第二十五話 場違いな騎士道
骨の短剣だと感じたものは彼女自身の爪だった。
獣のような少女は、素早く体を翻し再びルカに爪を突き出す。
俊敏さはかなりのものだ。体躯の割に力強い動きをしているのを見ると、素質は十二分にある。
並の兵士であれば間違えなく勝てなかっただろう。
しかし、あまりにも動きが直線的すぎる。
体の動きをとらえ、先の先まで読むことができるルカにとって、御しやすい相手の典型だった。
やみくもに腕を振り回されるほうが、まだ難儀しただろう。
ルカは、少女の爪による刺突を最小限の動きでかわす。
徐々に少女の呼吸が乱れはじめる。
俊敏だった動きは緩慢になり、刺突の回数が減っていく。
次の刺突の刹那、ルカは少女の軸足を払った。
少女は仰向けに倒れ呆気にとられる。その隙を見逃さず、ルカは少女の喉元に細剣を向けた。
少女の顔が恐怖に歪んでいく。歯ががちがちと震え、死が現実味を帯びた人間と同じ反応だった。
(……どうしたらいいのだろう)
少女に剣を向けたまま、ルカは考えあぐねていた。
相手が男の戦士であれば、このまま情けを掛けず一撃で仕留めるのが最も誉れ高い。
しかし、相手は女、体格から見るに齢も自分とそう変わらない。
もし、獣であれば、このまま狩ってしまうのが一番だ。
しかし、獣と判断するには、体のつくりが、感情が、あまりにも人間に寄りすぎている。
捕縛したいところだが、そのためのロープなどを用意しているわけもない。
ルカの耳に、木々の騒めきが戻ってくる。
それと同時に、元来た道から自分を呼ぶ複数の声が聞こえてきた。
一瞬、意識が少女からそれてしまった。少女はその隙を見逃さず、剣を払いのけると、ルカには目もくれず森の奥へと逃げ去って行った。
ルカはゆっくりと剣を鞘に納めた。
踵を返し、声のするほうへと向かう。そこにはソフィアと従者全員がルカを探す姿があった。
皆のもとへ駆け寄ると、頭頂部にアーノンのげんこつが炸裂した。
「森の奥に入るなと言っただろう」
怒気をはらむアーノンの声に、ルカはしゅんとうなだれる。しかし、周りを見渡したアーノンは鋭い顔になる。
「報告」
短く告げるアーノンに、ルカは背筋を伸ばし淡々と報告する。
「一人の少女に襲撃を受けました。こちらからの警告を無視し、攻撃を行ってきたため応戦。無力化しましたが、逃げられました。」
「武器は」
「武器は持っておらず、鋭い爪で突撃してきました。人間……のような姿でしたが、獣のような耳があり、毛に覆われていました。」
報告をアーノンは顎に手を当て少し考えた後、後ろで控えるソフィアに提言をする。
「すぐに海岸へ戻りましょう。相手の正体がわからない以上、深追いは危険です。」
ソフィアは黙って頷いた。
森を後にするソフィアたちの背後には、森の暗闇がすべてを飲み込むように続いていた。




