第十七話 フィリア・フォグと空球
「お久しぶりです。リコさん」
10年ぶりに出会ったリコは殆ど変わっていなかった。
あえて言うなら髪型が変わった程度か。
「本当にひさしぶりね、アイ。結構大きくなったね」
「159cmですから」
「あれ?私より大きくなってない?」
リコはアイの額に手を付けて背を測るような仕草をする。
その手はリコの頭上5cmほどのところを素通りしていった。
それを見て二人で笑い始めた。
「リコさんは変わらないですね」
「それは褒め言葉として受け取っておくわ」
リコはまた小さく笑う。
その様子を見て節子はレイの耳元で囁く。
「ねえレイちゃん」
「なに?」
「なんかアイちゃんて大人の知り合い多いように見えるんだけど」
レイはそれを聞いて少し微笑む
「まあ、お父さんが知り合い多い人だったしそのせいじゃない?」
節子はそれを聞き少し納得がいったことにした。
だが節子にはもう一つ不思議なことがあった。
「あと、アイちゃん記憶力良くない?普通十年前のことなんて覚えてないとおもうんだけど…」
「エクシードさんも記憶力がいい人だった。遺伝じゃない?」
節子は今度はあまり合点がいかないようだ。
「それだったらエクシードさんていろいろとすごい超人じゃん」
すかさずレイは答える
「まあ、超人だったし」
それを遠くから見ていた聡太はかなり困惑している。
「あの〜僕らはどうすれば…」
「取り敢えず俺等は船に戻ってるぞ」
望夢も少し苛ついてきているようだ。
「まあまあ、落ち着きなよ少年。いい顔が台無しだよ」
望夢は驚き横を見る。
そこには金色の短い髪をした女性が立っていた。
そしてリコと同じ長い尖った耳をしている。
「ふふふっ、かわいい顔してるわね。『誰だお前』ってとこかしら?」
女性は嘲笑うかのように望夢の方に手を置く。
「なんであなたはそういうことを…」
リコは呆れたかのように手で顔を覆う。
女性はそれを見て更に笑い始める。
「あ、あのリコさん。この人は…」
アイは困惑しながらリコに聞いてみる。
リコは頭を掻きながら困ったような顔をして答えてくれた。
「彼女はフィリア・フォグ。一応空球での魔法使いの最高峰の一人よ」
「へぇ〜」
節子はフィリアと呼ばれた女性を上から下まで見てみる。
「あんまり強そうには見えないねぇ」
「おっと、そりゃ失礼だね」
フィリアは胸に手を当てて大げさに傷ついた仕草をした。
だが確かに「空球での魔法使いの最高峰」と言われてもにわかに信じられない。
少しはねた耳に掛かる程度の金髪と灰色の目。
服装は少しだるめのワンピースの上にパーカー、更に靴はタップサンダルというまるでただの一般市民のような姿だった。
「こんな姿だけど空球魔導連合国魔法協会の最高議長でMAGISMEMORIっていう最高法印持ってる大魔法使いなのよ?」
「いやぁ~嘘だねぇ」
「嘘だね」
「何でよ!?」
「いやふつう信じないだろ、そんな形しといて」
アイ、節子、望夢は一向に信じようとはしない。
だが普通の人が彼女を見てそれを信じろと言われても信じることはほぼできないだろう。
ある意味正常な判断とも取れる。
そんな見苦しい光景を見ながらリコは深い溜息を吐きながら言う。
「残念ながら彼女の言っていることは本当だよ」
「本当なんだ…」
今度は全員が少し引いた。
フィリアは少しにやりと笑いながらアイの方に歩いていく。
そしてアイの黒い目をじっと見つめる
「貴方がアイリーン・パラロイア・プロフィティアね」
「え?」
「相変わらず父そっくりの目してるわね」
アイの胸がどくんと跳ねる。
また父を知る人だ。
「父を知っているんですか?」
そう聞くとフィリアは優しく微笑んだ。
「ええもちろん。なにせあの子に魔法を教えたのは私だからね。貴方が自分の父について知りたいなら全部教えてあげるわよ?何から何までね」
フィリアは少し顎を引いて不敵に笑う。
その目は何かアイを試すような目をしていた。
「フィリア、そこまでよ。エクシードに言われてるでしょ」
リコが割って入ってくる。
そうするとフィリアは横目でリコを見たあとアイの横を素通りしていった。
「はいはい、じゃあ頼まれた仕事をするとするわ」
そう言ってフィリアは右手を上げながらパリロイアに向かって歩いていった。
* * *
それから2時間後。
アイたちは硫黄島司令部のある建物の客間に通されていた。
その部屋は奥に一つの大きな机と真ん中に2つのソファ、その間にテーブルと至って普通の客間だ。
そのソファの上でアイたちは休んでいる。
肩の上には寝ている節子の頭が乗っかっていた。
そんなアイはつい2時間前に言われたことを思い出していた。
『貴方が自分の父について知りたいなら全部教えてあげるわよ?何から何までね』
フィリアの言った言葉はアイの胸の中に残り続けている。
10年前に一ヶ月だけ会い、そしてどこかも知らないところで静かに死んだ父のことを知りたいという気持ちは彼女の心の中に大きく存在している。
そして父のことを知る人物がすぐそこにいるという事実。
これが彼女の気持ちを急がせている。
だがその言葉とともにフィリアがした「何かを試すかのような目」が鮮明に脳裏に焼き付く。
『早く父のことを知りたい』という気持ちと『知ってしまえばなにか良くないことが起こる』という感覚が彼女を支配していた。
そんな事を考えていると、紙コップを持った望夢が近づいてきた。
「ずいぶんとお悩みのご様子だな」
彼は無神経にも言ってくる。
そのことにアイは少々腹がたった。
「まあね。でも望夢になにか関係あるの?」
アイは少し「しまった」と思った。
いくら少し腹がたったとはいえ、こんな突き放すようなことは言わないほうが良かったかもしれない。
だが望夢はそんなことも気にする様子はなかった。
「そりゃ大アリだ。うちの大事な船員が大きな悩みを持っているのならその助けにならなきゃな。変なこと考えて問題を起こされたら困る」
どうやら彼なりの艦長としての責任感あってこその気にかけだったらしい。
だがそれでもアイは嬉しかった。
「それはそうかもね。じゃあ聞いてもらおうかな」
アイは首をひねり望夢をしたから見上げるような体制を取ってみた。
でも彼は「何してんだ?」と言いたそうな顔で見てきたのですぐにやめ、悩んでいたことを話した。
そうすると望夢は
「そんなすぐ悩むようなこと無いだろ、このあとお前の父と関係大有りな場所に行くんだからよ」
といってさっさと向かいのソファに戻っていった。
それと同時にドアが開き、硫黄島の軍人と思われる人が「荷物を持って港に来るように」と言ってきた。
アイは肩から膝に落っこちた節子を起こし、荷物をまとめ始めた。
そうしていると節子が
「なんかごきげんだねぇ。なんか吹っ切れた?」
と聞いてきた。
そう言われた時、アイの口元には小さな笑みがこぼれていた。
* * *
「うへ〜なんじゃこりゃあ」
節子は間の抜けた声を上げる
軍人に呼ばれたあと、アイたちは軍港に戻って来ると、パリロイアの灰色の船体に水色の文様が刻まれていた。
「あら、おかえりなさい」
フィリアはパリロイアの方を見ながらワンピースのポケットに手を突っ込み、アイたちの方に歩いてきた。
「あの、フィリア…さん。この文様は…」
聡太が遠慮がちに聞いてみる。
「ふふっ、いい質問だね車椅子の少年よ。アイなら見覚えがあるんじゃないかしら?」
フィリアがそう言うと全員の顔が一斉にアイの方に向く。
それを見てアイは少し後ろに引いた。
「まあ、一応…」
「どこで見たんだ?」
すかさず望夢が聞いてくる。
その勢いにアイは一瞬言葉に詰まった。
「お父さんが乗ってた『戦艦ムサシ』に似たような文様が入ってたの。あっちはオレンジだったけど…」
「That's right!よく覚えていたわね」
フィリアは無駄にいい発音で行った。
「この文様は『転移魔法文様』。これに魔力を通せば好きなところに転移することができるすんごいやつよ。『ムサシ』に刻んでたやつは試作品だったけど、この船につけたのは完成品よ。感謝しなさい」
フィリアは自慢げに胸をそらす。
「じゃあこれで空球に行けるってことなんですか?」
「そのとおりですよ。ただいくつかの注意点があるので説明しておきますね」
聡太の問いにリコが答え、一枚の紙を取り出してきた。
転移魔法文様 使用規定
一、転移対象について
転移できるのは本艦および転移開始時点で本艦内部に存在する人員・物資に限る。
二、転移可能回数について
転移魔法文様に蓄積された魔力による転移は最大四回まで可能とする。
三、魔力再充填について
使用済み魔力の再充填には一回分につき約十三時間を要する。
四、安全確認について
転移実行時は転移先座標を中心として半径四百五十メートル以内に障害物、構造物、艦艇その他の異物が存在しないことを必ず確認すること。
五、転移手順について
機関室内のワープオブジェクトに転移先座標を記録したマターコアを装填する。
所定の魔力球を投入する。
システムによる座標確認後、転移を開始する。
「これ、『転移する際は半径450m以内に異物がないことを確認』ってあるんですけど。異物あったらどうなるんですか?」
聡太がリコとフィリアに聞くと、二人は顔を見合わせ少し黙ってしまった。
先程まで軽口を叩いていたフィリアも慎重な顔になっている。
「リコ…」
「貴方が説明して」
「えぇ~」
フィリアは露骨に嫌そうな顔をする。
「何なんですかその反応。そんなやばいんですか?」
望夢が不安そうに聞く。
フィリアははねた頭を掻きながら答えた。
「簡単に言うとね」
一度言葉を切ったあと、あっさりと答えた。
「船が吹っ飛んじゃう」
その瞬間全員が固まる。
「いやいやいやいや〜。そんなあっさり言う事?も〜っとなんか無いの?」
節子は椅子に座って肘をつきながら言う。
「いやまあ、正確には吹っ飛ぶと言うよりかは空間崩壊なんだけど…。まあ安心しなさい。私は失敗したこと無いし、しっかりルールを守れば危険は少ないわ」
「あんまり信用できないねぇ」
節子の速攻の返しに全員が吹き出した。
フィリアだけが不満そうな顔をしている。
「ひどいわねぇ」
「信用がないんですよ」
「何でリコまでそんな事言うのよ…」
港に笑い声が響き渡る。
そんな中、整備を終えたパリロイアは淡い水色の光を放ち始めた。
「ん。フィリア、準備できたみたい」
レイがそう言うとフィリアは「そう」と言ってみんなに船に乗るように言った。
* * *
パリロイアへの乗艦を終えたアイたちは、それぞれの持ち場についた。
夕日はすでに西の空へ沈み始め、硫黄島の防壁を赤く染め上げている。
軍港の中には多くの軍艦がいたが、その中でもパリロイアはどこか異質だ。
灰色の船体に刻み込まれた水色の文様が淡く発光しているように見え、どこか非現実味を帯びていた。
「全艦状況確認」
艦橋で望夢が艦内電話越しに言う。
「機関異常な〜し」
節子。
「転移装置セット完了」
レイ。
「操船系統問題なしだよ」
アイ。
「武装もオッケー」
聡太。
望夢は頷き、通信機に手を取った。
「こちら護衛艦パリロイア。出港準備完了」
そういった数秒後、返答が来た。
「こちら硫黄島管制塔。了解、出港を許可する。楽しんできなよ、未来を担う冒険者達よ」
最後はフィリアからの応援メッセージだ。
その後通信が切れ、ゆっくりとパリロイアは港を離れていった。
* * *
周りに陸地は見えず、ただただ広い大海原が広がっている。
空は快晴。
爽やかだが潮っぽい海風だけが吹いている。
そんな中、フィリアが刻んだ転移文様は青白い光を淡く出していた。
「え〜と、これでいいんだっけ?」
パリロイアの機関室でアイはマターコアを設置しようとしていた。
コアの中には複雑な魔法式が浮いている。
フィリアが刻んだのだろうが、読めるものは誰一人としていない。
「さて、それじゃ起動するけど今更降りる人いないよね?」
全員が頷く。
当然だ。
ここまで来て引き返す理由など無いのだから。
アイがコアをオブジェクトに接続すると、機械音声のような声が頭の中に響く。
『転移術式の起動を確認。魔力球を設置後速やかに離れてください』
アイたちは言われた通り魔力球を設置したあと、その場をすぐに離れた。
そうするとオブジェクトの周りに三重の魔法陣が展開した。
『転移を開始します。領域内に異物なし。カウントダウン開始』
艦の外では海が半球形に割れ、パリロイアが空中に浮くような状態になっている。
船体に刻まれた文様は眩い光を放ちながら全体に広がっていく。
そして上空に陣が展開されたのに気づいた直後、カウントは「1」に達し、周囲は暗転した。
* * *
暗転がいきなり終わると、船は海の上に浮かんでいた。
「ここが空球?なんか変わったようには見えないんだけど…」
アイの言う通り、周りは先程までいた大海原と何も変わらないように見えた。
青い海。
青い空。
見えない島影。
「う〜ん。失敗しちゃったんじゃない?」
節子がレイの方を見ると、彼女は微笑んで言った。
「いや、失敗はしてないよ」
「でも景色変わんないよ?」
そうアイが聞くと「ふふふっ」と笑って
「そうだね、たしかに景色は変わらない。でもこの先地球じゃ見れないこと、体験できないことにいっぱい出会える。楽しみにしてな」
そう聞いてアイはまた海の方を向いた。
彼女が知る世界はこの山と海に挟まれた狭い街しかなかった。
しかし今、「海の先にある自分の知らない世界を見に行く」という昔の夢を叶えられる気がしてきた。
「ん?おい、あれ」
望夢が指した先に三隻の船が見えてきた。
そうすると、いきなり艦橋の通信機のスイッチが入り、男性の声が聞こえてきた。
『こちらプロフィティア海域護衛所属強襲揚陸艦[天城]。駆逐艦潮に告ぐ。我らのホームへ招待する。つづけ』
アイたちは不安そうな顔をしてお互いを見る。
その様子を見て、レイは笑いながら
「『招待する』って言ってくれてるしついて行ってみたら?大丈夫、何かあってもここならあなた達を守れる」
そう言ってくれた。
「ならついて行ってみるか」
その望夢の言葉と同時にみんなは持ち場に着く。
そんな中、アイは一つの疑問を例にした。
「”ここなら”ってどういうこと?」
その問いに、レイは微笑んで返すだけだった。




