第二十三話 上陸
話は一週間前に遡る。
セント・レオポンズ島を離れて3日、パリロイアは16ktで進んでいた。
「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜…気持ち悪い」
後部甲板ではアイが四つん這いになっている。
船酔いだ。
「おっかしいねぇ。最初に来たときは船酔いになんてなってなかったのに…。もしかしてやせ我慢してた?」
隣から節子がアイの背中を撫でながら聞いてくる。
ふと覗いてみると、その顔はニヤニヤと笑っていた。
「最初は『私は何回かおじいちゃんの船に乗せてもらったからね』とか言ってたのにね〜」
最初、節子は室蘭から出たときから2日ほど船酔いが止まらなかったがゆえに滅茶苦茶煽ってくる。
「うるさい…あのときは平気だったんだよ…」
アイは青ざめた顔で反論するが、その声には全く生気は感じられない。
「へぇ〜?じゃあ何でこんな事になってるんだろうねぇ?」
節子は撫でる手を止め、顔を覗き込んでくる。
何故か結構近い。
「たぶん、疲れてるからだよ…」
「はーい、言い訳いただきました~」
「…っ」
節子はケラケラと笑い始める。
節子の手前咄嗟に出した言い訳だったが、実際は違う。
みんなにはなにかいいづらかった。
普通なら船酔いなど絶対にしない。
しかし、パリロイアの船体と感覚を共有した今は違う。
自身が感じる揺れと艦に伝わる揺れ。
二重に感じられる波がいつも異常に三半規管を刺激し、船酔いを起こしやすくなっていた。
「まぁ実際疲れてるんでしょ?たまにはゆっくり休みなよ」
隣で第二砲塔の整備をしていた聡太も声をかけてきた。
「セツだってわかるんじゃないか?死にかけてたし…。いや死んでたか」
「いや、死んでなかったねぇわたしは」
「いや船酔いで何回か気絶してたでしょ」
「してないよぉ〜」
そんな馬鹿話を横で聞きながら、アイは再び吐き気をもよおしていた。
* * *
「あ゙ー、ラディオスのある大陸まであと22海里…。二時間ぐれぇか」
「そうだね」
一人はこの艦の艦長、八軒望夢。
もう一人は如月レイだ。
アイが「半PM」としての力を使い始めたことによって艦内の設備が異常なほどに進化するようになった。
いや、これこそが本来のパリロイアなのかもしれないが。
艦橋内は白く統一され、各モニターから空に浮くディスプレイが表示されるように。
艦の装甲には転移文様の他に様々な青い模様が浮き出るようになり、艦首方面には深く青い五枚の五角形の羽が花のように円形に配置され、その中心に八芒星が入った紋章が刻まれていた。
その他にも数え切れないほどの変化がある。
ここまで強化されてもなお「まだ本気ではない」とアイが言うので恐ろしいことこの上ない。
そんな船の艦長であるという重圧からかわからないが、望夢は今まで以上に皆に気を配ったり、今までしたこともなかったメモを取るようにもなった。
アイ曰く
「だいたい私ができるから一日中昼寝してる誰かさんと一緒にいてもいい」
というが、彼女のことを見ればそんな気にもなれない。
いつか彼女は身を滅ぼすようなことをするのではないかと望夢は思えてきた。
そんな事を考えながら、望夢は通信器のあった場所に行く。
そして全艦へと伝わる放送を流した。
「おーい、ついたあとのミーティングするから艦橋来てくれ」
* * *
アイたちが艦橋につくと、中央にある机に見慣れない大陸の全体像が映し出されていた。
「望夢、なんだい?この大陸は」
聡太が聞く
「大陸ってのはわかるのか」
「書いてるよ、ここに」
「…」
その大陸は北アメリカ大陸をそのままひっくり返したような形をしている。
更にその中央には巨大な湖が存在していた。
その地図の縁にはこう書かれている。
『ランドルト大陸』と
「この大陸に西に飛び出てるとこがあるだろ。ここに俺等の目的地がある」
そういいながら望夢はなれた手つきで地図を操作する。
大陸の一部分が拡大され、一つの巨大な街が見えてくる。
縮尺的に600mほどありそうなタワーを中心に街が広がっていた。
そこからポインターが飛び出る。
『学園都市ラディオス』
そこにはそう書かれていた。
「総面積1121.26平方キロメートル、総人口約120万人、約1,070人/km²の巨大都市だ」
望夢はさらに地図を拡大する。
街はさらにいくつもの区画に分けられていた。
「街はさらに30以上の『校区』というものに分けられ、それらが条約を結んでいたり敵対していたりするらしい」
すると、今度はレイが地図を動かし始める。
画面は中心街から徐々に東へと移動し、なにか寂れた雰囲気を醸し出すところで止まった。
「私が昔いて、君たちが入学することになるのがここ、『ヤヴィン校区タナヴィー高等学校』」
レイが指を指した建物は、よくあるthe・学校という何の変哲もないものだった。
「え〜。レイちゃんがいたっていうレッドソルジャーズの学校ならさ〜、なんか防壁とか砲台とかってのはないの?」
節子が机に両肘を置きながら聞く。
たしかにレイがいたという『レッドソルジャーズ』というものが軍隊のそれなのだとしたら、なにか要塞っぽくてもいい気がする。
しかし、レイにはなにをいっているのかわからない様子だ。
「普通の学校にそんなものはないよ」
「いや、そうだけど…」
「節子」
アイは節子を止める。
「そんなに言わなくても大丈夫だよ、これから色々わかるんだから」
小声でそう言っておく。
「ところでこの学校って全員で何人ぐらいいるの?」
アイは話の内容を変えておく。
あのまま進めれば学校でも楽しく過ごせないと思ったからだ。
ただ、レイはなぜか節子に聞かれたときよりも難しい顔をしている。
そして大きくため息を吐いてから言った。
「5人」
「え?」
全員耳を疑う。
「レイ、もう一度聞かせてくれ。最近耳掃除してなかったからな」
「そうだねぇ。おばあちゃんも最近耳が遠くなってきちゃったみたいだからね〜」
節子もおちゃらけたように望夢に便乗する。
レイは何かを諦めたかのようにまた大きく息を吐いた。
「タナヴィーにいる全校生徒は5人だよ。5人。何でそんなに少ないかはそこにいる先生に聞いて」
そう言ってレイはアイたちの後ろを指差す。
4人が後ろに勢いよく振り返ると、そこには藤色の髪をした男が立っていた。
* * *
突然現れた男に皆衝撃を隠せない。
たしかについさっきまでいなかったはず。
それか、いたが誰も気づかなかったのか。
「誰だ、アンタ」
すると、男は薄ら笑いを浮かべた。
そしてただ一言
「君たちの先生だよ」
アイが困惑の顔をレイに向けると、レイは大きく息を吐く。
「この人はロテル・ディカプリオ。わたし達の先生だよ」
「いや、それは、まあ、そうなんだろうけど」
アイの中に不信が募っていく。
今でも彼女の感覚はパリロイアとつながっている。
確かに2.3分前まではこの艦には絶対に5人しかいなかった。
だが、急に、突然、6人に増えたのだ。
まるで無から生まれたかのように。
「詳しいことはあとでいいだろう。今僕が知りたいのは何人学校に来るのか、だからね」
ロテルは話を逸らす。
レイを除く4人も仕方なくそれに乗る。
「何人かって、全員じゃないのか?」
望夢は腕を組む。
すると節子がなにかに気づいたような顔をした。
「あれぇ、言ってなかったっけ?わたしいかないよ」
「ああ、僕も」
「「ええぇ!?」」
望夢とアイの顔が勢いよく二人の方へ向き、きれいに声が重なる。
「え、みんな行くんじゃないの?」
アイは声を荒げた。
すると、節子は手を後ろで組む。
「だってさ、みんなで行っちゃうとこの船を守る人がいなくなっちゃうじゃん?それにここで色々調べるなら自由に動ける人がいたほうがいいじゃない。アトメンドクサイシ」
最後になにか小さく聞こえた気がするが、たしかに彼女の言うことも一理ある。
でも…
「みんなで行きたかったな、学校」
珍しく望夢が素直に呟く。
「大丈夫だよ。普通に街には行くつもりしてるし、学校には遊びに行ったりしようと思ってるからさ」
そうして節子は下手くそなウインクをした。
* * *
「それじゃあまとめと行こうか」
「何で先生が仕切ってるの」
ロテルが話し出すが、レイにとめられた。
しかし彼は逆にふんぞり返る。
「僕はこの先彼女らを預からなきゃいけないからね」
その答えにレイはため息をしながらも何も言わなかった。
「我が校への新入生はアイリーン・パラロイア・プロフィティアと八軒望夢の二名。あと復帰するレイぐらいかな」
「「はい」」
ロテルは満足そうに頷く。
「よし、じゃあ学校についたらまず一階にある理事室に来てくれ。そこで教材と制服一式を渡そう。レイは全部持ってるな?」
レイは何も言わず、親指を突き上げた。
「それでは新入生諸君、学校で会おう」
ロテルはそう言って艦橋を出ていく。
扉を閉めると同時に、アイの身体にまた違和感が走る。
さっきまで6人だった感覚が、また5人に減った。
4人がなにか狐につままれたような気持ちでいると、節子がいきなりアイの耳元に囁いた。
「学校に行くって言ったけどさ、船持っていけないんだけどどうすればいい?」
「あれ、今更?」
そんなことを言われ、笑いを堪えるのに少し気を使ったが何も問題ない。
アイは口元に人差し指をたて、綺麗にウインクをする。
「大丈夫、秘密兵器があるからね」
パラロイアは学園都市まであと10分の位置にまで近づいていた。
* * *
パラロイアはラディオスの沿岸から500mの位置に泊まっていた。
ラディオスにはこれといった港は存在しないらしく、ここから内火艇に乗って上陸することになっている。
「港がないなんて不便だな。貿易とかしてないの?」
聡太がレイに聞いてみるがレイは何も答えない。
それどころかどこかへいってしまおうとするほどだ。
「ちょ、待て。レイ?おーい」
「ごめん、わからないんだ」
そう言ってレイは頭を抑えた。
さっきからレイはたまにしゃがみ込んだり頭を抑えたりと不可解な行動をしている。
アイの言う戦争の後遺症にしては急すぎる気もするが…
「わからないならしょうがないか」
聡太も無理やり納得しておくことにする。
他にも不可解なことは山ほどあるが、気にするほどのものでもないだろう。
沿岸はテトラポットに覆われており、その先もまた3Mほどのコンクリートで固められている。
その奥には背の高いビル群の先っぽが少しだけ見えていた。
しかし、それ以上に目を引くのが空に浮かぶ幾重にも重なる光の輪のオブジェクトだ。
それぞれが少しずつズレながらもつながり合い、なにか神秘的な雰囲気を帯びている。
色は白から水色、そして薄黄色へと穏やかにかわる。
まるでこの世のものとは思えない美しさを聡太は感じていた。
「なーに見てるの?ソウくん」
すると、横から節子が話しかけてきた。
手を後ろで組み、なにか腰を折っている。
「少し街の方をね」
すると彼女は右手を顎に近づけた。
「あ〜、きれいだもんね、あの輪っか」
どうやらみんなあの輪を美しいと感じるようだ。
そうなると、聡太の頭の中に漠然とした不安が浮かんでくる。
雛罌粟家は昔から重工業で名を馳せたらしいが、その中に一つの教訓がある。
『美しいもの、神秘的なものには眼を光らせよ。されば厄災は避けられん』
昔からおとぎ話のように聞かされてきたものだった。
その中のこの言葉が深く、そして段々と聡太の心のなかに刻み込まれていく。
「そろそろ時間だね。お見送りに遅れるよ」
そう言って節子は聡太の袖を引っ張る。
「そうだね、行こうか」
聡太は節子に袖を引っ張られながら歩いていく。
船の後ろの方では、内火艇のエンジン音が鳴り響いていた。




