第十七話 泥水の行き着く先は
「……屈辱です。」
衣服を整えたメディは衣服の洗濯をしながら歯が折れるのではないかと言うほどに食いしばっていた。
メイドとはいえ、もともと貴族出身であるメディは、他人に肌を晒すことをよしとしない。
ましてや、祖国を犯した兵士に柔肌をみられるなど、あってはならないことだった。
しかし、怒りに茹る頭の片隅で彼女は冷静に事を分析していた。
船長室に押し込まれたソフィアが服を脱がすよう言い始めたときは、ついに気が触れたのかと思った。
さらにソフィアは船長室にあったぼろぼろの服をフレンダの隠し持つナイフで引き裂かせ、それをまとった。
同じ姿になることを二人のメイドに命じ、見事『そのための奴隷』を装ったのだ。
3人で身を寄せ合うことにより、自然にソフィアの顔を隠すことができた。
今頃彼女は、自室で身悶えし帝国兵を手玉に取った快楽で打ち震えていることだろう。
無論、ソフィアを責める気はない。
新大陸に向かうために、帝国に向かうなどソフィアも想定していなかったのだ。私たちを巻き込んだのは彼女も不本意だっただろう。
肌を晒すことで、最悪中の最悪は避けることができた。
しかし、それでもなお、冷静な彼女をしてもなお。
この屈辱には顔を歪ませずにはいられなかった。
怒りに任せ、メディは頼まれてもいない船員たちの服を洗い続けた。
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「……屈辱だ」
船長は、船室で机に突っ伏して嘆いた。
自身は海の男として、船員の長として、誰に恥じることもない行動を心掛けてきたつもりだった。
ソフィアとの初対面時は、彼女を過酷な航海から遠ざけるため、あえて下衆のふりをした。
しかし、自分にも船員にも、そんな気は毛頭なかった。
航海中に女に手を出すなど、もめ事にしかならない。
女が抱きたいなら陸に戻ってからでいい。
そんな矜持が事実でもないのに打ち砕かれてしまった。
「せめて、あの帝国兵が変な噂を撒き散らさなきゃ良いんだけどよ……」
船長は突っ伏したまま独りごちた。
しかし、流れ出した濁流は止まらない。
この後、帝国内では「命知らずのラウト」の悪行の数々が尾ひれをつけて広まっていくことになる。
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「……失敗ね」
ソフィアは用意されたベッドに寝転がり、ため息をついた。
目を閉じると、目に涙を溜めて服を着るメディの姿が浮かび上がっていた。
メディは幼いころからソフィアの世話をしているが、あのような表情は初めて見た。
これまでの事を思い返してみる。
ソフィアが地に伏したときの、ルカの遣る瀬無い表情も
ソフィアが虫入りの乾パンを食べたときの、絶望したメディの瞳も
クロードが虫をつらそうに食べているときの顔も
船酔いに喘ぐ情けないアーノンの姿も
自身の判断でそうさせてしまった、という事実が泥のように積り自身の快楽に蓋をしてしまった。
選択に間違いはなかった、と思う。そこに後悔はない。
しかし、王族という立場が、矜持が、快楽を拒んでいた。
(最上の快楽を得るためには……、ただ逆境を乗り越えるだけではだめね。)
波で揺れる天井をじっと見つめる。
(でも、どうすれば……)
答えは見つけられない。
が、考える時間はこの先いくらでもある。
新大陸到着は、まだ先である。




