第十二話 続く戦争②
一年というものはとても早く過ぎ去っていく。
世界中にENBが投下され1年が経過した。
世界は確実に崩壊への道を進んでいこうとしている。
欧州ではすでに国家という概念は存在しなくなり、形骸化した国境の上を難民と武装集団が塗りつぶしている。
フランスでは暴徒化した市民が政府機関を焼き払い、ドイツでは旧軍系勢力による軍事政権が乱立。イギリスでは配給を巡る内戦状態に陥り、イタリアでは複数の都市が独立を宣言していた。
もはやECは名前だけの存在と化している。
中東では第四次中東戦争が泥沼化、もはや各国も興味をなくし、難民と分裂し、全体像を掴めない多数の武装勢力が入り混じり、もはや誰が味方で敵かもわからない状態へと陥っていた。
砂漠は数多の薬莢と死体が折り重ねられていた。
アメリカでは州政府が次々と独立を宣言し、各々でHOOP・VIAへの戦闘を行っている。
しかしそれでも敵の進行を止めることはできず、かつて世界最強を謳われたアメリカは消えている。
核の冬により農業は破壊し尽くされ、多くの地域で食糧生産が停止。
そのためアジア全域の餓死者数は数千万人規模に膨れ上がっている。
日本も例外ではない。
日本は7つあった自治区のうち、北日本を北管区、中央を東管区、南を南管区とし、それぞれに分散首都として函館市、横浜市、北九州市として振り分け、大事の際に日本が滅びぬようにされた。
しかし食糧問題、失業者は増加する一方であり、急遽公共事業を立ち上げて失業者を減らしたが焼け石に水程度であった。
更に各地でテロも頻発し、平和なのは北海道と沖縄のみだった。
(北海道は公共事業にうってつけであったため、沖縄は人口が少ないため)
そんな中、アイの頭の中には一つの悩み事が渦巻いていた。
* * *
1974年7月
いつもなら蒸し暑い夏がこの街に来ているはずだった。
しかし今年の異常に長い冬により廃墟となった町中にはまだ雪が残っている。
その雪の周りで4人の子供たちが遊んでいた。
「アイちゃんをねらえ〜!」
「そりゃあ!」
「あいたいいたい!」
節子と聡太がアイに向けて雪玉を投げる。それがアイの胸のあたりに当たり、その破片が少女の顔に飛んできた。
子どもたちは季節外れの雪合戦をしていた。
「危なっかしいことすんなよ〜」
それを遠くから望夢が雪玉が当たらないよう近くにあった壊れたテーブルを盾にして見ていた。
「あれぇ?ボーくんはやらないの?」
ボーくんは節子が考えた望夢のあだ名だ。どうやら少女は友人を頭二文字ほどで呼ぶのが好きらしい。
「俺はあんま運動好きじゃないからな。目の辺りもまだ痛いし」
少年は大きな傷のついた目の辺りをかく。目は見えているらしいが右目を貫通するように二本の細長い傷ができていた。
「へぇ〜」
節子はそう言うとニヤリと口に笑みを浮かべ望夢の方に雪玉を投げた。
「なっ、こっち投げるなあ!」
「うりゃうりゃ〜」
望夢はテーブルに身を隠すが、節子はそのテーブルの上を転回のように手をつき飛び越え、身体を空中でひねって雪玉をぶつけた。
「痛!」
「あっははははは」
節子は望夢に当てられて満足そうだ。
それを見てアイと聡太が口を開けて見ている。
「凄い動きだったね〜」
「あ、ああ。そうだな」
「昔っからああいうとんでもない動きするんだよね〜節子は」
「そういやそうだね。僕も何回か見たことが…ってどうしたの?」
聡太がアイの方を見ると何故かアイの家の方を見て止まっていた。
「うん、最近レイちゃんがね…」
アイはそのままうつむき気味になる。
「だいじょうぶだよ、きっと元気になって遊んでくれーー」
そう言い終えようとした瞬間、二人の顔面に雪玉が飛んできた。
「うわっ!」
「冷た!」
二人で同時に大声を上げる。
「ほらほら〜戦いの最中によそ見はだめだよ〜」
節子はニンマリと笑顔を作りながらいっている。
「遠っ!あそこから投げてきたのかよ」
二人と節子の間は20m近くあった。
それをまっすぐ投げ、二連続で二人の顔面にあててきたのだ。
「やったね節子。手加減無しだよ!」
「おいでおいで〜」
雪の積もった焼け野原に子どもたちの笑い声が響いている。
それを遠くから目に生気が見られないレイが見守っていた。
* * *
その日はいつもどおり暮れていった。
「あーこりゃまたお母さんに怒られるなあ」
そう独り言をいいつつ、アイはシードと一緒に家に帰っていく。
シードは「だいじょうぶ」と言いたげに頭を擦り寄せてくる。
「そうだね、だいじょうぶだよ、慣れちゃったし」
そう言うとシードは大きく一つ遠吠えをした。
「あ、いえみえてきたね」
しかし家の周りには何故か人が集まっている。
その人達はまるで何かを探すように周囲を見回していた。
するとソウジがこちらを見つけたのか走り寄ってきた。
「あれ?ソウジ兄ちゃんどうしたの?」
「アイ、落ち着いて聞いてくれ。レイがいなくなった」
* * *
ソウジによると、レイはアイが遊びに行った後、祖母が昼寝をしている間の30分でいなくなってしまったということだった。
しかし今までレイが自分から動くというのはたまに外を見ていることとたまに何かを呟くこと以外にはなかったはずだ。
1年以上も変化がなかったのにいきなり何処かにいってしまうとは考えられない。
だが現実にいなくなってしまっている以上探すしか無い。
アイはレイを探すためにシードに乗って通い慣れた山の中に入っていった。
父からもらった銃を持って。
「レイちゃーん、どこ〜?」
アイは大声で夕日に照らされる山の中をシードとともに徘徊する。
しかし山の中には誰かが通ったような痕跡もなくただただ熊笹が生い茂っている。
ただアイにはわかった。
あきらかに何かが違う。
動物の気配がなく、木々がざわめいている。
たしかに痕跡はない、でもレイには”ここに誰かがいた”という事が感覚的にわかっていた。
「う〜ん、でもレイちゃんどうしていきなりいなくなっちゃんたんだろう」
それを聞きシードは首を傾げる。
「たまになんかいってたりしたよね。なんか『ごめんなさい』とか『どうしてこんなことに』みたいなこといってたよね。なににあやまってたんだろ」
シードは何も反応しない、ただただ地面を嗅いでいるだけだった。
するといきなりシードはおおきく吠え、走り去っていってしまった。
「えっ、シード!?」
「はあ、はあ。ど、どうしたのさシード…」
アイは息を切らしながらシードに聞く。
狼であるシードはもちろん答えないが何かに気づいたということはアイにもわかった。
「いつもみたいにいやなところだね、ここ」
走ってきたところは家から山を挟んで反対側にある墓地だった。
ここにはアイの曽祖父の墓もある。
すると墓地から少し出たところにある展望台にひとつの人影が立っていた。
長い銀髪に両手首両足首に赤い輪っか、そして肩には小銃がかけられている。
服装は寝間着のままだったがその服には土や葉がついていた。
「…!レイちゃん!」
アイはようやく見つけたレイに対し大きく声を掛ける。
レイはゆっくりと赤い両目をこちらに向けてきた。
* * *
「来ないで!」
いきなりのレイの大声にアイは身を震わせる。
シードは隣で唸り声を立ててネズミを狩るときのように身を低くし、鋭い目をしている。
「どうして?心配してたのに!わたしも、みんなも!」
アイは必死に大声を出して理由を尋ねる。
「あなた達が、この街がこんなひどい目にあっているのは私のせいなの!君が近づいてきたら私はなにをするかわからないから…。だから近づかないで!」
「え…?」
予想外の言葉にアイは一瞬頭が真っ白になる。
それでもレイは続ける。
「この世界にあんな破壊兵器を落とすようにいったのも私!この街に徹底的な空襲をするように促したのも私!あなた達を殺そうとしたのも私!だから近づかないで!」
レイはそういいながら手を大きく振り下ろす。
その手には小銃がかけられていた。
「じゃあ、なんでないてるの?」
「え?」
「そんなにひどいことをしたならなんでないてるの?どうしてうみにながされてたの?」
「それは…」
レイは言葉に詰まっているようだった。赤い両目からは大粒の涙が頬を伝って流れている。
アイはレイのいっていることがよくわからない。でもレイがそんなひどいことをしたとは信じられなかった、信じたくなかった。
アイはさらに続ける。
「なんで『ごめんなさい』ってなんどもいってたの?どうしてなんども『どうしてこんなことに』なんてこといってたの?」
「っ…」
もう日は沈み、ぼんやりと光る星の下で二人は無言で向き合っている。
「それはっ…!」
「貴方がエクシードに会ってしまったからでしょう?」
アイが振り返ると母が立っていた。
その表情は穏やかで優しいいつもの母親だった。
「おかあさん…」
「アイ、偉いわね。こんなとこまで探しに来て。
母は優しくアイの頭を撫でる。
そしてレイの方を見て続けた。
「いつかは知らないのだけれど貴方はたぶんエクシードに会っちゃったのね。あの人はそういう人だから仕方のないのだけれど…。」
母は少し苦笑しているらしかった。
「違う!あの人は関係ない!」
レイは必死に否定しようとする。
「違わなくないわよ。あの人が貴方に頼んだのでしょう?『地球が攻撃されないようにしてほしい』って感じで」
レイは何も言わない。でもその手は強く握られている。
「そして貴方はその願いを聞いた、でも失敗してしまった。さらにスパイ容疑をかけられてHOOP・VIAっていうかレッドソルジャーズの中にいられなくなって、ついに海に身を投げた、でもこの子に見つかっちゃった。そんな感じじゃないかしら」
「そんなの…そんなの貴方がデタラメを言っているだけです!なんの…なんの根拠もない!」
「そうね。たしかに根拠はないわ。でもそれなら貴方はどうして泣いているのかしらね?」
アイはレイの方を見る。
レイは大きな涙を流している。向けられた小銃は大きく震えている。
「貴方がみんな背負う必要はないわ、みんな貴方のせいだなんて思ってない。」
母はそう言ってレイに手を差し伸べる。
アイはレイに近づいていった。
レイは肩を大きく震えさせ頭を下にむけている。
その下には小さな水たまりができていた。
アイはレイの手をゆっくりと握る。その瞬間レイは膝を崩して大声で泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。私、何もできなかった。OWAの透過の阻止もその後の空襲も、何もできなかった。私は兵器じゃないって、一人の人間だって、そう言って信じてくれたのに。何もできなかった!」
そう言ってレイは銃口を頭に向ける。
乾いた銃声が星空にこだまする。
でも血も何も流れない。
アイがレイの腕を引っ張り、間一髪でレイの頭から引き剥がしていた。
「だいじょうぶだよ、レイちゃん。みんなあなたのことがすきだから!」
アイは屈託ない笑顔でレイに言う。
レイはアイに抱きついていく。
レイは大きな声を挙げて泣き出す。
「い、いたいよレイちゃん」
そんなことも気にせず、レイは力強くアイを抱きしめ大声で泣き続ける。
その泣き声は満天の星のした、雪の積もった焼け野原に吸い込まれていった。
* * *
「レイちゃん落ち着いた?」
「うん」
30分後、展望台の横にあるベンチに3人で座っていた。
「そっかぁ…よかったぁ……」
そのままアイはレイの腕に頭を乗せて寝てしまった。
「あら、寝ちゃった」
潮はクスクスと笑いながらアイを抱き上げる。
「あの、えーと…」
「潮よ。潮・御影・プロティフィア」
「潮さん、私はこれからどうすれば…」
レイはまた俯いてしまった。
潮はふふふっと笑っていった。
「そうねえ、じゃあ私と約束してもらいましょうか」
「約束?」
「そう、どんな事があっても、アイの友達でいてくれること。それが約束よ。それが守れるのなら、いくらでも私達の家にいらっしゃい」
潮は穏やかに微笑みながらそういった。
レイはまた泣き出してしまった。
でもその涙はさっきまでのものとは違う。
「はい、わかりました」
レイには、そう答えるのが精一杯だった。
「ふふっ、よろしくね」
* * *
その4日後
アイリーン、節子、聡太、望夢、そしてレイの5人は地球岬の上にいた。
そして5人の目先には1隻の艦がいる。
「うひゃ〜。あれが潮?な〜んかおっきくなってな〜い?」
「そういやそうだね、でも何回かみたきするんだけどなあ」
この一年、回数が減ったとはいえ何度か潮を見ている。でもその姿はずっと変わっていなかったはずだ。
「ん、そういう認識できなくなる魔法があるの。空球には」
レイはそっけなく言う。
それにみんな驚いている。
「それと名前が変わったらしい。潮からパリロイアに」
固定翼機搭載兼主力戦車搭載型旗艦級駆逐艦改パリロイア級一番艦 パリロイア
レイは噛まずに言った
「ながっ」
アイは素で行ってしまった。
「あはは、たしかにながいね〜」
「正式名称ってのはだいたい長いんだよ」
節子が笑っている横で望夢は肩をすくめていった。
「じゃ、あの子はパリちゃんだね〜」
「出たいつもの」
「犬猫じゃないんだからさ…」
5人の笑い声が岬に響く。
その先にいる艦は大きく汽笛を鳴らす。
この後8年後5人が駆る船が6年ぶりに大海に向けて進んでいった。




