第二十六話 民がいて国がある
ソフィアたちが砂浜にもどると、宿営はほとんど完了しており、篝火の周りで酒を飲みながら陽気に歌う船長たちの姿があった。
ソフィアは、上機嫌な船長に話しかける。
「船長、この土地に先に住んでいる人間はいるのですか?」
船長はカップを掲げながら答える。
「おうよ、いるぜ。少し内陸に行ったところで小さい集落を作ってるやつらがな。
前回辿り着いた時に、俺たちが持ち込んだものと食い物を物々交換したんだ。言葉は通じねぇが、身振り手振りで何とかやれるもんだぜ。」
船長は陽気に語っていたがソフィアたちの神妙な面持ちに気づき、声の調子を下げる。
「なんかあったのか?」
「ルカが森で襲われました。」
船長の問いに、ソフィアは短く答える。船長の眉間にしわを寄せた。
「ルカ、詳しく話して頂戴」
ソフィアに催促されたルカは、姿勢を正し少女の姿と戦闘の状況を詳細に話す。
体躯は間違いなく人間の少女そのもの、しかし体は毛に覆われ獣のような耳があったこと。
戦闘は全く洗練されておらず、力と俊敏さのみを使って戦っていたことなどを丁寧に話す。
船長はどんどん眉間のしわが深くなっていく。
「おいおい、俺の言った原住民ってのは普通の人間だぞ。獣に襲われたのを見間違えただけなんじゃないか?」
船長の言葉を、ソフィアは即座に否定する。
「それは絶対にありません。ルカが一対一の戦いで相手の姿と力量を見誤るなどあり得ませんわ」
「だったら……獣の毛皮を被っていたんじゃねぇか?」
こめかみを抑えながら言う船長に、ルカはきっぱりと返す。
「僕は相手の顔まではっきりと見ました。毛皮は表情も変えませんし、歯を鳴らして震えたりもしません」
船長は深くため息をつくと、コップに継がれた酒を砂浜にひっくり返した。
しゅわしゅわと音を立て、酒は泡だけを残し、砂粒に飲み込まれていった。
騒がしかった船員たちも、しんと静まり返った。
「逃げられたって事は、仲間を連れて戻ってくる可能性もあるか……」
船長の言葉にアーノンがうなずき、口を開く。
「ルカが相手を傷つけなかったのは幸いだ。こっちは攻撃を受けた側で、非の大きさは向こうが上だ。場合によっては有利に交渉することも……」
アーノンの言葉を最後まで聞かずに、船長は鼻で笑った。
「交渉?言葉も通じない相手にどうやって交渉するってんだ。」
船長の反論に、アーノンは口元に手を当て考え込んでしまった。
砂浜に沈黙が流れる。誰しもが考えを巡らせ、結論を出せずにいた。
砂にこぼれた酒の泡がすっかり無くなった頃、ソフィアが口を開いた。
「私たちは、ここに国を作るつもりです。しかし、民がいなければ、国は国たりえません。」
周りの者たちは、語りだしたソフィアを奇異の目で見つめた。
視線を感じたソフィアはふっと口元を崩して言葉を続けた。
「ですから、獣のような人が、知性を持つのであれば。
―――私たちの国民にしてしまいましょう。」
少しいたずらっぽく笑うソフィアに、従者と船長のみならず、船員たちも呆気に取られていた。




