第十六話 水は止まらぬ、流れを変えよ
船長は何がなんだかわからず呆然としていた。
しかし、すぐに帝国兵から侮蔑のまなざしで見られていることに気が付いた。
(そうか、そういう事にすればいいんだな。お姫さんよ!)
理解するが早いか、船長は腹をくくった。
「あんましジロジロ見るんじゃねぇよ。航海中でも溜まるもんは溜まるだろ? 今のところ、使い心地は抜群だぜ。あんたたちも試してみるかい?」
船長はソフィアたちと出会ったときにしたような、下卑た笑いを浮かべた。
「……下衆め」
帝国兵の一人が吐き捨てるように言った。
各国において、奴隷は禁じられていない。しかし、帝国兵は極めて誇り高い性質を持つ。誘いに乗るような輩は一人もいない。
「……遠慮しておこう。我々は船に戻る。……良い航海を」
嫌味のように帝国兵が言う。
「おう、良い航海を」
船長はひらひらと手を振って返し、部屋から出ていく帝国兵を見送った。
扉が閉まり、帝国兵の足音が離れていく。
船長は扉に額をつけ、わかりやすく項垂れた。
「……破いた服は弁償してもらうからな」
背中越しにそう言うと、船長は静かに部屋から立ち去った。
―――――――
帝国船に戻った中年の兵士が、離れていく商船を見つめていた。
「……新大陸に何度も向かうなど、まともではないと思っていたが。船に女を連れ込み、あまつさえ手籠めにするとは、見下げ果てた男だ」
海の男の風上にもおけない下卑た笑い顔を思い出し、兵士は腸が煮えくり返る思いだった。
「積み荷も野菜や果物が多かったですしね。あんなもん食って力が出るんですかね?」
隣に立つ若い兵士は疑問を口にする。
「わからんのか。……あれは、女どもの飴だ」
「飴?」
わからない、といった様子を隠さず若い兵士は首をかしげる。
「苦しい思いだけをさせれば、精神はすり減り、気をやってしまう。だから、時折褒美を与えて、依存させる算段だろう」
中年の兵士は去り行く商船を睨んだ。
若い兵士も眉をひそめる。
「つくづく下衆な野郎ですね」
ひとしきりにらみ終えた後、二人は踵を返して持ち場に戻る。
「命知らずのラウト、この名前、忘れんぞ」
帝国兵のつぶやきは、波風に溶けた。




