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第二十八話 信と臣

 遭遇から二日、船員たちは寝ずの番を増やして、原住民の行動に備えたが、何の動きもなかった。


 動きがあったのは三日目の昼、太陽がもっとも高く昇る時間だった。


 ルカの説明通り、毛むくじゃらで獣のような顔立ちの人間が10人ほど群れを成して現れた。


(くそっ、よりによって俺が担当の時にくるのかよ……!)

 船員の一人は独り言ちた。原住民が接触してきたときの行動は、事前に指示されていた。


『原住民が現れた場合、メディ嬢が来るまでは、威嚇もせず、武器も抜かず、ただ自分たちの仕事を続けろ』


 これが、船長からの指示だった。

 今頃、伝令係がメディを呼びに行っていることだろう。


(頼むから、変な気は起こさないでくれ……)

 心の中で祈りを捧げながら、燻製を作る仕事に没頭するふりをした。


 


 意外にも、原住民たちは何も行動を起こさなかった。

 この船員には、原住民から観察されている時間が、どんな航海よりも長い時間に感じられた。


 しばらくすると、何かを持ったメディが駆けてくるのが見えた。メディが近づいてくると、香ばしく食欲をそそる匂いが鼻についた。

 

(こりゃ、フレンダ嬢の料理か……胃袋をつかもうって魂胆か?)

 船員は納得したような、肩透かしを食らったような気分で成り行きを見守る。


 メディは大きなトレイを抱え、その上には、魚を使った料理がまだ湯気を上げていた。

 メディはその料理を手づかみで持ち上げると、原住民に見せつけるように口へと運んだ。


 船員の喉が、ごくりと鳴る。

 そういえば、陸に上がってからはフレンダの作る料理を食べていない。


 思わずメディのもとに足を運んでしまう。しまったと思ったのは、原住民との距離がかなり近くなってからだった。


 メディは表情を変えず、無言で船員にトレイを差し出す。

 その上にはたっぷりの香辛料を使った魚に色とりどりの塩漬け野菜が添えられていた。


 そのひとかけを手でつまみ口に運ぶ。


 脂ののった魚の身が口の中でほどける。

 香辛料はマイルドなものが多いのか、風味は良いのに特有の刺激が少ない。

 添えられた野菜は魚の味を引き締め、魚特有の臭みを一切感じさせず、うまみだけを舌に届けた。


 船員を魅了し、調理場の占拠を不問とさせた魅惑の料理。その完成系がトレイの上にはあった。


 もう一欠け取ろうとするが、それをメディは払いのける。思わず、お預けを食らった犬のようにしょんぼりとしてしまったが、我に返って持ち場に戻る。


 トレイの上の料理は原住民のもとへ差し出される。

 初めは警戒していた原住民たちだったが、誘惑に負け、先頭にいた一人が料理を口に運ぶ。


 食べた者は目を輝かせ、一切れ、もう一切れと口に運んでいく。

 それを見たほかの者も、あわてて料理に手を伸ばした。


 感極まったようにするもの、夢中でがっつくもの、一口ずつ味わって食べるもの三者三葉に料理を味わっている。


(……ああ、ありゃ人間だ。)

 船員は妙に納得した気分で持ち場の作業に戻った。



 腹もくちくなったのか、原住民からは和やかな雰囲気を感じる。

 トレイの上の料理は、汁も残さず、すっかり空になっていた。


 

 ふと、メディはテントから出てきた小さな人影を見つけ、静かに平伏した。


(お姫様のお出ましか……)

 それに倣うように、船員も、その人影に向かって首を垂れた。


 周りにいる他の船員や、陰から様子をうかがっていたアーノン、ルカも平伏している。


(しかし、まさかソフィアの嬢ちゃんが王女様だったとはねぇ……)

 やや釈然としない気持ちになりつつも平伏を続けた。




 ―――原住民が、その様子を真似はじめるのに、そんなに時間はかからなかった。

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