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第十九話 腐敗した宝石

 船底に設けられた倉庫の中に、フレンダは居た。

 自身で行った瓶の封蝋を解く。


 中に入った果物から発せられる()えた臭いに、フレンダは顔をしかめる。

 果物をそのまま口に入れると、舌先に刺激を感じ、不快なにおいが口いっぱいに広がった。


 フレンダは、すでに中身を使い切った瓶に、それを吐き出す。


「これも、もう食べられませんね。」


 誰に報告するでもなく、独り言つ。




 船が東に向かって舵を切りだいぶ経ったが、まだ新大陸は影も形も無い。

 しかし、食料は確実に底を見せ始めていた。


 積んできた量に不足があったわけではない。

 現に、乾パンや塩漬け肉はまだ余裕がある。


 想定外だったのは、瓶詰し封蝋(ふうろう)までした食材が腐り始めたことだった。


 何故、とフレンダは自らの行動を(かんが)みる。


 瓶は風を通さない。封蝋をすれば隙間など生まれない。

 そう思っていた。


 しかし、現実はどうだ。


 ほとんどの瓶詰めは腐敗をはじめていた。


 原因はわからない。が、嘆いたところで腐敗が止まるわけでもない。


 濁った内容物の中から、少しでも使えそうな部分を探した。


 


 ここ2、3日はソフィアへ美食を提供できている自身が無かった。


 ソフィアは料理の感想を言わない。王族として、当然の事だ。


 船員たちは、うまいうまいとフレンダの料理を食べるが、腐りかけの瓶詰を平気で盗み食いするような輩の味覚など信用できない。



(ソフィア様はいったい何日、新鮮なものを食べていらっしゃらないのだろう……)


 当然、船上に新鮮な肉も野菜も果物もない。


 たまに、暇をもてあました船員が海に糸を垂らしているのを見かける。

 出港してからしばらくは時折魚がかかっていたが、遠洋に出てからはさっぱりだ。



(せめて、新鮮な食材が一つでも手に入れば……)

 

 現実味のない願いを、柄にもなく祈っていた。

 



 ―――――――――――


 


「えらく揺れるねぇ。ここまで来て、ひっくり返ったりしねえだろうな。」


 揺れる船の甲板に立ち、アーノンはつぶやいた。

 はじめこそ、情けない姿を晒したアーノンだったが、帝国領を抜けるころにはすっかり船酔いも抜けきっていた。

 

 空がどんよりと暗い。


 船員たちがあわただしく帆をたたんでいるのを見るに、良くない天気なのだろう。


(いやだねぇ、全く。ただでさえ、皆の表情が暗いってのに)


 最近の従者たちは不安そうな顔をすることが増えた。


 無理もない。もう三十日は陸を見ていないのだ。


 昼間から酒を飲んでも何も言われない事に内心喜んでいたアーノンも、さすがに海ばかりの生活に辟易していた。


(……特に、フレンダの嬢ちゃんはだいぶ参っているな。)


 


 食材が腐敗を始めたことは、聞いていた。


 まぁ無理もない、塩漬け酢漬けだって万能ではない。いくら密封したところで、時間がたてば腐るものは腐る。

 むしろ、一部は未だに腐らずいることに感心していた。


 葉野菜の塩漬けは前より旨くなっているとさえ思う。


(ま、余計なことを言えば俺の舌が飛んじまうか)


 ごろごろと不吉な音を立てる雲を眺めていると、視界の隅にフレンダが映った


(噂をすれば何とやら……ん?)


 調理場(ギャレー)に入っていくフレンダから何かを感じたアーノンは、音もなくフレンダの後を追った。

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