第十一話 続く戦争①
如月レイと出会ってから約一週間。
今日1973年4月8日はアイリーンの室蘭市立総合小学校への入学日だ。
アイは家で新品のバックを背負ってはしゃいでいる。祖母と母がなけなしの皮を編んで作ってくれたものであり、全体が赤く塗られていた。
アイはリビングの隣の和室にいるレイにそのバッグを見せにいく。
「レイちゃーん!どう?にあってる?」
しかし、レイからの反応はない。
どういうわけか洞窟から出てきてからの一週間、段々と元気をなくし、なんの反応も示さなくなってしまった。
一応視線は動いたり食べ物を口にしたりはするが、アイはその姿から生気が全く感じられなかった。
「レイちゃん…」
そう言ってレイの隣にアイは座る。彼女はこちらに気づいたのか目線を向けるが、いつものようにすぐに怯えたように顔を強張らせて布団の中に潜ってしまった。
「アイ、ゆっくりさせてあげて、彼女はね…」
母は急に語尾を濁らす。
「なに?おかあさn」
アイがそういいかけたところで家のチャイムが鳴った。
「アイ、聡太くん来たよ〜」
海柚の声が玄関の方から聞こえてきた。
「うん…」
アイは行こうとしたあと、もう一度レイの方を見る。
そして一言
「行ってくるね…」
そう言って玄関の方へ向かっていく。
少しだけレイのいる布団が動いたような気がした。
* * *
「…半年前から続く、いわゆる第三次世界大戦の惨禍を乗り越え新たに18名の生徒を迎えられたことを…」
アイは今、室蘭市立総合小学校の入学式での校長先生の話を聞いていた。
登校して教室に通された後、この半年間生きているかどうかもわからなかった友人たちに多く再会することができた。
しかし、それが叶わなかった友人も多く、整理のつかない感情のままこの入学式に臨んでいるのだった。
室蘭市立総合小学校
市内に3つあった小学校が併合され出来上がった新しい小学校。
全校生徒は100人余という少なさであり、最初は250人以上いたとはとうてい考えられなかった。
すでに沿岸にあった2つの校舎は破壊され、総合小学校と名を変えたこの校舎も砲弾が直撃し、体育館は使えずグラウンドも穴だらけだった。
「…保護者の皆様、本日はお子様のご入学…」
校長先生のお話はまだ続く。
アイはいい加減飽きてきており、早く教室に戻りたいという衝動にかられて足をブラブラとさせていた。
* * *
「暇なんだろうね、身体ゆすいじゃってるよ」
隣りに座る義母が話しかけてくるのを聞いて、潮は自分の娘の方を見てみる。
「ほんとですね、まあ小さい子にこんな長い話をするとそうなっちゃいますよね」
潮はそれとなく答える。
「我慢だよ〜アイ」
潮も昔からの馴染みのうちの何人かと再会していた。
その中に一人驚きの再会をした人物がいる。
八軒龍之介。
海神の艦隊群技術科長、八軒桜雅の姉の旦那さんであり、潮との関わりが最も古い人物の一人でもある。
彼は札幌在住であり、すでにENBによって死んでいるのではないかと諦めていたが、思わぬところでの再会であった。
だがあったときは式が始まる直前だったためにあまり話をする暇がなく、「久しぶり」と言葉をかわす程度だったが、そのことが潮の中で気になって渦巻いていた。
「龍之介くん生きてたのね」
そんな事を考えているのがバレたのか義母がそう呟いた。
「そうですね。でも、天城さんの姿がなかった…」
八軒天城
龍之介の奥さんである。
「あまり思い込みをしないことよ。今は貴方の娘の晴れ舞台なんだから」
義母はそう言って微笑みかけてくる。
「はい」
そういった頃には校長の話は終わり、新入生退場準備に入っていた。
戦争の中でも子どもたちは成長していく。
そんな当たり前のことに潮は何故か感動していた。
* * *
アイが入学してからすでに20日あまりがたった。
すでにクラス内のみんなとは仲良くなり、楽しい小学校生活を送っている。
特にアイは算数が好きになり、ソウジに掛け算を教えてもらおうとしたほどだった。
(「はえーよ」と言われ断られたが)
更に新しい友人とともに遊びに行くことも増え、母に「汗臭い」と言われることも増えた。
もはや少女の周りには「戦争」と言えるものはなく、瓦礫や焼けた地面はあれど昔の生活を取り戻せたのではないかとも思えた。(もちろん全くそんなことはないが)
そしてレイの様子も変わることはなかった
そんな中、総合にて1つ上の学年との交流会があるらしかった。
「ねえ、ソウくん。2ねんせいのひとたちってどんなひとたちだとおもう?」
「へ?」
アイは迎えの席に座っている聡太に聞いてみた。
「う〜んたぶん優しい人たちだとおもうけどな。あ、でもひとりきをつけたほうがいいひとがいるってきいたことがある」
「えっ?」
予想外の返答に一瞬だが驚いてしまった。
「なんでも一ヶ月くらい前に来た人で、右目のほうが大きく包帯で覆われてるんだって。それになんか怖いらしいよ」
「ええ〜ちょっといやだね、なんて人なの?」
「たしか”八軒望夢”だったかな」
アイはその噂の人の苗字に聞き覚えがあった。
確か父が紹介してくれた人の中にそんな名前の人がいた気がした。
「そうなんだ、いっしょにならないといいなあ」
* * *
「それでは皆さん相手は決まりましたね。ではご挨拶してみましょう」
あれから3日後、2年生との交流会が執り行われていた。
1年生と2年生はほぼ同じ人数のため一対一でペアを組み、交流することとなった。
そしてアイの隣にはペアとなった2年生が立っている。
「八軒望夢。よろしく」
「あ、アイリーン・パラロイア・プロティフィアです。よろしくおねがいします…」
相手はまさかの噂の2年生だった。
アイは内心「うっそー」という感じになった
周りからはなにか励ますようなヒソヒソ声が聞こえてくる。
アイは何故か恥ずかしくなってきた。
その後、クイズ大会や鬼ごっこなどでみんなと遊び、今はペアでの自由時間となっていた。
アイは近くにあったあやとり紐であやとりを始めた。
望夢はそれを横から見ている。
アイは怖いとの噂のあった人だということと右目を隠す包帯とが相まって緊張していた。
「うまいな、あやとり」
いきなり少年が話しかけてきたことにアイは驚いた。
「おばあちゃんにおしえてもらったんです。『なにか暇な時はやっているといい』って言って…」
「そうかい」
そう言って少年はもう一本の紐を取ってパパっと作品を作り始めた。
「ほれ、クモの巣」
「すごーい」
アイは単純に驚いた。
祖母よりも早く、そしてきれいに作り上げられたクモの巣はとても綺麗だった。
「だれかにおしえてもらったんですか?」
そう聞くと少年は顔を伏せていう。
「母さんにね、もう死んじまったけど」
「あ、ごめんなさい…」
「いいさ、そのかわりこの程度の傷で済んだんだから…」
二人の周りに陰鬱な空気が流れ始めてしまった。
更に少年は言う。
「君は俺が変な怖いやつって噂を聞いているだろ?これもそれもあの爆弾のせいさ、あれがなけりゃ母さんも生きていてこんな人が逃げてくような傷もできなかったのに…」
そんな話を聞き、アイは彼が噂とは全く違う人であるような気がしてきた。
実は少年は優しくて面倒見のいい人なのではないか。
そう思えてきた。
「じゃじゃーん、二段梯子!」
アイは望夢に笑顔でとっておきを見せた。
そうすると望夢は目を見開いて
「凄いな…」
といって頭を優しく撫でてきた。
それがなんとなく嬉しかった。
* * *
「はーい皆さん時間ですよ。おもちゃを片付けて集まってくださ〜い」
先生の呼び声が聞こえてきた。
「時間か。今日はあえて良かったよ、いつかまた会えたらな」
そう言って望夢はゆっくり手を振って歩いていった。
「アイ、だいじょうぶだったか?へんなことされなかったか?」
いつの間にか聡太が隣りに立っていた。
アイはそんな言葉を聞いて少し腹が立ってきたのか口をふくらませる。
「いいせんぱいだったよ」
アイはほか何も言わずにそういった。
「えっ、そうなの?」
聡太はなにかバツの悪そうな顔で言った。
「またどこか出会えたらいいな」
アイはそう思いながらクラスの列に並びに行った。
* * *
その後、少年の父とアイの母が知り合いだったという驚きの事実を知らされ、すぐに望夢と再会することになった。
少年もまた、節子、聡太、レイと同じく人生の大半をともに過ごす仲となる人物の内の一人となる。




