ったあとに奥にあったレーザーが切れる。
「じゃ、行こうか。そろそろ電車来るしね」
そう言ってレイは進み、その先にあった階段を登っていく。
階段の上には広々としたホームが広がっていた。
「札幌の駅とあんまり変わんないね」
「そう?」
「たしかこんな感じだったはず」
「よく覚えてんな」
「うろ覚えだけどね」
なにせ行ったのは10年以上前だ。
よく覚えているとアイ自身も思う。
走行していると、奥から電車がホームへと入ってくる。
「なんか見覚えあんな…」
「室蘭に来てるアレそっくりだね」
どうやら電車というものは早々仕組みは変わらないらしく、二本のレールの上を銀色の車体を持った電車が向かってきた。
「ヤヴィン校区までここから40分ぐらい。ゆっくり乗っていこう」
そうして、アイたちは電車へと乗り込む。
* * *
「なぁ、何でこの街、この世の終わりみてぇになってんだ?」
望夢の言う通り、電車の外は目を疑うものとなっていた。
町並みはたしかにある。
商店街もあるし普通に住宅もたくさん立っている。
ただし、そのすべてが崩壊し、長い蔓に覆われていた。
「わたしがここに来たときからこんな感じになってたよ。でも、最後に見たときより広がってる。やっぱりどうにもならないんだね、あれ」
レイは安全装置の確認をしながらつぶやく。
街は見渡す限り、そのすべてが深い緑に覆われている。
その姿はどこか神秘的な雰囲気をまとっているようにも思えるほどだ。
街のあちこちからは草木が飛び出、道路のアスファルトを突き抜けて木の根が飛び出ている。
ただし、一応完全に廃れてしまっているわけではないようだ。
信号機は規則正しく点滅し、街灯も昼間だというのに正常に作動している。
ところどころには人影も見えた。
植物を避けるように歩く買い物帰りの女性。
蔦を刈る作業員。
学校へ向かう制服姿の生徒たち。
人は暮らしている。
だが、その営みは巨大な森に間借りしているようにも見えた。
「これ……誰か切ったりしないの?」
アイが窓ガラスに額を寄せながら尋ねる。
「できないんだよ」
「え?」
「一応切れはするんだけどね。でも、一週間もすればまた元通り。」
「一週間!?」
望夢が思わず声を上げる。
「ああ。切っても焼いても、抜いても生えてくる。薬も効かない。だから今は、人が生活する場所だけ何とか維持してる。」
電車はゆっくりと緑の街を進んでいく。
線路だけは不思議なほど綺麗だった。
蔓はレールのすぐそばまで伸びているというのに、一歩もその内側へは踏み込もうとしない。
「……まるで避けてるみたい。」
アイがぽつりと呟く。
その言葉に、レイは何も答えなかった。
ただ窓の外を見つめるその横顔だけが、どこか苦々しげだった。
「そろそろ駅につくよ、準備して」
レイはなにかから目をそらすように席を立って行ってしまった。
それをアイと望夢も追いかける。
駅に降りても廃墟であることは変わらない。
駅のホームはシンと静まり返っており、カラスの泣き声だけが響き渡っている。
天井を支える柱はいくつかが倒れ、あるところでは天井が崩落していた。
駅名の看板は半分苔に覆われ、線路の石からは草がぼうぼうと生えわたっている。
「じゃあ行こうか」
そう言ってレイはホームの階段を降りていく。
「なんか落ち着きなくね?」
「久しぶりで少し気が乗ってるのかもね」
「そうかね?」
望夢はなにか納得がいかない様子。
そんなこともお構いなしにレイは無言で進んでいく。
駅を出ると、そこはまるで別世界だった。
人の気配は全く無く、ただただ静かな中に鳥の鳴き声が響いている。
至るとこから草花が飛び出ており、とてつもない時間の流れを感じさせる。
「学校はここから歩いて15分くらい。行こうか」
さっきからレイはアイたちの方を見ることもなくただただひたすらに歩き続けている。
何かがおかしいと感じながらも、アイたちはついていくことしかできなかった。
* * *
学校の校舎も同じく全体だ蔦や蔓に覆われていた。
「見た目ボロすぎだろ」
「一応これでも2年前に補修工事したらしいんだよね」
ー「2年前?」
アイはレイのその言葉に違和感を覚える。
レイはこの10年近くずっとともに生活していたはず。
なぜその間のことを知っているのか?
「ねえレイちゃ…」
「それじゃさっさと理事室行こうか。先生またせちゃってるし」
アイの声掛けを無視し、レイはまっすぐに学校玄関へと向かっていく。
その後姿をアイは怪しく見ることしかできなくなってきていた。




