第二十二話 タナヴィー高等学校
いつからここにいるのかはわからない。
椅子に身体を貼り付けられ身動きは取れず。
身体には多くの配線が繋がれ、周りには多くのモニターが置かれている。
ガラスを挟んだ奥の部屋では白衣に身を包んだ大人たちが基盤を操作しながら話している。
だが何を話しているのかはわからない。
もはや何をするにも無駄だ。
何度も脱走を試みたが一度も成功することはなく、そのたびに拷問を受ける。
ついには真っ暗で無音のガラスのドームに閉じ込められ、精神的に追い詰められる。
舌を噛み切ろうとしたが直前に勇気が途切れ、そのままそこに泣き崩れてしまった。
そこから出られるのは今のように検査を受ける時か過激な訓練を受けるときだけだ。
もはや何を感じるべきかもわからなくなり、嬉しさも、悲しさも、苦しみも、何もかも無くなり、やがて抵抗することすら無意味だと理解した。
今の状況に疑問を持つことなくただただ従順に命令を受けるだけだ。
すると、奥の部屋から一人の研究者が出てきた。
そして一言
「おめでとう。君は最終試験を受ける権利を得た」
そう言って手足の拘束を外す。
なにが「おめでとう」なのか知る必要もない。
ただただ言われたとおりにするだけだ。
何を考えても意味はない。
研究者に連れられ、碧い髪をした女性は部屋を出ていった。
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1982年4月15日。
緑に覆われた廃墟の中を一両の鉄道が進んでいく。
鉄道の中には三人しかいない。
タナヴィー高等学校一年生となったアイリーン・パラロイア・プロフィティアと、同じく一年生の八軒望夢だ。(あと一人は車掌)
かつては数万人が暮らしていたであろう町並みは、今では木々や草花たちに飲み込まれ、その面影を残しているだけだ。
車窓の外を眺めながら、アイは頬杖をつく。
「相変わらず何にもないね」
「そうだな」
望夢は向かいの席で銃の手入れをしている。
彼の銃はバキバキに魔改造が施され、元の面影はシリンダーぐらいとなってしまっている。
形はほぼグロック拳銃だ。
「もともとは結構住んでたらしいな」
「そうなの?」
「カズサ先輩が言ってた」
「へぇ…」
たしかに町並みはちょっとした都市ほどもある。
だが、線路の両端の街は朽ちた住宅や商店が並んでおり、建物の壁は蔦に覆われ、割れた窓からは木々が飛び出していた。
まるで人が突然いなくなってしまった世界のようだ。
すると、少しずつ電車が速度を落としている感覚がした。
それと同時に車掌のアナウンスが流れてくる。
『次はヤヴィン校区中央駅。終点です』
「おっ」
望夢が立ち上がる。
「ついたみたいだね」
それに続いてアイも立ち上がる。
電車は金切り声を上げて駅に停車した。
駅のホームはシンと静まり返っており、カラスの泣き声だけが響き渡っている。
天井を支える柱はいくつかが倒れ、あるところでは天井が崩落していた。
「相変わらず不気味なところだ」
そう言って望夢はホームの階段を降りていく。
ここに来てまだ一週間だと言うのに道にも迷わず進んでいった。
いや、一週間なら普通なのか。
「ちょっと、待ってよ」
その後を追うようにアイは走ってついていく。
学校はここから10分ほど歩いたところだ。
* * *
「おはよーございまーす!」
アイの大きな挨拶が教室内に響き渡る。
「声がデケェよ。おはようございます」
後ろから望夢も入ってきた。
だが教室には一人しかおらず、しかも寝ている。
教室の中心に大きな机が置いてあり、その周りに7つの椅子が置かれていた。
その先輩は一番窓側の席で手を組み、うつ伏せになっている。
「アケミ先輩また寝てんな」
望夢がそういった直後、アケミの腕に光輪が浮かび上がる。
「あれぇ、アイちゃん望夢くんおはよ〜」
「あ、起きた」
アケミは眠そうに淡青色の長い髪を掻く。
「レイちゃんたちはまだ来てないよ〜。てことでわたしはまだ寝てるね」
「あ、寝た」
そう言ってまた先輩は寝てしまった。
初めてあったときも同じ体勢で寝ていた。
彼女は寝ることが好きなのかもしれない。
アイたちは自分の席へと座る。
二人の銃器はドア近くの重置き場に置いておいた。
アイは大きく伸びをしたあと
「じゃ、私も寝ようかな」
と言ってみたが
「アホか」
と即座にツッコまれた。
ー「少しくらいいじゃない」
そう言おうとした時、教室のドアが開いた。
「おはよ」
入ってきたのは肩の辺りまで伸びた銀髪を持った少女だった。
「レイちゃ…先輩!」
レイは眼を丸くする。
だがすぐに事情を察したのか、小さく笑う。
「別に今まで通りでいいんだよ?」
「いや〜なんというか…」
「俺らが中学の時はそう言わねえと何されるかわかんなかったからな。まぁ俺は今まで通りいかせてもらうが」
レイは驚いた顔をしている。
まあそのとおりだろう。
1980年代の中学校とは彼女たちから見れば魔界のようなものだ。
「そんな厳しいものなの?」
「えっとねぇ。厳しいっていうか先輩たちが怖い…」
「あ゙〜、説明がめんどいな…」
そんな会話をしていると、後ろから急に両肩を叩かれた。
「ヒャア!」
アイは情けない声を上げる。
「カズサ先輩!なにするんですか!」
「ふふふっ♪」
カズサは白茶色の髪をなびかせながら教室の奥へ向かう。
その背中には巨大な機関銃が背負われていたが、まるで気にしている様子はない。
10kgほどありそうだが重くないのだろうか。
というかいつ来たのか、全く気配がしなかった。
「アケミせーんぱい?起きてくださーい」
そう言ってカズサはアケミの肩を揺らす。
だが一向に起きる気配はない。
どうやら熟睡してしまっているらしい。
「ふーん?ならしょうがないですねぇ」
カズサは両手を揃えてアケミに近づける。
何をするか悟ったアイと望夢はすぐに耳をふさいだ。
次の瞬間、教室中を爆音が包む。
カズサが猫騙しを繰り出したのだ。
それによって身を震わせたものが”三人”いた。
「うへぇ!起きるよ、起きるからそれはやめてぇ〜!」
アケミのその言葉と同時に教室のドアの後ろから何かが2つ倒れる音が聞こえた。
「ん?なんの音?」
アイが言うと、望夢は立ち上がって思い切りドアを開ける。
するとその場に立ち上がってきた赤髪の先輩と頭をぶつけた。
「「いった!」」
二人の声が重なる。
望夢は額を抑えつつ後ろに一歩下がった。
「あ〜、悪いね望夢くん」
「なにしてんすか、ユイ先輩」
「いや、こっちのセリフだよ。教室に入ろうとしたらあんなバカでかい音がしたんだから」
それを聞き、望夢はアケミの方を見る。
そこではアケミが申し訳なさそうに小さく手を振っていた。
「ごめんね、私です」
「カズサ先輩だったのか…。シズカ、カズサ先輩だってさ、やったの」
ユイが後ろを見ると黒髪をした女性が倒れていた。
「あ〜…。望夢くん、運ぶの手伝ってくんない?」
「…」
* * *
「…ともかくこれでみんな揃ったね」
望夢とユイがシズカを教室内に運んだあと、シズカが目を覚ますまでに5分ほどかかった。
「まさかカズサ先輩の猫騙しで気絶するなんてね」
「音にびっくりしてひっくり返って頭ぶつけただけです!」
教室の黒板の前でシズカは顔を赤くして叫んでいる。
「ん゙ん゙っ。いいですか、私達は…」
「あの〜…」
シズカはがっくりと肩を落とした。
「なんですか、アイさん」
「先生はどこへ…」
「「「「「あっ」」」」」
ほか五人の声がきれいに揃った。
「…もう始業時間過ぎちゃってますね」
「過ぎちゃってるねぇ〜」
アケミは机に突っ伏したまま答える。
「またですか」
「しょうがないですね。シズカちゃん、今日は先生無しで始めましょうか」
カズサが助け舟を出す。
「そうしましょうか。では4月15日、廃校対策定例会議を始めます。望夢くん、書紀お願いします」
「はいよ」
望夢は立ち上がりゆっくりと黒板の前に出ると、スラスラと字を書いていく。
そこには『1982年度第7回廃校対策定例会議』と書かれている。
「現在の本校は多額の借金を抱えており、その額は12億ガルに登ります」
「相変わらず凄い値だね」
ユイが腕と足を組みながら呟いた。
「先月、1981年度3月分の返済額は67万ガルでした。先々月は92万ガル。この調子で進んでしまうと全額返済までにあと125年かかる計算となってしまいます」
全員の顔が曇る。
更にこれに利息もつくとなると、先を考えるのも恐ろしい。
「流石にこのままではいけないということで、先日皆さんに解決策の考案をお願いしたのですが、考えてきましたか?」
そう言い終わると同時にアケミがさっと手を上げた。
いつも眠そうな動きをしているというのに、驚くほどの早さだった。
「ふっふっふ。この学校の問題は借金だけじゃない」
「はい」
シズカは大きく頷く
「この学校の全校生徒はここにいる7人だけ。他の学校は400人とかいるのにね」
「そうですね」
「生徒数=学校の力なんだよ」
アイはなぜだか知らないが嫌な予感がしてきた。
「他の学校の生徒を拉致するんだよ」
「却下です!!!」
* * *
その後も会議は続いていった。
しかしはっきり言ってまともなものは一つもなかった。
レイは銀行強盗
ユイは宝くじ
カズサはアイドル成功
望夢は継続は力なり
アイはVLS売却
と誰も真面目に考えている雰囲気はない。
あえて言うならまともなのは望夢ぐらいか。
「皆さん…。真面目に考えてるんですか!?」
予想通りシズカは癇癪を起こしてしまった。
「いや、シズカ先輩。私は真面目に考えてますよ。ほかは知りませんけど」
「おい」
望夢が横から突っ込んでくるが、気にしない。
「私達が乗ってきた護衛艦に搭載しているVLSミサイルって一発5億ぐらいするんですよ。三発売っちゃえばすぐ返済できますよ。なにせ全部で八発ありますからね」
すると、先輩たちの顔が曇っていく。
そんな中で、アケミがゆっくりと話し出す。
「そうだね、たしかにアイちゃんの奥の手を使えば問題はぜ〜んぶ解決できる」
「それなら…」
「でも、その売った兵器がどこに行くかなんてわからない。アイちゃんだって自分で売っちゃった兵器で誰かが死んだら嫌じゃない?」
「それは…まあそうですけど」
「それに、この学校はみんなの学校だからね。こう行ったら甘いなんて言われちゃうけど、この学校はわたし達みんなのチカラで取り戻すべきだと思うんだ」
教室全体に沈黙が降りた。
「まぁ、これはわたしの考えだけどねぇ。『最年長の言うことは絶対』なんてことは言わないよ」
アケミはそう言うと、いつものように机へ頬を乗せた。
だが教室は先程までとは違う静けさに包まれていた。
誰もすぐには口を開かない。
やがてレイが小さく息を吐く。
「……私はアケミ先輩に賛成かな」
その言葉に全員の視線が向く。
「借金を返すことは大事。でも、それ以上に学校を残すことの方が大事だと思う」
レイは窓の外を見る。
校庭の向こうには古びた校舎が見えていた。
壁には蔦が絡まり、窓ガラスも何枚か割れている。
それでも彼女は穏やかに言った。
「何年もいなかったとはいえ、私はこの学校が好きだから」
その一言は妙に重かった。
普段感情を表に出さないレイだからこそかもしれない。
「まぁ、私もかな」
ユイが肩をすくめる。
「こんなボロボロの学校だけどさ」
「ボロボロは余計ですよ」
シズカが反射的に突っ込む。
「事実でしょ」
「事実ですけど!」
「ほら」
「うう……」
シズカは悔しそうに唸った。
その様子を見て、教室の空気が少しだけ和らいだ。
* * *
結局、その日は何も決まらないままお開きとなってしまった。
だが、得られたこと、確認できたことはあった。
今日はそれで十分だろう。
「おい、アイ。俺は帰るがお前はどうすんだ?」
教室のドアの近くで望夢は左手をポッケに突っ込みながら聞いてきた。
「わたしも一緒に帰るよ。ちょっとまってて」
そう言ってアイは帰る準備を始める。
その時ふと外を見ると、不思議な気分になった。
一週間前は何も馴染みのない未知の世界だったが、今は未知ではなくなっている。
そのことが不思議だったが、なにか満足にも思える。
アイは一回椅子に座り込む。
少女の頭の中に、一週間前の光景が浮かんできた。
初めてラディオスへと来たときのことだ。




