第十九話 プリンツ・オイゲンと訓練終了
アイたちが来てから3日。
少女たちはレジストのもと射撃訓練や戦術行動などを学んでいた。
その様子は洞窟に響く銃声や怒号である程度予測することができる。
その音を聞きながら葛城は苦笑する。
ー『団長の訓練って結構スパルタなのよね』
そんなことを思う彼女の目の前には第十二バースに泊まるパリロイアがいた。
船の周りでは多くの団員が木箱を積んだり船体の簡単な修復などを行っている。
「新しい物資ここにおいておきますね」
「ああ、ありがとうございます」
作業員は軽く頭を下げた。
作業員は簡単に木箱を確認すると手に持っていた端末を操作した後、他の作業員に船に持っていくよう指示を出した。
その後葛城の方に向き直るとパリロイアを指差す。
「たしかこの船って護衛艦潮でしたよね?なんか最近見る軍艦とかと全く違う形になってるんです?」
この数日間で幾度となくされた質問の一つをまたされた。
「一応記録上はまだこの船は『護衛艦潮』なんですよね。改造したのは…まあエクシードさんでしょう」
そう言うと作業員は驚愕の顔をしていた。
当然だろう、かつて彼らの見た『護衛艦潮』は日本海上自衛隊の『はるかぜ型護衛艦』のような姿をしていた。
しかし15年ぶりに見てみればその姿は『アーレイ・バーク級駆逐艦』(1980年代には存在しないため葛城たちは知らない)のような姿に変貌している。
久しぶりにあった親戚の子の成長具合に驚くよりも衝撃的な変化だ。
作業員は口を開けたまま船を見ている。
かつての面影をすべて失ったわけではない。
主砲は多少改造されたが形はそのままだし、艦内設備(椅子や机などに限定して)は殆ど変わっていない。
だが、それ以上に目を引くのが、上部構造物だ。
平面で構成されなるべく上向きの角度をし、ステルス性を意識した艦橋。
四面にそれぞれ設置された大型レーダー。
そして多数のミサイル垂直発射装置や速射式機関砲(PHALANX)など。
この時代では考えられないほど高度な技術によるものだった。
「いや、改造ってどころではないでしょう。あの上についてるレーダーなんて今じゃ作れないのでは?」
作業員が指さしたレーダーは確かに葛城でも見たことがなかった。
「作ったのは未来がわかる『プロフィティア家』ですし、こちらの護衛団の技術を使えば可能だったのではないでしょうか」
「そういうことなんですかねぇ…」
二人で不可解そうに首をひねる。
そうしていると、後ろの方から女性が話しかけてきた。
「Was ist zwischen euch beiden vorgefallen?」(ふたりでどうされたんですか?)
振り向くと、そこには金髪の女性が立っていた。
「あら、ユージン」
「Ich bin nicht Eugen. Ich bin Prinz Eugen!」(ユージンじゃありません。私はプリンツ・オイゲンです!)
オイゲンは胸に手を当てて誇らしげに言う。
ただドイツ語なので何をいっているかはあまりわからない。
「おかえりなさい、オイゲン。取り敢えず日本語にしたら?」
* * *
その後、作業員は新たな物資が届いたといって別のところへ行ってしまった。
葛城はオイゲンを連れてパリロイアの艦橋へと来ていた。
「いや〜お久しぶりですね葛城さん」
プロフィティア海域護衛団第二艦隊旗艦
『アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦 プリンツ・オイゲン』
潮や葛城と同じパーソナルモデルであり、ゆるくパーマのかかった金髪と青い目、そして肩についた”アイアンクロス”がトレードマークだ
「そうね、半年ぶりぐらいかしらね?オイゲン。デマトリアの様子はどうなの?」
「MAGISとVIA残党の小競り合いが続いてますね。たぶんこの先3ヶ月ほどで終わるでしょう」
「そう…」
デマトリア大陸。
セント・レオポンズ島から南東に2000km程先にある大陸であり、3分の一ほどが砂漠に覆われている。
天球戦争終結後、空中分解したHOOP・VIAの残党が拠点を作って抵抗を続けており、半年ほど前にオイゲン率いる第二艦隊がMAGISの支援に向かっていたのだ。
「あとVIA残党の中にも色々派閥が誕生してるみたいで…なーんか良からぬことを考えてるみたいですよ?」
オイゲンは後ろに手を組んで片目をこちらに向けてくる。
「良からぬこと?例えば?」
「それがわかってたらいいですよ。現状全くわかってません」
葛城は大きく息を吐いた。
天球戦争後の地球国際連合とMAGISの冷戦とHOOP・VIAの処理方法、更にアイ達といった未来を担う者たちへの教養。
頭の痛くなる案件がどんどん増えていく。
「さすがの第一艦隊旗艦も大変ですね」
「貴方も他人事じゃないでしょう?」
そう言うとオイゲンは窓に近づき、急に話を変えた。
「この船って潮ですよね、随分と変わっちゃって」
「そうね」
「もしかしたらこの船って…。この船の艦長は?」
「八軒望夢くんですね」
「ハチケン?桜雅の息子さんかなんかですか?」
「桜雅の姉の息子らしいですよ」
「へぇ〜…」
オイゲンは興味深そうに顎に手を当てる。
「その人もその…エクシードの娘さん…名前なんていいましたっけ?」
「アイリーンね」
「そう、そのアイリーンさんと同じとこにいたんですか?」
「詳しいことは知らないけどそうみたいね」
「あの人、人を集めるのうまいですからね…流石に偶然とは…」
一人考えにふけるオイゲンを静かに見つめる。
エクシード・プロフィティア
死してもその名はいたるところで耳にする。
彼が残した技術。
彼が残した思想。
彼が残した人。
まるでどこかでまだ生きているのではないかと思えるように、世界に影響を残し続けている。
ー「そんな人の子なんて、正気でやっていける気がしないわね」
葛城はアイに同情する。
そんな事を考えていると、再び洞窟の奥から乾いた銃声が聞こえてきた。
「なにかやってるんですか?」
「アイちゃんたちがラディオスに行くための訓練を受けているのよ」
「ラディオス!?あんなとこに行ってなんかいいことあるんですかね?」
「あら、貴方はいったことあるの?」
「いや、無いですけど…。いい話は聞かないですよ」
「そうね、でもあの子達が決めたことだから」
そういって葛城は微笑んだ。
洞窟の奥からする銃声は段々と激しくなっていった。
* * *
「つっかれた〜」
節子が後ろに倒れ込みながら叫んだ。
護衛団基地に来てからはや一週間。
長きに渡る地獄の訓練がようやく終わった。
単純な銃の射撃訓練からレイを含めた五人での団体行動、極限環境でのサバイバル訓練から魔法学まで。
あたりまえのことだが簡単なものは一つもなかった。(強いて言うなら両親に教わったサバイバル術が少し役に立ったぐらいか)
そんな中でも抜きん出て成績が良かったのが節子と望夢だ。
節子は持ち前の圧倒的身体能力を発揮し、護衛団の人相手でも近接戦闘で勝利するほどであった。
彼女に割り当てられたショットガン『ウィンチェスターM1912』とも相性がいいようだ。
ただ「もう少し弾が欲しい」とだけ言っていた。
望夢は戦術戦略双方の才能を花咲かせ、アイ達の司令塔として活躍してくれた。
彼の武器は『ル・マット・リボルバー』という拳銃が二丁だったが、まったくあつかえていない。
装弾数九発という異端に加えて、彼本来の銃に対するポテンシャルの低さから戦闘は全くできず、やむなく司令塔として励むことになったということもある。
「もう一歩も動けねぇ。アイリーン、連れてってくれ…」
右隣では望夢が大の字に寝転がっている。
しかしどこにつれていけというのか…。
「何で後ろで指揮してるだけの人が私より疲れてるのよ」
「あのな、頭使うのにも体力ってのを使うんだよ。年上を敬え」
何故か望夢はドヤ顔で指を指してくる。
たしかに一応彼は年上だが、1年上なだけだ。
学校では敬う対象になるかもしれないが、ふだん一緒に過ごすうえでそんなことをしようなど思わないだろう。
「まあ司令官としては敬うようにするよ」
アイはそう言っておくことにした。
しかし、今回の訓練でアイは全く成果を出すことができなかったと言っても過言ではなかった。
節子はチーム最強クラスの前衛、望夢はレジストも驚くほどの戦術戦略双方の眼、聡太は義手義足の訓練があったため除外するとすれば、アイは平凡だったとしか言いようがない。
彼女に与えられた銃は『SVDドラグノフ狙撃銃E-37』、いわゆるスナイパーライフルだった。
手渡され、試しに打ってみれば確かに的には当たった。
初見で撃って的に当てるというのはかなり難しいらしく、団員たちは驚いていたが、それだけだ。
特筆するべき狙撃能力もなければ、スコープを通した戦況把握もできない。
強いてあげるのであれば未来感知を応用した予測射撃ぐらいだが、これも感知するタイミングが全く読めないため戦闘中には使えない。
あまりにもチームの貢献できずにただただ時間を溶かしたようにしか感じられなかった。
そんな事を考えていると、頬に冷たい金属質のものが触れてきた。
「や、そんな悲観そうな顔してどうしたんだい?」
「ソウくん…」
聡太は一週間の訓練の内最後の1日だけ参加し、その他の時間はすべて義手義足の訓練に当てていた。
彼の装備は『FN SCAR』と『インタラクト合金製防弾盾』であり、『SCAR』はいわゆるアサルトライフルだ。
盾は直接義手に装着することが可能となっており、インタラクト合金から発せられる防壁波は対物ライフルほどのものでもない限り防ぐことができる。
彼が初めて義手義足を取り付け、7年ぶりに立ったときの光景は今でも脳裏に焼き付いている。
最初はすぐに転んだり、物を持つこともままならなかったが、今となっては普通に走り回ることも可能であり、義手の設定を変えて100kg近い握力を引き出せるようにもなったりした。
そんなことよりも彼が一番気に入っていることが「両利き」になったことだったのだが。
「別に…なんか嫌なことあったわけじゃないし」
アイは聡太の手を振り払った。
それを見て望夢は不敵に笑っている。
節子もやってくる。
「…何?」
「いや〜ふてくされてるアイちゃんがかわいいな〜とね」
「やめて」
節子もケラケラと笑い出した。
しかしアイにとっては全く面白いことではない。
父は世界に英雄として尊敬され、母もまたそれに劣らないほど有名な存在だった。
節子たちはそれぞれ抜きん出た才能を持ち、レイもそれ以上に強い。
なのに、アイにはなにもない。
ー「もっと何かみんなと違う力が欲しい」
そんな思いを抱きつつあった。
そうしているとうしろのほうからききなれた声がきこえてくる。
「おーいみんな」
「あれぇ、レイちゃんじゃん、どしたの?」
節子が聞くとレイはにっこり笑って親指で後ろを指した。
「訓練終了祝いと出発祝いでパーティするってさ」
* * *
港につくと、前に多くの人が集まっている。
その人混みの中心には大きな鉄板と大量の肉が並べられていた。
「焼肉だぁぁぁあ!」
節子が歓声を上げる。
「うるせぇよ」
望夢は即座に静止するが、彼自身もかなり嬉しそうだ。
しばらくすると港は宴会状態となった。
皆酒を飲み。
肉を食い。
騒ぎ合っている。
アイも久しぶりに全力で騒いだ。
なにせ肉を食べるのはほぼほぼ10年ぶりだったからだ。
戦争中、配給で肉は貴重品でありめったに食べることはできなかった。
生活の中でのタンパク質といえば魚だけ…
「鹿肉と熊肉はノーカンかい?」
「あ…」
聡太の指摘に顔が赤くなる。
柏先生から定期的に送られていた事をすっかり忘れていた。
「あ〜あ、先生悲しんじゃうかもねぇ」
そんなことでみんなで笑い合う。
本当にこんな楽しいことは久しぶりだ。
鉄板の上には今まで食べたことがなかった不思議な肉が並んでいる。
とんでもなく柔らかく、口の中で本当に溶けたのではないかと思うものからとんでもなく固く、石でも食べたかのような音がするものまで多種多様だ。
また不思議な野菜も並んでおり、南瓜やキャベツを筆頭に様々なものがある。
どうやら地球で取れたものもあるらしいが、見分けることはできなかった。
「少しおかわりしてくるが誰かついてくるか?」
「あたしついてくよ」
そういって望夢と節子は行ってしまい、聡太も
「飲み物とってくるね」
と何処かへいってしまい、席にはアイ一人だけになってしまった。
そんな席でひとり寂しく焼き鳥を食べていると、いきなり隣に皿が置かれる。
「Darf ich mich zu dir setzen?」(お隣いいかい?)
その女性は聞き慣れない言葉でそう聞いてきた。
ただ隣りに座りたいような仕草をしてきたので「OK」とだけ言うと、その女性は笑顔になって
「Danke」
といって座ってきた。
容姿は外国人そのものだったが、話した言語は明らかに英語のそれではなく、アイには聞いたこともないものだった。
なので一応
「I cannot speak English」
と言っておくと、女性は大きく目を見開いたあとに笑い出した。
「Hahaha! Das höre ich wirklich zum ersten Mal von einem Japaner. Ich dachte immer, dein Englisch sei perfekt.」(ハハハ!日本人でそれを言う人初めてみたよ。君の英語は完璧じゃないかい?)
と言って肩を叩いてくる。
正直弱化の恐怖を感じる。
日本人なら誰だって外国人が外国語を話しながらこんなにフレンドリーにしてくれば同じ気持ちになるだろう。
アイは勇気を出し、うろ覚えの英語で聞いてみる。
「can you speak… Japanese? And …can you speak Japanese?」
「Oh, tut mir leid.あー…これでいいかな?」(ああ、ごめんね⋯)
いきなりの日本語にアイは驚く。
「そこまで驚かなくてもいいんじゃないかな?」
「すいません。できるかどうか聞いたあとにこんな…」
アイは申し訳なさそうに頭をかく。
「まあいいわ、だいたいみんなそんな反応するし」
「はあ…」
「はじめまして。私の名前は『アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦プリンツ・オイゲン』。貴方の母や葛城と同じよ」
ー「何人目…?」
プリンツ・オイゲンと名乗った女性から聞いて、最初に思ったことはそれだった。
「まあ戦争の生き残りなんていっぱいいるしね」
アイの思いを汲み取ったのか、オイゲンはそう付け加える。
そして周りを見渡したあと
「ここじゃ場が悪いね、場所を変えようか」
そういったあと手招きをして歩き出した。
アイはテーブルに置き手紙をしたあと、オイゲンについて行った。




