第二十一話 望まれる事
どれぐらい泣き続けていただろう。
フレンダは樽に背をあずけて呆けていた。
目は泣き腫らし、ひどい顔だった。
先ほどまでばたばたと甲板に打ち付けていた雨音は次第に小さくなり、船の揺れも徐々に穏やかになっていった。
感情に任せ、一通り泣いてみたが、何か変わったわけでもない。
嵐が去ったからか、甲板に響く音が雨音から、船員たちのあわただしい足音へと変わった。
フレンダはゆっくりと体を起こし立ち上がる。
(せめて、顔だけでも洗っておかなければ)
情けない顔をソフィアに見せないよう、甲板へと向かう。
その間にすれ違う船員たちは、どこか浮ついているように感じた。
甲板に出ると、船員たちが円になって何かを囲んでいた。
船員たちの隙間を縫って覗き込むと、その中央には大きな生き物が横たわっていた。
生き物のすぐそばでソフィアはしゃがみ込みまじまじと見ていたが、フレンダの姿をとらえると、そばに来るよう名を呼んだ。
それに従い、フレンダは人波を押しのけ主の前に赴く。なるべく、顔を見られないようにしながら。
「ねぇフレンダ、この生き物は食べられるのかしら?」
フレンダは言われるが早いか小さいナイフを取り出し、身の一部を切り取る。
身の色、香りを確かめた後、そのまま口の中に放り込んだ。
生き物を取り囲んだ船員たちからどよめきが上がるが、フレンダは一切気にしない。
どこからかやってきたクロードが、空の桶と水を差しだした。それを受け取り、桶に身を吐き出して口をゆすぐ。
「毒ではありません。きちんと熱を通せば問題なく食べられるかと」
船員たちから、おおっという感嘆の声が上がる。
『しかし、美味しくはありません』と言いかけるがソフィアが口を開くのが早かった。
「ああ、よかったわ!せっかくアーノンが仕留めたのだもの。食べられなければ残念だと思っていたの」
ソフィアが無邪気に笑う。
「おいおい、ちょっと捌いて口に入れたくらいで分かるもんなのか?」
近くにいた船長が尋ねるが、ソフィアは満面の笑みで返す。
「もちろんよ。私はフレンダの目利きを信頼しているの」
ソフィアの言葉を聞いたフレンダは膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえた。
最初から勘違いをしていた。自分が求められていた役目を。
(ソフィア様は、美食のために私を同伴させたのではなく……ただ、食べられるものを選定するために私を選ばれたんだ……)
以前にも言っていた、私の目利きを信じていると。しかし、美食を給せよとは命じられなかった。
料理人ではなく、毒に詳しい自分が選ばれたのはなぜだったのか。
自分の尊大な自我が、本来の使命を見誤らせていた。
あまりにも、致命的な落ち度だった。
であれば。今は自分の尊厳など、目の前で横たわる鮫に食わせてしまおう。
ソフィア様に、今食べられるものを最大限おいしく食べられるよう努めよう。
そう、心に誓うフレンダの目には、新たな光が宿っていた。
その翌日、配給された食事には、鮫料理が並んだ。
まる一日海の中を引き摺られた鮫は臭みが少なく、添え物と合わせれば十分に美味しく食べられる代物となった。
食事にありついた船員たちは上機嫌に笑う。
「いやぁ、こんなに鮫が旨く食べられるんだったら、もっと早くに釣っておくべきだったな」
それを聞きつけたフレンダの眉がピクリと動く。
そのまま言を発した船員に詰め寄った。
「どうして今まで釣らなかったんですか?」
顔は笑っていたが、見るからに青筋がたっていた。
船員は顔をひきつらせながら言う。
「そ…そりゃあお前、しょんべん臭くて不味い鮫よりも、フレンダ嬢ちゃんが作った料理のほうが何倍もうまいんだ。わざわざサメ釣りなんかするかよ」
フレンダは膝から崩れ落ちた。
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