第十三話 続く戦争③
第三次世界大戦が始まりすでに3年が経過しようとしている。
世界は相変わらず崩壊への階段を登っていっている。
しかし何かがおかしい。
それがなにかはわからないがHOOP・VIAによる侵攻速度が極端に遅くなっていることがその違和感の一つであることは明白だった。
「もうすぐ戦争が終わるかも知れない」
そんな淡い期待を人々は持ち始めている。
そんな中、アイは最近多くの夢を見るようになっていった。
* * *
ある日の夢は夕飯に熊が出るというものだったり、またある日は学校での授業の一幕だったりもした。
そこまではアイも「夢見るの多くなったなぁ」程度にしかおもうことはなかった。
しかし、少しずつおかしなことが起こり始めた。
夕飯が熊になる夢を見た3日後、夕飯が熊の煮付けだった。
また学校での夢を見た次の日に全く同じシチュエーションの授業が起こった。
アイも流石に全てが偶然だとは思えなくなり、節子やレイに相談したが何も解決することはなかった。
「アイちゃんついに未来予知に目覚めたのかもねえ」
節子が冗談で言った言葉が何故か現実味を帯びていった。
そんなある日、また夢を見た。
だがいつもの日常の夢だった。
しかしいきなり、視界の端で大きな爆発が起こったところで目が冷めた。
* * *
「爆発の夢?」
夢を見たその日、アイとともに3年生となった聡太にその事を話してみた。
「うん。私が予知夢みたいな夢見てるっていうのは知ってるしょ?」
「まあ一応」
「多分それだと思う」
「はあ…」
聡太は顎に左手をつきながら聞いている
「聞いてる?」
「いや聞いてるよ。その夢が気になって気が気じゃないんでしょ?」
「うん」
聡太は手を組んで前を向いた。
一応考えてくれているようだがアイはあまり期待していない。
節子もレイもあまりいい答えは持っていなかった。
更に爆発のこととなれば聡太がいい考えを思いつくとも思えなかった。
「じゃあそこにいってみればいいじゃないか」
「へっ?」
アイが想像していた答えの斜め上の答えが帰ってきた。
「いやいやいやいやいや、ダメダメダメダメ。爆発だよ、危ないんだよ、絶対にいっちゃだめ。場所はわかるけど教えないから!」
アイは大声で否定する。
当たり前だ、行けばほぼ確実に死ぬ。
しかもその爆弾はレイが止められなかった空襲のものかも知れない。
アイは誰かが被害に合うのも見たくなかったし、それでレイが苦しむのも見たくない。
だからこその大声だった。
「わかってるからそんな大声出さなくてもいいよ。それに僕は方向音痴なのにそんなとこに行けるわけ無いでしょ?」
「でも…」
「だいじょうぶだって」
聡太は「心配するな」とでも言うような顔でアイを見る。
それでもアイはさらに漠然とした不安を持ってしまっていた。
* * *
「あ、アイちゃん一緒にか〜えろ」
学校の玄関で節子にあった、でもアイはそれどころではない。
聡太に「場所がわかる」なんて言ったが本当は嘘だ。
早く場所を特定してなにかかしらの対策を取らなければいけない。
そのことで頭がいっぱいだった。
「アイちゃんも悩み事か〜。どしたの?」
「えっ」
節子はいきなりアイの顔を覗き込んで聞いてきた。
まだ何も言ってない、なのにそう聞いてきたのだ。
「別にアイちゃんが言わなくてもわかっちゃうよ?だって顔に『どうしよう』って書いてあるもん」
節子は無邪気に笑いながらそう答えた。
「…すごいね」
驚きを通り越してもう半分呆れだった。
学校内トップの運動神経にプラスしてさらに人間観察も得意らしい。
「ふふっ、で、な〜に困ってるの?お姉ちゃんに言ってみ〜?」
「セツは私より一個下でしょ」
「いいじゃん♪」
アイは今日見た夢のこと、そして聡太に相談したことすべてを話した。
節子は今までにないほどよく聞いてくれた。
そして一言。
「たぶんボウムに聞いたらいいんじゃないかな?それ」
といってくれた。
* * *
「ということなんだけど…」
「お、おう…」
更にまたその日の放課後、アイは望夢とともに旧室蘭港近くの堤防に来ている。
堤防の周りには崩れたテトラポットが散乱し、その間を小さな魚が泳ぎ回っている。
港は今瓦礫はある程度片付けられ、最低限の港の機能を果たすようにはなっていた。
だがまだまだ完全回復にはほど遠い。
今も港には三隻の小さな漁船が停泊しているだけであった。
だがそれでも漁師たちは笑顔であった。
自分の仕事が再びできるという気持ちが大きいのだろう。
だがその漁師たちの中に祖父は入っていなかった。
「爆発ねえ、取り敢えず今日じゃないのは確かじゃない?」
「え、なんでそうなるの?」
「だってさ…」
その時、望夢はいきなり身体を固まらせる。
「今なにか聞こえなかったか?なんかこう、『ゴオオ…』って音が…」
「え?いやなにもきこえないけど…。
その直後、遥か彼方から鈍重なアイにもエンジン音が聞こえてきた。
「嘘、何あれ…」
「アイ、逃げたほうがいい」
遥かな空から三年ぶりに爆撃機が飛んできているのが二人の目に写った。
呆然としていた二人の耳を空襲警報のサイレンが突き抜ける。
そしてほぼ同時に港のスピーカーから放送が始まった。
「空襲警報発令!空襲警報発令!作業を進めている者は直ちに直近の防空壕へ避難してください!繰り返します…」
アイたちの目には三機の爆撃機とそれを護衛する戦闘機が見えた。
その姿は三年前と全く変わらない。
全体が黒く、人を殺すためだけに作られた怪物の無機質さが脳裏に蘇る。
「おい!坊主ども何をしてる!速くこっちに来い!」
近くにいた漁師が二人のことを大声で呼びつける。
「アイ、行こう」
そう望夢に腕を取られたときにはすでに爆撃機はアイたちの頭上に来ていた。
アイには弾薬庫が開き、そこから落ちてくる爆弾がスローモーションに見える。
「よっしゃ来たな!中に飛び込め!」
間一髪で防空壕内に投げ込まれたアイたちの耳を爆弾の破裂音が震わせる。
「きゃああ!」
再び聞くことになるとは思わなかった悪魔のラッパがまた室蘭の街で奏でられ始めた。
* * *
だがその十分後、空襲警報が鳴り止んだ。
「ん?もう終わったのか?」
「案外あっけないな」
一緒に防空壕に入っていた漁師の人たちは口々にそう話し始める。
「坊主どもはそこで待ってな、ちょっと外に出てみる」
アイたちを防空壕に呼んだ漁師はそう言って恐る恐る外に出る。
「おい、もう出てだいじょうぶだぞ」
すぐにその漁師は扉を開けていった。
アイたちもぞろぞろと防空壕の外に出ていく。
もう爆撃機のエンジン音は聞こえず、いつも通りの静寂が港を包んでいる。
遠くの山の方では黒煙が上がっていたが、三年前の空襲に比べれば圧倒的に被害は軽微だった。
「もう終わったのかな…」
アイは望夢に聞いてみる。
「どうやらそうらしいが…」
望夢は目を細めながら空を睨んでいた。
* * *
翌日。
空は先日再び空襲があったとは思えないほどの晴天だった。
「行ってきま〜す」
聡太は手を大きく振って家を出た。
聡太の家は重工業の代表取締役の家でもあるため、周りの家とも比べて比較的大きかった。
そのためアイたちを呼んで入学パーティーなどを開いたりすることもしばしばあるほどだ。
昨日の空襲での被害は思ったより少なかったらしい。
だが、街の瓦礫などの片付けに大人が必要であるとのことがあり、今日の学校は午前で終了だった。
聡太はそれが少し幸運に思えた。
そんな事を考えながら建物の瓦礫を避けながら登校していると、遠くから聞き覚えのある声がしてきた。
「おーいソウくん」
振り返ると節子の母親であるすずが若草色の半袖半ズボンに身を包んで手を振って追いかけてきていた。
「あ、おはようございます」
「おはよう、ソウくん。これから学校かね?」
「はい、そうです」
「えらいね〜、節子はまだ寝とるいうのに」
「え、時間だいじょうぶですか?」
「お父さんに任せてきけぇ、だいじょうぶよ」
そう話しながら二人で並んで歩き始める。
道路脇には昨日落ちた爆弾による瓦礫が散乱していた。
「昨日の空襲怖かったねぇ。ソウくんは大丈夫じゃった?」
「はい、家の敷地内に大きな防空壕があるので」
「ああ、そうじゃねえ。よかったわほんま」
すずはそういいながら笑っている。
「そうよねぇ、三年前に比べたら…」
そこまで言った時、すずの足が止まった。
「どうしたんですか?」
「ソウくん!」
すずは聡太の手を思い切り引っ張った。
その反動ですずはさっきまで聡太がいた場所に連れていかれる。
すずがなにかをいったと思ったその直後、聡太の視界は白く染まった。
* * *
ーこれは夢だ、そうじゃなきゃおかしい
アイは節子とともに並んでいつも通りの、しかし破壊された通学路を歩いていた。
ただ、その状況がおかしかった。
今いる場所。
今いる時間。
今いる空。
すべてが昨日見た夢と全く同じ。
アイの体全体から血の気が引いていく。
フラフラして体を支えられそうにない。
「アイちゃん!どうしたの!?」
倒れそうになった身体を節子が支えてくれた。
でもその言葉はアイの耳には入らない。
「同じなんだ、同じなんだよ。昨日見た、あの夢に…」
「え…?」
アイは必死になって言葉を絞り出す。
「同じって、どういう…」
そしてアイが顔を上げた瞬間、夢と全く同じ視界の端っこで爆発が起こった。
その爆発で起こった爆風は近くにあった倒壊した家の瓦礫を巻き上げ、さらにその爆風の色は少し赤かった。
そして少し経った後、黒煙の中から何かが転がり落ちてきた。
それは、腕だった。
見覚えのある若草色の半袖に一部を巻かれた腕だった。
「お母、さん…?」
節子の声が震える。
次の瞬間節子は飛び出していった。
アイもそれに合わせ駆け出していた。
* * *
黒煙の中に飛び込んだ瞬間、アイは焼けた鉄と土の匂い、そして血の匂いに襲われた。
「お母さん!どこ!?」
節子は半狂乱になりながら瓦礫をかき分けている。
指先から血が出てきているのには気づいていないようだった。
「セツ、危ないよ!」
「うるさい!」
愛の言葉を振り払うよう節子は大声を上げた。
爆発により道路は大きく抉れ、土埃があたりに降り注いでいる。
アイも何度も空襲を受けているが、爆発点を直接見るのは初めてだった。
その時、瓦礫の奥から誰かのうめき声が聞こえてきた。
「…っ…うぁ…」
「ソウくん!?」
アイは聞こえてきたであろう場所にあった瓦礫をどかす。
するとそこには血に塗れた聡太が倒れていた。
「う、ぁ…ぁ」
左腕は二の腕の真ん中辺りから先がなく、左脚が瓦礫に挟み込まれあらぬ方向に曲がっている。その中から白い骨が飛び出ており、半分千切れかかっていた。
そして、体のまわりには大きな血だまりができており、顔は紙のように白かった。
「いや…だめ…死なないで…」
アイの喉から声にならない震えた声が出てきた。
節子もこちらに来ていた。
だがそれでも節子は忙しなく周囲を見回しながら
「お母さん!どこ!」
と叫び続けている。
「セツ…」
アイも節子に習って大声で大人を呼ぼうとした。
その時、爆発の中心点の近くに人影が見えた。
節子もその人影に気づいたらしくそこに向かって走っていく。
「お母さん!」
節子は一瞬、母を見つけた喜びで声が高くなる。
しかし、地面に倒れていた母の身体はもはや母の身体ではなくなっており、それが人であったのかと疑わしくなるほど損傷していた。
下半身はすでになく、聡太を引き離した腕は消え去り、頭は右側が欠損している。
「お母さん?ねぇ、起きてよ…ねぇ…。おかあさん?」
いつもの節子の明るく元気な声は崩れていく。
「おきてよ…。おかあさん…」
アイも何もできず、聡太の横で膝から崩れ落ちた。
知っていた、いつ爆発するのか、誰が痛い目に遭うのか、すべて知っていた。
でも何もできなかった。
その虚しさが胸の中でぐちゃぐちゃになっていく。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
アイの涙は頬を伝ってだんだんと冷たくなっていく聡太の顔に滴り落ちていった。




