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第十五話 不運は流れる水のように

「状況は」


 船長は甲板に戻るなり、近くにいた船員に問いかける。


「いましがた、停船の信号旗があがりました」


 船長はうなずくと、声を上げる。


「帆を下ろせ! 帝国海軍様に逆らおうなんて馬鹿なことは考えるな!」


 船長は大きく息を吸い込むと、先ほど以上の声量で、船員に向かって叫ぶ。


「帝国兵が乗って来たら無駄話は一切するな!! 特に、今回の雇い主の話は口が裂けてもするんじゃねぇ!!」


 船員たちは、一瞬顔を見合わせたが、すぐに承服し持ち場に戻った。

 船長は近場の船員を捕まえて尋ねる。


「おい、帝国が撃ってきたのはただの砲か?」


 船員は顔をしかめる。


「いいえ、船長。あれはただの砲じゃありません」

「見たままを話せ」

「弾は普通の砲弾に見えましたが、着水せず爆発していました。そのあと、空からとがった岩が降ってきました」

「わかった、行っていいぞ」


 船員は短く返事をし、足早に持ち場に戻る。

 これで、帝国軍船を秘密裏に始末する線も消えた。もし事を構えれば、沈むのは俺たちだ。


(頼む、通行料目的であってくれ……)


 横付けされた帝国船からタラップが渡されるのを、船長は祈るように見守っていた。


 武装した三人の帝国兵が乗りこんでくる。腰には、噂の新兵器らしき筒がぶら下がっていた。


「船長は誰だ」


 帝国兵が無感情に告げる。船長が半歩前へ出る。


「俺だ。新大陸へ向かうため、帝国領海の通過をさせてもらいたい」


 新大陸という言葉を聞き、帝国兵が反応する。再び船長の顔をまじまじと見る。


「ああ、誰かと思えば『命知らずのラウト』か。また冒険者のお守りか? ご苦労なことだ」


 噂で知っていたのか、それとも顔を見られたことがあっただろうか。


「そりゃどうも。通行料は金貨五枚で変わりないか?」


 あくまで平静を装い、金貨の入った袋を渡す。


「話が早くて助かる。しかし、今は戦時中だ。商船とはいえ、積み荷は改めさせてもらうぞ」


 船長は内心歯噛みした。物事が悪い方向に転がり始めている。

 こういう時、事はあっさり最悪まで行きつく。

 今までの経験から、船長の本能が警告を発している。しかし、もうどうしようもない。

 船長は、最悪の最悪まで不幸が流れていかないことを祈った。


 三人の兵士を引き連れて、船底の船倉へと降りる。兵士たちは積み込まれた樽と箱の中身を確認している。

 一つの木箱を開けたとき、兵士の一人が怪訝な顔をする。


「……これは、野菜の塩漬けか? こっちは酢漬けか……」


 船長から一気に冷汗が噴き出す。普段、船乗りたちは野菜を船に積んでまで食おうなどと考えない。

 それが、大事に瓶詰めにされて運ばれているなど怪しまれてもしょうがない。


「――長い航海になるとはいえ、ずいぶん女々しい食事だな」


 小ばかにしたように帝国兵が笑う。


「ほっとけ」


 帝国兵の勘違いに船長は内心胸を撫でおろしたが、悟られぬよう努めてぶっきら棒に返した。


「ふむ、積み荷に問題はないようだな」


 一通り荷物を見た帝国兵の一人が言う。

 船長はこのまま船に戻ってくれと必死で神に祈った。


「では、念のためキャビンと船長室も見させてもらう」


 願いは一瞬で打ち砕かれる。思わず悪態をつきたくなった。


 ――――――――――――


「さて、残るは船長室だが……」


 一通りキャビンを改め終え、扉を閉めながら帝国兵が言う。


「さすがに船長室は勘弁してもらえねぇか?」


 船長は最後まで悪あがきをする。しかし、それも当然通らない。


「気持ちはわかるがこれも仕事なんでな。鍵を開けろ」


 鼓動が跳ねる。様々な考えが頭を駆け巡るがまとまらない。

 かちゃりと鍵が開く音とともに、船長の汗が床に染みを作った。

 動きの鈍い船長を押しのけるように帝国兵が室内になだれこむ。


「おい……こりゃあ……」


 船長の視界がゆがむ。今すぐ逃げ出してしまいたい気持ちにかられながら、部屋の敷居をまたいだ。

 視界の先には、薄汚れた体で、ぼろ布一枚をまとった三人の女が、部屋の隅で体を寄せ合い震えていた。

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