第二十九話 王家の血を引く者
食というのは、人間の心を無防備にする力があるのかもしれない。
料理をつまみ、酒を飲みかわす原住民と船員たちを観察しながらメディはそう思った。
手は獣のような肉球を持っているが、その形と器用さは我々とほとんど変わらない、酒の入ったコップの取手も難なく持つことができていた。
一方、嗅覚などは人間より鋭いようで、匂いの強い料理には拒否反応を起こしていた。
冷静に観察しながらもメディの心臓は、未だに耳障りなほど大きく脈打っていた。
『ソフィアの指示通り、一寸違わず動くことができれば、原住民との接触は無事に終わる。』
メディそう確信して、自らが接触役をすると名乗り出た。
ソフィアの意図を正確にくみ取り実行できるのは自分しかいないと。
しかし、それでも、人間の脳というのは最悪の事態を想定してしまうものだ。手は自然に震え、表情はこわばる。心臓は早鐘を打ち、脂汗がにじむ。
それが相手に気取られれば、計画は破綻する可能性がある。
幸運だったのは、メディはそれが非常に目立ちにくかったことだ。この時ばかりは自身の鉄面皮に感謝していた。
―――三日前、ソフィアはメディに対して原住民との接触方法を『彼女にしては』こと細かく指示していた。
はたから聞けばぼんやりとした指示に聞こえたかもしれないが、幼少の頃よりソフィアとかかわり続けているメディからすれば、非常にわかりやすく具体的だった。
要約すればこうだ。
なるべくこの土地でとれたものを使って料理を作れ。
ナイフやフォークなど、武器に見える食器は一切使うな。
原住民がやってきても、騒がず、警戒せず、今までの作業を続けろ。
誰かに自然な形で料理を振舞ってから、原住民に料理を差し出せ。
その後、現れるソフィアの立場が上であることを態度で示せ。
ソフィアはこれを、つらつらと、考えるまでもないように指示した。
そこに、ソフィアの底知れなさを感じた。
―――フィエル王家の血を引く者は、一点において比類なき才を得る。
古くより言われ続けている格言じみた言葉だ。
無論、迷信の類とも言えよう。しかし、当代の王子王女を見ていると、あながち嘘とも断言できなかった。
雑念を振り払うように首を振り、原住民の観察を再開する。
おそらく、自分に今求められているのはこれだ。
原住民を観察、分析し、言語と文化を理解し―――掌握すること。
ただ観察しているだけではない。発話する際の唇や舌、喉の動き、表情、感情、声色、身振り手振り、そのすべてから情報を得て精査する。
精査が終われば、その推察が正しいかを試行すればよい。
メディは、静かに一人の原住民の隣に腰かけた。
原住民は怪訝な顔をしてメディを見つめた。
そんなことは気にした様子も見せず、メディは原住民の持つ料理に入った魚を指さし、告げる。
「プセクセノ?」
原住民は目を見開き、右手を閉じたり開いたりして見せた後、口を開く。柔らかな男性の声だった。
「ウチ、フケ・プセクセ・オセナ」
原住民は、料理の中に入った葉野菜をつまみ上げると、ゆっくりとした口調で話しかけてくる。
「ベリッスキ、 ベリッスキ、 マトセノ・ウントッロゴロ?」
メディはしばし思案する。そして、つまみあげられた葉野菜を指さし原住民の発音をまねて口に出す。
「ベリッスキ」
それを聞いた原住民は、人差し指を曲げて伸ばすを繰り返す。
原住民はさらにゆっくりと、再び同じ単語を繰り返した
「ベリッスキ・ホック・ベリッスキ」
同じように発音したつもりだったが、どこか発音が違ったのだろう。
原住民にとって、指を曲げ伸ばす動作は否定を表すものである。と仮説を立て記憶する。
再び葉野菜を表すであろう単語を口にする。
今度は、舌の動きを更に強調して真似ながら。
その発話を聞いた原住民は目を見開いたまま、口元をほころばせた。
男は面白がったように他の原住民たちを集め、メディに様々な食べ物を見せてはその発音を教えようとした。
メディに原住民の情報がどんどん蓄積されていく。
情報は脳内で精査され、推察され、それを自らの口から発して試行する。
言語だけではない、身振り手振りも試行する。
まるで、乾いた砂浜のように自身の言葉としぐさを吸収していくメディのまわりには、いつしか原住民の人だかりができていた。
彼女もまた、間違えなく「王家の血を引く者」であった。




