第十五話 旅立ち
天球戦争。
通称”第三次世界大戦”終結から実に7年の歳月が経過した。
世界はようやく「復興」という言葉を思い出し、回復に向かっているかのように思えた。
だが、それは多くの人の思い違いである。
欧州では崩壊した国家群があるところでは併合し、あるところでは分裂する混沌とした世界となっている。
さらに武装勢力も数多く残っており、テロが頻発している。
アメリカでは「アメリカ」と呼ばれた国は消滅し多くの州連合が乱立、独立するようになった。
更にその州連合同士が戦争を始め、北米大陸の平和は一向に訪れそうにない。
中東では第四次中東戦争は沈静化していったが、無数の難民都市が生まれ、全く収集がつかなくなってしまった。
アジアではもはや国と呼べるものも無くなり、さながら原始時代のように多くの集落が乱立し、その間で小規模な戦闘が繰り返されては新たなる死体が生まれていっている。
日本では3つに別れた首都は再び東京にまとめられ、まともに復興を進める数少ない国の一つとなっている。
だが、それでも多くの失業者、全く手の回らない食糧問題、増え続けるテロリズム。
戦後処理の解決ははるか先に思える。
世界はまとめ役を失い、さらなる混沌へつき進んでいく。
HOOP・VIAとの戦争で世界の21%が亡くなり、後悔と悲しみ以外の何物も残すことはなかった。
「なんのための戦争だったのか」
「なんのために勝ったのか」
そんな疑問が人々の中に生まれ、それがいずれ巨大な怒りへと変貌し惨禍を巻き起こすことは明白だった。
このままでは子どもたちは安全に生活し、大人へと成長することは不可能だろう。
そう考えた潮は、レイに「アイたちをラディオスへ連れて行って、見守ってほしい」と頼んだ。
それがどんな結果をもたらすのか、少年少女たちにどのような影響を与えるのか誰にもわからない。
だが、それが今できる最良の選択だろうと潮は考えたのだった。
* * *
「すごい立派になったね」
思わず少女は声を漏らす。
その少女はもう小さな少女とは呼べず、一人の女性と呼ぶべきかもしれない。
先日中学校を卒業し、新たな世界へと旅立とうとしている碧い髪、漆黒の瞳を持った少女。
アイリーン・パラロイア・プロフィティアだった。
巨大なクレーン。
大量のコンテナ。
修復され、かつ数が増えたドック。
そして海上にはところ狭しと漁船が並んでいる。
先の戦争で壊滅的な被害を受けた室蘭港は今や日本有数の巨大港へと姿を変えた。
「いやぁ~ホントにすごいことになっちゃったねぇ、アイちゃん」
隣には灰色の髪と薄茶の目を持った規格外、峯条節子がいる。
彼女もまた成長し、もはやなにかのアスリートなのではないかと思えるほどの身体能力を培っている。
母も父も全く運動系ではないのにどうしてこう彼女はなってしまったのか不思議に思えるほどだ。
「アイ、セツ。いくよ」
後ろから声が聞こえてくる。
レイの声だ。
相変わらず無駄なことを言わない無口な彼女はこの七年間全く姿が変わることはなかった。
綺麗な肩までの銀髪、手首と足首に光るスコープのレティクルのような光輪、そして肩から下げた小銃、AK-47R。
何も変わることはなかった。
「「はーい」」
二人の声が重なる。
「まあこの景色も見納めだねぇ」
「そうだね」
彼女たちはこのあと、レイに連れられて聡太、望夢とともに護衛艦パリロイアに乗って空球にある場所。
”学園都市ラディオス”に行くことになっていた。
* * *
遡ること2週間前。
中学校での卒業練習を終え、家に帰ったときだった。
「ねえアイ、私達の学校に来ない?」
いきなりレイにそう言われ、アイはもちろん困惑した。
たしかにアイは中学のあとの進路について悩んでいた。
このまま室蘭の何処かの工場に就職することになるんだろうなと漠然と思っている程度だった。
「もちろん節子や聡太、望夢も誘ってる。どう?」
アイには別に断る理由はなかったが、突然のことで理由が聞きたくなった。
「ちょ、ちょっと待って、どういうこと?」
「潮さん、貴方のお母さんに言われたの。『あの子あのままだとただの工場に就職するつまらないことになっちゃうのだけど、レイはなにか考えはない?」って言われて。なら私の母校に連れいこうかと」
なんとなく合点がいった。
最近母やレイの動きがおかしいなと思っていたところでもあったからだ。
でも、このまま普通の生活をするのなら、もっと別のところに行きたいという思いはとても強かった。
「いいの?」
一応聞いてみる。
「もちろん、アイが決めて」
レイは少し身を乗り出して答える。
それにアイは少しのけぞってしまったが、はっきり答えた。
「じゃあ行こう!レイの母校へ!」
* * *
そしてその2週間後、今に至る。
アイたちは今、潮洞窟に来ている。
もちろんそこにいるからだ。
護衛艦パリロイアが。
「アイリーン、荷物はこれで全部か?」
パリロイアの右舷甲板から望夢の声が聞こえてくる。
いち早く洞窟に来ていた彼は母とともに艦の最終整備をしていた。
望夢はほぼ闇とも思えるほどの髪と目を持ち、右目には二本の細い傷跡がついている。
そして何度も「アイと呼んでほしい」と言い続けても「次からね」と流されてしまっていた。
「うん、だいじょうぶだよ。ありがとね」
「ああ。節子は?」
「あたしもだいじょうぶだよ〜」
隣りに居た節子もゆったりと答えた。
「あとはソウくんだけだね」
そのすぐ後、入口の方から車椅子の音が聞こえてきた。
「おーい、おまたせー」
聡太は右手を振りながら可奈美に車椅子を押されながらやってきた。
彼は茶色の髪と目をしており、戦争中に左手足を失ったことでずっと車椅子生活を続けている。
長袖とズボンで隠してはいるものの、その痛々しい姿を完全に隠すことはできない。
「本当にあんな状態のソウくんを連れて行ってだいじょうぶなのか」
アイはそんな思いに駆られる。
「だいじょうぶだよ、アイ。僕は元気だから」
そんな事を考えているのがバレたのか聡太は笑顔で右腕で力拳を作った。
「そっか、ならだいじょうぶだね」
アイはそう言うしか無かった。
「よし、これで全員揃ったな。全員乗りな」
艦長帽子を被った望夢が言う。
「あー、ちょっと待って」
アイたちは親たちに別れの挨拶をしに行った。
* * *
アイはゆっくりと潮の前に立った。
母はいつも通り優しく微笑んでいる。
でも、その目は少しだけ赤かった。
「お母さん」
「なあに?」
「行ってくるね」
潮は何も言わずアイの頭を撫でた。
昔から変わらない優しい手だった。
「いっぱい見てきなさい」
「うん」
「いっぱい勉強して」
「うん」
「いっぱい失敗して」
「うん」
そこまで言うと潮は少しだけ笑った。
「そして帰ってきなさい」
アイは少しだけ目頭が熱くなる。
「うん!」
力いっぱい頷いた。
その隣では節子が父親に抱きついていた。
「ちゃんとご飯食べるんだぞ」
「わかっとるってぇ」
「嘘つけ」
「なんでぇ!?」
いつも通りのやり取りだった。
だが周作の目には涙が浮かんでいた。
望夢は父親の龍之介と短い言葉を交わしていた。
「行ってくる」
「ああ」
「帰ってくる」
「ああ」
たったそれだけだった。
だが二人には十分だった。
聡太の方では可奈美が何度も息子の肩を撫でている。
「無理しないのよ?」
「しないって」
「絶対よ?」
「だからしないって」
困ったように笑う聡太。
しかし最後には小さく、
「ありがとう」
とだけ言った。
可奈美はそれを聞いて泣き出してしまった。
旅立つ子がいるのならば、それを見送る親がいる。
この先の激動の時代を生きていくために、成長していくために親ができるのは応援以外に考えつかない。
そう潮は思った。
* * *
「よし、全員乗ったな」
望夢が確認する。
5人は接岸している右舷甲板に集まって最後に「行ってきます」と挨拶をして、それぞれ事前に決まった位置についた。
洞窟の中は波の音が反響している。
そこに腹の底から響くようなパリロイアの機関音が混ざり込む。
岸の方では親たちが手を振っている。
巨大な鋼鉄の塊が少しずつ進んでいく。
だが前方には洞窟にこの船を隠すための壁がそびえ立っている。
「全艦、射撃用意!目標、前方の岸壁!」
望夢の掛け声とともにパリロイア前方第一主砲が動き出す。
「照準オッケ〜。いつでもいいよ」
引き金を持った節子が艦長に合図を送る。
「撃てぇっ」
号令とともに主砲は紅蓮の重核子ビームを放ち、岸壁を木っ端微塵に粉砕した。
そこに起こった土煙を船はすり抜け、大海へと身を乗り出す。
目の前には群青の無限に広がるとも思える海が広がる。
そしてその後ろには彼女らが15年の月日を過ごした街が広がっている。
街も。
港も。
工場も。
みるみるうちに小さくなっていった。
「ねえ、レイ」
アイが声を掛ける。
「ラディオスってどんなところ?」
レイは少し考え込む。
そして少し微笑んでいった。
「変なところ」
「え?」
「でも貴方はきっと好きになる」
それだけだった。
ただ1隻、大海原に浮かぶ一隻の船。
それを遥かな空からもう一つの惑星が見守っている。
これにて 第一章 第三次世界大戦編 を終了します。
第二章 学園都市ラディオス編 もどうぞよろしくお願いします。




